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 最終戦前夜。

 ボクたちは、魔女ホテルのカフェテリアに集まっていた。


 カフェテリアの住人のごとく、いつでもここいるようにさえ思えるフェリーユさんとママさんだけでなく、他の魔女たちやファミリアーの多くも、今はこの場所に顔を揃えている。

 それに加えて、アイカさんやマナミン・カナミンといった運営委員会のメンバー、さらにはこの魔女ホテルの従業員の姿まである。

 総勢五十名以上が、カフェテリアで明るい声を響かせている。


 優雅で広いカフェテリアだから、これだけの人数が集まっても狭苦しい雰囲気はなかったけど、それにしても賑やかすぎな気がする。

 明日の最終戦を前にして興奮気味なのは、みんな同じなのだろう。

 ヒミカでさえ気持ちを抑えられなかったようで、「カフェテリアに行く」と言いながらボクの袖を引っ張って部屋を出たくらいだ。


 みんなで紅茶やケーキなどに舌鼓を打ちながら、心温まるひとときを過ごす。

 集まっている人たちのほとんどが、明日はライバルとして競い合う面々だというのに、この空間には張り詰めた空気なんてまったく存在していなかった。


「ヒミカさん! 明日が最後の勝負よ! ぜ~ったい、あんたなんかには負けないんだから! 覚悟しておきなさい!」


 不意に少し高めの声が響く。声はまっすぐヒミカへと向けられていた。

 ヒミカと一番拮抗した戦いを演じているアリサさんからの宣戦布告。

 とはいえ、ピリピリとした一触即発の雰囲気ではなく、戦うのが待ち遠しくて仕方がない、といった様子だった。


 ヒミカは相変わらず、一緒にいることが多い仲よしグループとも言うべき相手に対してでも、なかなか上手く言葉を発することができない。

 レースの高揚した気分の中でなら少しは違うようだけど、こういった場で喋るのはいまだに苦手なのだ。

 今回もやっぱり、なにも言えず黙り込んでしまうのだろう。

 ボクはそう思っていたのだけど。


「……うん、すごく楽しみ。でも、勝つのは、わち。アリサさんこそ、負けを認める覚悟が必要」


 ヒミカはハッキリと、そして力強く、そう答えた。

 言葉を返されたアリサさんも、ちょっとびっくりしているようだ。


「あ……あら、ヒミカさん、なかなか言うじゃない! ま、決着は明日、しっかりつけてあげるから、首を洗って待ってなさい! 完膚なきまでに叩きのめされたあなたの姿、今から楽しみにしておくわ!」

「わちだって、頑張る。だから、負けない」


 お互いの顔を、鼻っ柱がくっつくほどにまで近づけながら、威嚇し合うふたり。

 でもすぐに、


「あははははははは!」

「……くすくす」


 ふたりはどちらからともなく、笑い始めた。


 ヒミカがアリサさんと一緒に笑っている。そんな光景が、自然と見られるようになるなんて……。

 ボクは胸の奥からじーんと熱く込み上げてくるような思いを感じていた。


 アリサさんもそうだけど、他の人たちもみんな、ボクが男だとわかってからも、それまでと変わらずに接してくれている。

 実際になんとも思っていないのかは、人によってまちまちだろう。

 やっぱり納得できないという人だって、中にはいるかもしれない。

 それでも、ボク自身はそれまでとまったく変わらない生活を続けている。


 まったく変わらない生活……。

 すなわちボクは、普段から女装しているということになるのだけど。


「にゃははっ! セスナちゃん、すごく嬉しそうだねっ!」

「本当ですねぇ~。大切なヒミカさんのことを、あれやこれやと考えていたのかしらぁ~?」


 ぼーっとしながらヒミカとアリサさんを眺めていたボクに、ミルクちゃんとオードリアさんが声をかけてきた。

 こうやってカフェテリアに大勢が集まっているときは、席を移動して多くの人とお喋りを楽しむのが通例となっている。

 周りの人たちはみんな、ボクが男だと知っても変わらずに接してくれる。

 それはありがたいのだけど、今のオードリアさんのように、ボクとヒミカの関係を冷やかすような言葉を投げかけてくる人もあとを絶たない。


 ほとんどが女性ばかりというウィッチレースの世界。

 だけどみんな、男性に対して興味がないわけではない。

 むしろ深く興味を持っている人のほうが多いのだろう。


「確かに嬉しくて顔が緩んでたかもしれないけど、べつに、オードリアさんが考えてるようなのじゃないです!」


 実際ヒミカのことを考えていたのは確かだけど、オードリアさんの言い方に興味本位な響きが含まれているのを感じたボクは、すかさず反論を返す。

 その途端、


「にゃははっ! オードリアちゃんの考えてるようなのって、どんなの~? ねぇねぇ~?」


 ミルクちゃんまで一緒になって、飛び跳ねる勢いで、というか実際にぴょんぴょん飛び跳ねながら、ボクを冷やかしてきた。


「ホントにふたりは、仲がいいですからねぇ~。うふふふふ」


 両手を胸の前で重ね合わせたまま、オードリアさんは心底楽しそうな笑顔をこぼす。

 そんな彼女たちの執拗なからかい攻撃に、ボクの口からは、思わずこんな言葉が転がり落ちていた。


「もう、からかわないでよ! ボクはべつに、ヒミカなんて……」


 言い終わる前に、背筋を強烈な寒気が走り抜ける。


「わちなんて、なに?」


 ボクのすぐ後ろから睨みを利かせるその寒気の発生源は、言うまでもなくヒミカだった。


「い……いや、ボクはその……」


 どうにか言い訳しようとするも、なにも言葉が続かず、どもりまくってしまう。

 ボクの頭には、ヒミカからの容赦ない平手打ち攻撃が加えられた。




「ヒミリエリュフィーカさん、セスティリアフォルナさん。明日は頑張ってくださいね」


 ようやく落ち着きを取り戻し、椅子に座ってゆっくりと紅茶をすすっていたボクとヒミカのもとへ足を運んでくれたのは、ウィッチレースの運営委員長であるアイカさんだった。

 その背後にはいつもどおり、マナミンとカナミンが控えめに立っている。


「あっ、はい。もちろんです。締めくくりの最終戦ですし、全力を尽くして頑張ります。この一年間、本当にお世話になりました!」


 ボクたちが今ここにいられるのは、この世界に招き入れてくれたフェリーユさんのおかげもあるけど、彼女の提案を快く受け入れ、スターウィッチのレースに参戦することを認めてくれたアイカさんの存在も大きかっただろう。

 ボクは恭しくアイカさんに頭を下げた。ヒミカもボクに倣って、お辞儀をする。


「ふふ、まだ今年のレースは終わっていませんよ。ともかくみなさん、気合いが入っているみたいですね。運営委員会としても、嬉しい限りです。思う存分楽しんでください」

「……はい」


 アイカさんから向けられた笑顔まじりの言葉に、ヒミカも素直に答えていた。


『それにしても、セスティリアフォルナさんの件には驚きました』


 不意にマナミンとカナミンが、双子ならではの二重奏で声を響かせる。


「いろいろとご迷惑をおかけして、すみませんでした」


 彼女たちは、事態を収拾させるためにいろいろと手を施してくれた。

 指示したのはアイカさんだけど、実際に動いていたのは主に世話係のふたりということになる。

 ボクとしては頭が上がらない思いだ。


『それがわたしたちの役目ですから。……それにしても、本当に男性だなんて……。こうやって近くでお話していても、信じられないくらいです』


 同じ顔のふたりの女性にじーっと見つめられて、ボクは赤くなりながら思わず顔をそむけてしまう。


「ふふ、下半身でも触ってみれば、わかりやすいですよねぇ?」


 アイカさんが、いやらしい笑みを浮かべながらそんなことを言い出す。

 それはセクハラです!

 ボクが思わずそんなツッコミを入れるよりも早く、


「ダメ。セスナの体は、わちだけのもの」


 ヒミカがボクをかばうように身を乗り出し、そう声を張った。

 しかもその一瞬のタイミングだけ、周囲はなぜか静まり返っていたため、一斉に視線を向けられる結果となってしまった。


 周囲にいた全員から生温かい視線を受け、真っ赤になるボクとヒミカ。

 アイカさんは、してやったり、といった満足そうな笑みを浮かべたまま、くるりと背を向けて歩き去っていった。




「そういえば、ママさんは今年負けたら引退するって、本当ですか?」


 ふと、誰かが言った。


 ――え?

 ボクは驚き、思わずママさんのほうを向く。


 ママさんはフェリーユさんと一緒に、ゆったりとした雰囲気で紅茶を飲んでいた。

 その周りには、たくさんの人たちが集まっている。

 さっきの質問の声は、その中の誰かが直接ママさんに向けたものだろう。


 ママさんは、ちらりとボクのほうに目線を流すと、すぐに取り囲んでいる人たちに向けて優しい笑みを返す。

 でも笑顔のまま紅茶を飲み続けるだけで、結局、質問の答えを明確に示すことはなかった。


「誰にだって、決断が必要な時期はやってくるものだ」


 フェリーユさんが、割り込むように言葉を放つ。


「そ……それは、フェリーユさんが勝って、ママさんを引退に追い込むっていう、宣戦布告ですか!?」


 白熱必至の戦いを想像したのか、歓喜の表情を浮かべながら、ひとりの魔女が問いかけた。


「さて、どうかな?」


 ふふっ。

 フェリーユさんの微かな笑い声が、少し離れた場所から聞き耳を立てていたボクのもとにまで響いてきた。

 それは楽しそうでもあり、それでいてどこか悲しそうでもあるような、そんな気がしてならなかった。


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