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 ボクが男だということは、ウィッチレースの運営委員会側に認めてもらえた。

 でも、ゴシップ雑誌に写真が載ったせいで、一般の人にまで噂が広まってしまっていた。

 それはいったい、どうやって処理されたのかというと……。


 なんと運営委員会が自ら会見を開き、詳細な説明をするという方法が取られた。

 マナミンとカナミンを従えたアイカさんが淡々と事情を説明し、その様子はテレビを通じてミラージュムーン国内全土に放送されたのだ。

 そして会見の主題は、『セスティリアフォルナの真実を語る』というものだった。


 ……ボクの名前で全国放送だなんて。恥ずかしい……。

 アイカさんから会見を開くと聞かされたときには、そんなちょっとずれた感想を持ってしまうくらいの衝撃を受けた。


 実際のところ、スターウィッチのレースは全国放送されているし、参戦する魔女やファミリアーは雑誌でも紹介されている。

 だからヒミカの名前もボクの名前も、すでに知れ渡っているのは確かなのだけど。

 ただ、問題はその会見内容にあった。


「雑誌に写真が載り、噂されていた件について、真実をお伝えします」


 アイカさんはそう前置きしながら、こんなことを語った。




「セスティリアフォルナさんは、命に別状はないものの一生治ることのない病気を背負っています。

 髪の毛がショートカットくらいの長さまでしか伸びない、そういう病気です。

 ある一定以上の長さまで伸ばすと、一気に抜け落ちてしまいます。ですから、短く切っておく必要があるのです。


 それは女性にとって、とてもつらい現実。

 セスティリアフォルナさんだって、髪を長く伸ばしてオシャレをしたい。そういう思いは、もちろんありました。

 いいえ、病気のせいで、余計にその思いは募っていったと言ってもいいでしょう。


 ですが彼女は、いつも一緒にいるヒミリエリュフィーカさんの長く綺麗な髪を、羨ましげに眺めることしかできませんでした。

 ふたりがスターウィッチのレースに参戦するよりもずっと前のお話です。


 セスティリアフォルナさんを哀れに思ったヒミリエリュフィーカさんは、意を決してバッサリと髪の毛を切りました。

 なにをしてるの!?

 驚きの声を上げるセスティリアフォルナさんに、ヒミリエリュフィーカさんは言いました。

 この髪を、あなたにプレゼントします、と。


 フィミリエリュフィーカさんはその髪の毛を丁寧に束ねると、ウィッグとして加工し、セスティリアフォルナさんにプレゼントしました。

 そう、セスティリアフォルナさんは、このときにもらったウィッグを今でも大切に使っているのです。

 ヒミリエリュフィーカさんの想いがたくさん詰まった、思い出のウィッグを……」




 ……なんだか、ちょっといい話みたいになってるけど……。

 真実と言いながら、思いっきり嘘をついてるし。

 それも、もともとヒミカがフレイムさんに語った無理のある嘘を。


 アイカさんは真実を知ったあと、広まってしまった噂をどうにかしてごまかそうと、様々な方面に手を回してくれた。

 そんな中で、フレイムさんからこの嘘の話を聞いたようだ。

 これは使える。アイカさんは、そう考えたに違いない。


 その嘘の話をもっともらしく膨らませ、全国民に対して語るなんて……。

 だいたい、詳しく調べられたらすぐに嘘だとバレてしまいそうなこんな話をして、本当に大丈夫なのだろうか?

 ボクは心配だったのだけど。


 意外にも、ほとんどの人を納得させることができたらしい。

 マスコミ側としても、わざわざウィッチレースの高揚したお祭り気分を壊すようなことなんて、したくはないのだろう。



 ☆☆☆☆☆



 運営側の計らいもあって、ボクとヒミカはこれまでどおり、スターウィッチのレースに出場し続けられることになった。


 秋も終わりの第八戦、

 冬の到来を感じさせる第九戦、

 年が明けて寒さの厳しい第十戦、

 雪景色の美しい第十一戦……。


 寒い時期の到来によって、当然ながら辺りの気温はどんどんと低くなっていったけど。

 どんなに気温が低くなろうとも、熱く激しいレースの様子はまったく変わらず、観客たちの熱気も冷める気配を見せなかった。


 そんなレースの盛り上がりとは対照的に、ヒミカのお母さんの心は沈んでいた。

 おばさんからの電話があるのは、レース開始前のわずかな時間だけだった。

 そんな短い時間であっても、おばさんの落ち込みようは痛いほどに感じられた。


 また、少々情緒不安定気味でもあるようだった。

 突然大声を上げ、


「いつも激しくやり合ってるアリサさん! あの人に頼んで、わざと激しくぶつかってもらえば、ヒミカも諦めてくれるんじゃない!?」


 なんてことまで言い出す始末。

 ボクはおばさんをどうにか落ち着かせ、ヒミカは大丈夫ですから、見守ってやってください、と言って電話を切っていた。


 気になってボクのほうから電話をかけてみたこともあるのだけど、おばさんは一向に出てくれない。

 そのせいで、おばさんと電話で話せるのは、レース前の数分程度だけしかなかった。


 おばさんと電話で話していることは、ヒミカには教えていない。

 余計な心配をかけたくなかったからだ。


 とはいえ、さすがに放っておくのも忍びなかったため、自分の家のほうに電話をかけ、ボクのお母さんには状況を伝えてある。

 お母さんは、おばさんと毎日のように会っているらしく、心配しなくていいと言ってくれた。

 だから大丈夫だとは思うけど……。


 気がかりではあったものの、ボクはヒミカのためにもレースに集中すべきだ。

 そう考え、この件は心の奥底に仕舞い込んでおくことに決めていた。




 ここで、レースのポイントシステムについて解説しておこう。


 ウィッチレースでは、速さと美しさが競われることになる。

 速さと美しさ、双方にポイントが与えられ、全十二戦の合計ポイントでチャンピオンが決定するシステムとなっている。


 速さについては、各レースの順位によってポイントが与えられるという、実にわかりやすいものだ。

 優勝すると十ポイントで、二位から六位までにそれぞれ七、四、三、二、一ポイントが入る。


 一方、美しさについては一戦につき最大五ポイントが審査員によって与えられるのだけど、これは少し変則的な形で発表される。

 一年の折り返しとなる第六戦が終わったあとに前半戦の合計ポイントが、最終戦のあとに後半戦の合計ポイントが、それぞれ発表されるのだ。


 美しさポイントに関しては、五ポイントがひとり、というふうに決まってはいない。

 審査員の裁定によっては、五ポイントが何人もいたり、逆にひとりもいなかったり、といったことも充分にありえる。


 さらに、定点カメラにパンツが映ると減点、というルールもある。

 コース中の五ヶ所にある減点確認用のカメラ一台ごとに一ポイントの減点、一レースで最大五ポイントの減点となる。

 定点カメラの総数は、コースの長さによってまちまちだけど、だいたい数十台は用意されているだろうか。そのうちの五台が、減点確認用となっている。

 どのカメラが確認用になるかはレースごとに毎回異なるため、魔女たちは一瞬たりとも気が抜けない。


 そしてこの減点も、美しさポイントと同時に発表されることになっている。


 ウィッチレースの始まった当初は、美しさポイントと減点は最終戦のあとにまとめて発表するという方式だったらしい。

 でもそれでは最終戦で発表されるポイントの影響が大きすぎて、ポイント操作が行われているのでは、と疑われてしまう場合もあった。

 その状況を打開すべく、前半と後半に分けて発表する形式に変更されたのだという。

 どちらにしても、影響の大きさから考えれば、大して違いはないと思うのだけど。




 さて、最終戦を残すのみとなった今、ポイントの状況はどうなっているのかというと。

 圧倒的なポイントで、フェリーユさんとママさんのふたりが優勝を争っている。

 後半戦の美しさポイントと減点はわかっていないものの、第十一戦までの着順によるポイントと前半戦の美しさポイントの合計が、まったくの同ポイントで並んでいるのだ。


 なお、前半戦、ふたりに減点はなかった。

 激しいデッドヒートを繰り広げていてもなお、優雅さを失わないふたりの飛行技術を持ってすれば、減点対象となることなどありえないのだろう。


 そのふたりに続く三番手に着けているのは、なんとヒミカだった。

 フェリーユさんとママさんを逆転するのはほとんど不可能なほどのポイント差がついてはいる。

 それでも、今年から参戦したばかりのヒミカがこの位置にいること自体、奇跡に近い。


 もっとも、四番手から六番手までに着けている直接のライバルともいうべきホウキ星たち、アリサさん、オードリアさん、ミルクちゃんの三人も、それぞれ一ポイント差ずつで並んでいる。

 つまり、ヒミカがわずかに優位ではあるけど、最終的に三位となるチャンスは、この四人の誰にでもあるのだ。

 それどころか、美しさポイントと減点次第では、七番手以降に着けている他のホウキ星たちにだって、まだ逆転三位の可能性はまだ充分に残されている。


「……最後まで、気は抜けないね」

「わちはいつでも、本気」


 ボクの言葉に、ヒミカは普段と変わらない口調でそう決意を語る。


 スターウィッチといえば魔女たちの最高峰レース。

 年間三位という結果を得られれば、たとえ三番目だとしても、それはとても名誉なことだと言える。

 しかもヒミカは今年からレースに参戦したばかりの新人だから、もし三位という好成績を残すことになったら、相当大きく騒がれるに違いない。

 それなのにヒミカときたら、


「勝ったら、スペシャルバナナパフェ」


 ぼそりとつぶやいて、上目遣いでおねだりポーズ。


「……はいはい」


 ヒミカにとっては、地位とか名誉とか、そんなことよりも甘いものというご褒美のほうが重要なようだ。

 ……うん、そのほうがヒミカらしくていいや。

 ボクの顔には、自然と笑みが浮かんでくるのだった。


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