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「ヒミカ、いい感じだよ! 行け~! ファイバ~!」
モニターに映し出されているヒミカの勇姿を見ながら、ボクは無線マイクで溢れんばかりの声援を送る。
ファイトとガンバを合わせ込んだ、自分なりに最上級の応援。
熱を帯びたその声は、高性能イヤホンを通じてヒミカの耳にも響く。
「落ち着け。セスナはサポートに集中」
声援を受け取ったヒミカからは、ボクとは対照的に冷静な言葉が返された。
落ちてきそうなほど澄み渡った鮮やかな青空を背景に、女の子たちの笑顔がきらめき映える。
ホウキの上に立ち乗りして上手くバランスを取りながら飛ぶ魔女たち。
風に激しく揺らめく長いスカートから時おりのぞく素足がまぶしい。
されど、思わず目を奪われてしまうのは魔女たちの全身から漂う圧倒的な勇壮さのほう。
カッコいい、綺麗、凛々しい……知らず知らずのうちにこぼれ落ちる感嘆の言の葉たちが、その優美なレースを端的に表現する。
今モニターに大きく映されているのは、ボクの幼馴染みであり、かけがえのないパートナーでもある女の子、ヒミカ。
サイドにちょこっと束ねているのが子供っぽさを感じさせるものの、肩で切り揃えられた栗色の髪の毛が風になびいて女性らしい艶やかさを演出している。
幼い頃からずっと一緒だったボクでも、ぐっと惹き込まれてしまう。……いや、そんなボクだからこそ、だろうか。
ヒミカは今、ボリュームのある髪の毛をツインテールにまとめた女の子――アリサさんと抜きつ抜かれつの激しいデッドヒートを続けている。
超高速で飛行する魔女たちを、自動追尾カメラが執拗に捉えて随時モニターに映し出す。
「くっ、やるじゃないの、ヒミカさん!」
「……そっちこそ」
ヒミカのアリサさんの会話がスピーカーから響いてきた。
超高速で飛ぶ魔女たちの喋る声までをも拾う音声技術には、正直驚きを隠せない。
また、魔女本人の声以外にも、様々な音がレースを盛り上げる。そのひとつが、ホウキから放たれる飛行音だ。
――ギュヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲン!!
――バリバリバリバリバリバリッ!!
風を切る音は極力小さく聞こえるように調整しつつも、飛行音はしっかりと拾われスピーカーから響いてくる。
モニターに映し出されている映像は、ホウキに乗った魔女たちが速さと美しさを競うレース、『スターウィッチ』の開幕戦の様子だ。
ボクはファミリアーという、魔女をサポートする立場にあるため、目の前に設置された小型モニターでレースの様子を見ているのだけど。
レースのメイン会場には超大型モニターが設置されていて、観客たちはそのモニターに映し出される映像を通して、魔女たちの白熱したレースを楽しむことができる。
こういった魔女たちのレースは、ボクの住むミラージュムーンの国では一番メジャーなスポーツと言ってもいいほど盛り上がる一大イベントなのだ。
美しく、スピーディーで爽快感があり、なおかつ熱く激しい。
そんな戦いが、今まさに繰り広げられている。
ヒミカとアリサさんの死闘は、トップ争いというわけではない。
にもかかわらず、幾度となくモニターに映し出されているのは、それだけ白熱した順位争いになっていることの証だろう。
ヒミカにとっては初めてのレースになるため、多分に緊張しているはずだ。
でもそれ以上に、心から楽しんでいる。
普段から無愛想なヒミカ。今も一見すると、仏頂面のまま飛んでいるようにしか思えないかもしれないけど。
長年一緒にいるボクには、ヒミカが最高潮に心を躍らせていると、手に取るように彼女の胸のうちを読み解くことができた。
――ギュヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲン!!
――バリバリバリバリバリバリッ!!
大きく響き渡る、ヒミカの飛行音とアリサさんの飛行音。
ホウキによって、そして燃料によって、音の性質は変わる。
とはいえ、ずっと同じ調子で鳴り続けるわけではない。
ブレーキ、
急加速、
カーブ、
近接バトル。
様々な状況に応じて細やかに変化し、あたかもホウキという楽器で美しい旋律を奏でているかのようにも思える。
場合によっては、接触、転落、クラッシュなど、トラブルに見舞われることだってある。
安全性が充分に考慮されているといっても、危険は常につきまとう。
そんな中でも、華麗に舞い、壮麗に戦う。
魔女たちの熱く激しいレース、それがスターウィッチを初めとしたウィッチレースの世界なのだ。
ヒミカとアリサさんは横並びで飛翔する。
「早く諦めなさいよ、あんた!」
「わち、諦めない」
お互いの声も飛び交う。
実力、調子、気合い。
どれも互角、といった様相。
均衡は破られないまま進む。
――バリバリッ! バリバリバリバリッ!!
不意にアリサさんが急加速!
――ギュヲヲヲヲヲヲヲ……
ヒミカもそれを追おうと、全速力モードへと移行!
だけど、なんだか飛行音がおかしい。
「……あっ!」
一瞬の気の緩みがあっただろうか、ヒミカはバランスを崩してしまう。
途端に速度が落ちる。
自動的に非常ブレーキがかかったのだ!
凄まじい速度で飛び続ける魔女たちのレース。
ほんの少しの時間とはいえ、速度を落としてしまったヒミカは、あっという間にアリサさんから離れていく。
そしてすぐに、後続の魔女たちにも次々と追い抜かれてしまう。
気づいたときには、ヒミカはあっさりと最後尾まで下がっていた。
「あ~……」
思わず落胆の吐息が漏れる。
必死にホウキを駆り、どうにか体勢を立て直したヒミカではあったものの、他の魔女たちに追いつくことはできず。
結局最後尾のまま、ゴールラインを通過する結果となってしまった。
それでも……。
「お疲れ様。残念だったね」
「はぁ、はぁ……。うん、でも……楽しかった」
レースが終わって戻ってきたヒミカに声をかけると、まだ息も絶え絶えながら、満足そうな笑顔で答えてくれた。




