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梅雨特有のしっとりとした雨模様の中を、ボクとヒミカはゆっくり歩いていた。
傘を持ったボクと寄り添うように歩くヒミカ。
いわゆる、あいあい傘というやつだ。
ぴったりと身を寄せても、完全に雨粒を防げるわけではない。
ボクは傘を微かにヒミカのほうに傾け、彼女の肩が濡れないように気をつけながら歩いていた。
ボクの肩は濡れてしまうことになるけど、いくら女装しているとはいえ、ボクはこれでも男なのだから当然の気遣いというものだろう。
そんなことに気づくはずもなく、ヒミカは傘の陰から店先をのぞき込み、いつもどおりウィンドウショッピングを楽しんでいる。
ヒミカが目を惹かれるのはもっぱら、食べ物屋さんのサンプルウィンドウだったりするのだけど……。
「美味しそう」
主に甘いデザート類のサンプルを見つめるヒミカは、そうつぶやきながらヨダレを垂らしている。
まったくもう、はしたないんだから。
ボクはすっとハンカチを取り出して、ヨダレを拭いてやる。
「ん……。ありがと」
と、お礼の言葉を述べた先から、ヒミカはサンプルウィンドウに視線を戻し、すぐにまたヨダレを垂れ流していた。
う~ん……。今日は雨だし、ごまかせそうだから、ま、いいか。
さすがにしつこく拭くと嫌がられそうだというのもあり、ボクはそう結論づけて気にしないように努めた。
ヒミカは目を惹かれると、なにも言わずにそっちに向かおうとする。
霧のような細かな雨が絶え間なく降りしきる中、濡れるのも気にせずに傘の下から出ていってしまうのだ。
それをボクは、なるべくヒミカが濡れないように傘を動かしつつ追いかける。
そんなウィンドウショッピングの時間。
ボクとしては、なかなか気の抜けないひとときだった。
気づくとすぐ傘の下から出てしまうヒミカの髪の毛は、雨に濡れて額にべったりと張りついている。
こういった様子を見ていると、まだまだ子供っぽいヒミカでも、なんとなく色っぽく思えてしまうから不思議だ。
髪の毛だけならまだしも、服までびしょびしょになっているというのは、ちょっと気になるところだけど……。
朝からずっと雨が降り続いているため、濡れると透けてしまうような服なんて着てはいない。
そうであっても、雨の雰囲気というのは、女性の色っぽさを助長するものなのだろう。
ただ、ヒミカは正直、胸が小さい。
小さいというか、ないと言ってもいいくらいにペッタンコなのだ。
だから全体的に見れば、やっぱり色っぽさなんてほとんど感じられないのかもしれない。
色っぽいと思うのは、見ているのがボクだからなのかな……。
小さい頃からずっと一緒だったヒミカ。もちろん昔は気にしてなんていなかったけど。
それでも、ボクは男で、ヒミカは女の子なのだ。
ふとした瞬間に思わず意識してしまい、ドキドキと胸が熱く高鳴ることもある。
もっともヒミカのほうには、そういった感情はほとんどなさそうに思えるのだけど。
……ちょっと悲しい部分ではある。
ボクがそんな感慨にふけっていた、そのとき。
前方からまぶしい光と聞き慣れた音が襲いかかってきた。
「へっへっへ、雨に濡れた前髪、なかなかいい雰囲気なんじゃないか? ちょっと子供っぽいけどな」
言わずもがな、それはフレイムさんだった。
背後にはいつものように、キララさんが立っている。
フレイムさんが……というよりもカメラが濡れないように、キララさんは大きな傘をかざしていた。
キララさん自身は雨にさらされているわけだけど、用意周到というか、彼女はしっかり雨ガッパに身を包んでいる。
いきなりフラッシュがたかれ、写真を撮られたヒミカは思わずフレイムさんに睨みを利かせる。
「おっ、その表情も悪くないぞ。お前はいつも澄ましてるからな、そういう方向性で売っていくほうがいいと思うゼ!」
フレイムさんはそう言いながら、何度もシャッターを切った。
「それにしても、お前ら、あいあい傘かよ。レースの出演料だってそろそろ入ってるんだろ? 傘のもう一本くらい買えるだろうに。それとも、わざわざ一本の傘でそうやって女の子同士、寄り添っていたいってのか? へへっ、ま、それはそれでいいけどな。そういうのを求めるファンだっているわけだし」
好き勝手言われ放題のボクとヒミカ。
黙って受け止めるだけというのは、シャクにさわる。
キッと眉間に力を入れ、言い返そうとするボクを、ヒミカはそっと手で制した。
「べつに、いい」
ママさんやサリーさんからフレイムさんとキララさんの話を聞いて、ヒミカはずっと気にしているようだった。
おそらく、フレイムさんが写真を撮るのを容認することに決めたのだろう。
そんなヒミカの思いが伝わってきたボクには、どんな反論の言葉も口にすることはできなかった。
「……お前、どうかしたのか?」
以前とは変わったヒミカの反応に気づいたみたいで、フレイムさんはファインダーから目を離すと、真顔でそうつぶやいた。
カメラマンという職業がら、観察眼は確かということか。
「べつに、なんでもない」
ヒミカはやっぱり、無愛想に短い言葉を返すだけだった。
「……そうか」
再びカメラを構えボクたちにレンズを向けたフレイムさんは、いつものようなふざけた喋り声を挟むことなく、真剣な表情を崩さずに写真を撮り続けるのだった。
☆☆☆☆
それから数日後、第三戦のレースの写真が、ウィッチレースを特集する雑誌に載った。
スターウィッチに参戦中のホウキ星全員の写真が掲載されていたのだけど、今回の注目ホウキ星、と銘打った特集記事のページに紹介されていたのは、なんとヒミカだった。
フレイムさんが撮影した、たくさんのヒミカの写真が載っていた。
レース中のカッコいい写真や華麗な写真なんかも、当然ながら載せられている。
だけど、このあいだの濡れ髪や睨み顔の写真に加え、以前に撮影された、フレイムさんに嫌悪の視線を向けたときの写真なども掲載されていた。
さらには、やっぱりというべきか、レース中に風圧でスカートが舞い上がり太ももがあらわになったようなきわどい写真までもが載せられていた。
下着が見えている写真まではなかったものの、いくら色気も少ない十四歳のヒミカであっても、若干いやらしいイメージで見られてしまいそうな写真も含まれていたのだ。
魔女ホテルに用意されたボクたちの部屋で、まじまじと雑誌に載っている自分の写真を眺めるヒミカに、ボクは視線を向けている。
彼女の顔は紅潮し、肩も微かに震えていた。
「やっぱり、許せない」
ヒミカがぽつりと不満を漏らす。
うん、そうだよね。恥ずかしいだろうし。ボクだって許せないよ。
ボクにだけは気兼ねなく本音を語ってくれるヒミカに、気休めにしかならないだろうけど慰めの言葉をかけようとしたのだけど。
「でも、我慢する」
意外にもヒミカは、すぐにそんな言葉を続けた。
「だから、セスナ……」
「ん?」
ヒミカは雑誌から目を離すと、上目遣いでボクを見つめながら名前を呼んだ。
ボクは優しく笑顔を返して、次の言葉がヒミカの唇からこぼれ落ちるのを待つ。
「プリンアラモード、食べたい」
ボクの瞳をじっと見据えたまま、ヒミカは真顔できっぱりと言い放った。
「どういうつながりだよ!」
ボクは思わずツッコミを入れる。
その直後、ボクたちがプリンアラモードを食べにカフェテリアへと向かったのは言うまでもない。




