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第七話


 かつては大きな街だったのであろう。

 ルー帝国が国土として有していたレバノ山の麓に、今は瓦礫と化した街が存在していた。

 

 話に聞くとこの街はアスギル自身の攻撃に加え他国の侵略、魔物の襲来と度重なる攻撃を受けながらも人の存在がなくなる事はなく、瓦礫に身を隠しながらも多くの民が必死になって生きていた。


 この瓦礫の街に入った時からフィルネスの様子が少し変わり、セラですら何処となく近寄り難い雰囲気を醸し出していた。

 この時のフィルネスは、けして遠くない場所にアスギルの存在を感じていたのだ。



 フィルネスが口を噤んだ事でセラにも緊張が走る。

 だがその緊張を和らげる存在が突然罵声と共に現れた。


 「こんなちんけな女があんたの仲間なのかよ?!」 

 セラがカオスと剣の稽古に興じていると、一人の少年が剣を片手に飛び出して来たのである。

 少年は青い瞳でセラを見上げ、きっと睨みつけた。

 睨みつけられたりするのには慣れてはいたが、突然飛び出して来た少年を前にセラは驚きで目を見開き言葉を失くしていた。

 「魔物みたいな目しやがって気色悪い―――」

 まだ幼さを残した、年の頃は一二、三歳の少年はセラの異質な目を見た途端、歯に絹着せぬ発言をしてカオスに諌められる。

 「初対面の、しかも女性を相手にそんな失礼な事を言うものではない!」

 「何でこんなちんけな女が行けて俺は連れて行けないんだよ!?」

 少年の名はクレイバ…後のイクサーン王国近衛騎士団長に在を置く身となる存在であったが、今はまだ年端もいかない少年だった。


 瓦礫の街に付いてからセラ達は三手に別れ(セラはラインハルトのお守り)アスギルについての情報を集めた。

 その時カオスが出会った少年がクレイバで、剣を教える約束をしたのである。

 どうやらクレイバはカオス達の目的を知り、同行の許可を求めているようだった。

 「何度言われてもそれだけは許可できない。お前はまだ子供だし、その剣の腕でははっきり言って役にも立たん足手まといなだけなんだ。」

 「子供ってんならこの女だってまだ子供じゃないか!」

 クレイバはあきらめる事なくカオスに食らい付く。

 「彼女は子供ではないし―――」

 ちゃんと成人した魔法使いだとカオスが言いかけた瞬間。

 クレイバの手が何の迷いもなくセラの胸に伸び、小さなふくらみを鷲掴んだ。

 「ほら見ろ、こんなんじゃ大人の内に入らねーよ!」

 

 ブチっ!――――と言う、何かが弾けるような音がセラでもカオスでもない、離れた場所から聞こえた気がした。


 胸を鷲掴みにされたセラ自身は驚きはしたが今はそれ所ではなくなる。

 「まったく―――」

 大きく溜息を付くと、胸を掴んだままラインハルトの形相に硬直してしまっているクレイバの手を払い除け、セラはゆっくりと後ろを振り返った。


 そこには眉間に皺を寄せ、こめかみには太い血管を浮き上がらせ怒りに燃えたラインハルトの姿。

 鬼神の如く怒りを秘め、今まさにそれを爆発させようとする姿にセラは頭が痛くなる。


 これ、どうしろって言うの?


 危険を察知したカオスが瞬時にクレイバの前に立ち剣を構えた。

 どうやらアスギルとの一戦を前に実力を互角とする騎士と戦士が一戦交える事になりそうで、ラインハルトの怒りの具合を見ると命に関わる斬り合いになる事は間違いなかった。


 「まったく…子供のやった事にまでいちいち反応しないで欲しいわ。」

 毎度の事ながらラインハルトは自制の効かない子供の様だ。

 剣に手をかけ、殺気を隠そうともせずに一歩一歩近づいてくるラインハルトにセラは再び溜息を落とした。


 「わたし、人が死ぬのは嫌だって言ったよね?」

 「時には例外とてあっても良かろう―――」

 「相手は子供だよ?」

 「殺さなければよいのだな?」

 いや、その状態で手加減できるとは全く思えないんだけど―――

 

 セラは鬱陶しそうに金の髪を掻き上げながら言った。

 「殺すんだ―――?」

 その言葉にぴたりとラインハルトの歩みが止まる。

 「殺すんだ、ラインハルト。この子の首をねる気なんだね?」

 セラの言葉を受け、その場に立ちつくしたラインハルトの額に脂汗が浮かんだ。

 

 セラの青と赤の左右非対称の瞳と、ラインハルトの漆黒の瞳がぶつかり合う。

 真っ直ぐにラインハルトを射抜いて離さないセラの視線は鋭く、ラインハルトの額から溢れた汗が滝のように流れ落ちる。

 「いや、その…」

 「何?!」

 口を開きかけたラインハルトにセラが厳しく問いかけ直す。

 「言いたい事があるなら早く言って!」


 言いたい事なら山のようにある。

 ラインハルトは口を開きかけるが、セラの見据える視線に射抜かれ言葉が出ない。

 少年とは言え、男がセラに―――しかも胸を鷲掴みにして触れたのだ。これは死をもって償っても償いきれる物ではない―――と、ラインハルトの中では位置付けられている。

 それだと言うのに、セラは何でもないような態度で少年の手を払い除け、逆に少年に罰を下そうとするラインハルトを責めていた。

 首を撥ねられて当然の行いをしたというのに、セラは何故こんな少年を庇うのだ?!

 セラが人の命を何よりも大切に思い、とても重要に考えているのは知っていたが、今まで命を軽んじて来たラインハルトにそれを今直ぐ理解できる筈がなかった。

 解っていても理解しきれない。

 それでも―――セラに睨みつけられると身体が硬直して動けなくなる。

 無理に剣を振るったらどうなるのか。

 セラは嘆き悲しみ、少年の為に心を痛めるだろう。

 涙を流すセラを―――自分の振る舞いでセラにこれ以上涙を流させる訳にはいかないのだ。


 ラインハルトが剣に触れた掌までもが脂汗に濡れていた。

 立ち尽し動けなくなったラインハルトを見てカオスも剣を引く。

 「蛇に睨まれた蛙だな―――」

 セラに睨まれ、微動だに出来ずに全身に汗を流すラインハルトを見てカオスが呟いた。


 

 









 その日の深夜、寒空の下で地面に転げて星空を見上げるセラの傍らにラインハルトの姿があった。

 瞬く星達の間を時に流れ星が通過する。

 言葉もなく星を見上げるセラを、ラインハルトはただ黙って静かに見下ろしていた。

 

 「昼間はごめんなさい。」 

 闇の中で沈黙を破ったのはセラだった。

 「あれは我が悪かったのだ。人を殺めた時お前がどれ程傷つき泣くかを知っていながら、お前に触れた男がたとえ子供であっても許す事が出来ず―――」

 ラインハルトは大きな手を伸ばし、横たわるセラの額に手を置いた。

 「こうして触れる事が許させるのが我だけであったならどんなに嬉しい事だろう。」

 とても穏やかに優しく発せられた低い声は、セラの耳に心地よく届いた。

 「そんな風に思ってくれるのはすごく嬉しい。何時か本当にそんな日が来れば―――」

 言いかけて、セラは口を閉じた。

 

 何時か―――その言葉はアスギルとの戦いを終えた先を意味している。

 その後、もしも生きて帰る事が出来たらわたしはどうするのだろう?

 戦いの後、いつまでも彼らと共にいられる理由がないのだ。

 望んではいけない事だけど、本当は誰とも別れたくない。カオスもフィルネスも大好きだ。ラインハルトの事も…とてもとても…心から愛していると言いたいのに―――

 

 今は共に旅をする仲間として存在しているけれど、アスギルを倒した後はその必要もなくなる。ラインハルトは守るべき国に帰り、いずれは王位をついでウィラーンの国王となるべき人なのだ。

 手の届かない存在だと言うのは初めから…好きになった時から自分に言い聞かせて来たというのに。

 

 好きという思いが溢れて―――涙に乗って流れ出て来る。


 気付いたら涙を流しながら微笑んでいた。

 

 「セラっ…どうしたのだ…泣くな、泣かないでくれ!」

 ラインハルトが慌ててセラの涙を指ですくい取る。

 するとセラはくすくすと声を上げて笑い出した。

 「違うよラインハルト、嬉しいの。あなたといられて嬉しくて泣いてるんだよ。」

 「―――嬉しい?」

 ラインハルトは怪訝に眉を顰めた。

 何故嬉しくて泣いたりしているのか。経験のないラインハルトにはそれが理解できなかった。

 「悲しい時もだけど、人は嬉しい時にも涙を流すものなんだよ。」

 「本当か、本当にそうなのか?!」

 ラインハルトは寝転ぶセラの顔の横に両手を付いてセラを見下ろした。

 一気にラインハルトの温もりが近づく。

 「星が見えないよ。」

 「お前は我だけを見ていればよい―――」

 愛おしそうに涙を拭い去ると、額と瞼…そして唇に口付けを落とす。

 セラは身じろぎもせず、黙ってその温もりを受け入れた。


 ラインハルトはセラに覆い被さる様な体勢のまま、セラの豊かな金の髪を撫でつける。

 その瞳は穏やかで、いつもの硬い表情が嘘のように穏やかに微笑んでいた。


 「この戦いを終えたら共に生きて行こう。」

 ラインハルトが呟くように、それでも確かに口を開く。

 その言葉にセラは目を見開き、一瞬時間が止まった。


 「って…無理だよ、わたし何か絶対無理。ラインハルトは王様になるんでしょう?」

 どんなに非常識だとしても身分の差という物位はセラとて認識できている。

 孤児として育った異国の娘が、ラインハルトの隣に立てる訳がないのだ。

 「お前は嫌か?」

 それなのに、そんなのどうと言う事でもないと言った感じでラインハルトは聞き返して来た。

 「嫌…じゃないけど―――」

 嫌なんてものじゃない。

 これからの未来もラインハルトと共に生きていける事は、セラにとっては何よりの喜びだ。


 「我は国を捨てられぬ。ウィラーンの王に相応しい者は我をおいて他にはないし、つまらぬ輩は我が始末した。それ故に我が王にならねば、アスギルの問題が解決してもウィラーンはいずれ滅び行くだろう。セラには王妃と言う堅苦しい立場に付いてもらわねばならなくなり、それによって様々な不条理も生まれるであろうが、何があってもお前は必ず全身全霊をかけて我が守る。我はお前だけを愛し慈しみ、いついかなる時もこの瞳にお前だけを宿す事を誓おう。」

 

 ラインハルトの漆黒の瞳が僅かに潤んで輝きを帯びていた。



 大好きな人。

 離れたくない、離したくない大切な人。

 ラインハルトを得る為にはセラも大きな決断を強いられる。

 彼の傍らに立つ事がどれほど大変な事になるのか、今までのラインハルトの残虐性と傍若無人さを見ていれば手に取る様に解った。

 それを受け入れられるほどにラインハルトを愛しているのだろうか?


 そんなの―――答えは決まっている。


 「生きて―――」

 

 セラは両手でラインハルトの頬を包み込んだ。


 「生きて戻れたら―――その時はあなたのお嫁さんにしてね。」



 何処まで出来るか解らないが、ラインハルトの隣にいられるならなんだってやって見せる。

 彼の傍らに、永遠にこの温もりを感じていられるのなら―――たとえ何があっても揺ぎ無い心であなたを想い続ける―――



 瞬く星空の下で、セラとラインハルトは永遠の誓いを挙げた。





今回でセラとラインハルトのお話は終わりです。

この後の二人は『残されたモノ』にあるとおりの結末を迎えてしまいます。


『残されたモノ』の今後ですが本編は終了させておりますがもしかしたら、本当にもしかしたらですが、セラ達のその後を短編で発表するかもしれません。話は2本程あるのですが、読者様が好まれる話ではないかもしれないので発表出来るかは不明なのですが…


ここまで読んで下さった方々に心から感謝いたします。

ありがとうございました。

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