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第93話 ナインと和成。兄二人の会話

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「そうかねそうかね!」

 和成の返答を聞き、サファイアは無邪気に喜んだ。そんな朝起きたばかりの彼女の衣装は、何時もの普段着にするには向いて無さそうな胸元の開いたワンピースではない、ただの寝間着だった。


「服は着替えたんですね」

「ははははは!あれはもうせっかくの機会だから洗ってしまった。そして他に着るものが無いので、埃をかぶっていたこれを収納から引っ張り出してきたのだよ!」

 そうサファイアは喧しいぐらいのテンションで騒ぐと、突然頭を押さえて苦しみだした。

「ううう二日酔いが……」

「一気飲みなんかするからです」

「ハハハハハッ!」

「何がそんなにおかしいんです?」

 まだ酒が残っているのだろう。更によくよく考えれば、彼女には躁鬱のケがあった。テンションの起伏がかなり激しい性質なのである。


「――いや実はだねぇ、あの服は一つの願掛けだったのだよ。優れた魔法媒体であるあれを肌身離さず着ていれば、いつかじい様や兄上のように魔法が使えるようになるのではと――そんな妄想じみたことを考えていたのだ。その所為で何年も洗えていないのであるが」

「成る程……じゃあ歯磨きを怠ってたのも実は何か理由が?」

「…………」

 サファイアは眼を逸らした。

 単なるズボラで、特に理由はないようだ。


「おい」

「だってめんどくさくないかね! 毎日毎日やる意味などないだろう!? 別にそれをしなかったらと言って病気になる訳でも死ぬわけでもない!」

「いや、病気になら虫歯が―いや、この世界にミュータンス菌はいないのか?なら虫歯もないか―?」

「ふむふむ。ならそのことをメモに――」

「話を逸らさない。それでも歯磨きの文化があるということは、それはそれとしてこの世界でも有用勝つ必要と考えられているってことでしょうに。だいたい口臭とか歯の汚れとか口のべたつきとか、ちゃんと磨かないと取れないでしょ。酒臭いので磨いてきてください。それまで寄らないでください臭いので」


「それが乙女に言うことかね!」

「乙女らしい態度を取ってから言ってください。まぁ俺には何をもって乙女なのかは分かりませんがね。少なくとも今のあなたが乙女でないのは確実でしょうが」

「おお怖い! 何と冷たい眼差しだろうか! 昨日の優しさは何処へいったのかね!?」

「落ち込んでいるなら励ましますし、前を向いたのなら発破をかける。調子に乗るなら冷水を浴びせかける。それだけですよ」


 今の彼女を励ます必要はないだろうと、和成は考えている。


「やるんならとっととやりましょうよ、研究。手伝える範囲で手伝いますので」

 

 和成がエウレカを訪れてまだ数日も経たない頃。

 ふたりの関係は研究者と研究対象であり、あくまで単なる協力者同士であった。友達でもなければ仲間でもなかった。だからその会話の大半は、どこか事務的な印象のある雑談の繰り返しであった。


 それが変化したのなら、使用する言葉も変わって当然だろう。


「――それもそうだね」

 

☆☆☆☆☆


「なぁ和成クン。妹を嫁に迎えてエウレカに永住するつもりは無いかね」

 サファイアが鬱憤を吐き出し心のデトックスを終えた翌日のこと。研究方針と当座の目標を話し合うだけで一日が過ぎた、その日の夕方のことである。ナインの研究室へ呼ばれ発せられたその一言は、和成からしてみれば唐突なものであった。


 だが、ナインからしてみれば唐突でも何でもない言葉である。目に見えて心も体も健康に向かい研究へ励む妹の姿を、和成と熱心に相談を重ねる姿と合わせて見れば唐突でも何でもない。

 和成が何と返答すべきか悩み、口ごもる間に、ナインは何時もの彼と同じ独特のイントネーションで語り続ける。


「君は中々優秀で根性がある。教えがいがあるとでも言えばいいのかね。お祖父様が気に入った理由も分かる。内在魔力量も増加してきたし、明日から魔力操作による魔法陣の構築に関する修行を開始してもいいだろう。君は才能はないが、筋はいい。魔法の原理や根本を理解して、基礎をちゃんと把握して、そこから始めようとしている」

「……単にそうしなければ上手くやれないってだけですけどね」


 才能ある者は、“何故そうなるのか”の部分を感覚で乗り切ることが多い。物理や数学のテストで問題を解く際に、公式を丸暗記して問題文の数字を当てはめて解くタイプとでも言えばいいだろうか。

 そのやり方が和成には出来ない。そもそも彼はあまり記憶力が良くない。

 何故そうなるかを理解し、式が持つ意味事態をある程度把握したうえで、その内容を何度も頭の中で反復させなければ記憶に定着しない。

 だから興味がないことは直ぐに忘れる。

 そして興味があることは覚えているが、それも反復を積み重ねたことによる賜物だ。好きだからと言って、一度見聞きしたものを二度と忘れないほどの記憶力も暗記力も、和成は持っていない。


「だけどだからこそ、君は人に説明するのが上手い。ワタシの最終目標は、君の世界でいう学校のような機関で、魔法を教育できる制度を整えることだ。君は言葉の限界を知っている。言葉では伝わらないものがあると知っている。たった1つの言葉が届けばいいと、万の言葉を費やすのが教育であると知っている。その上で、どうすれば相手に言葉が伝わるのかを探求し続けている」

 サファイアへの和成の研究姿勢を見れば分かる、と言わんばかりの態度である。彼と自分の議論を重ねたことは、一度や二度ではないからだ。

 ナインから見て和成は、この世界の外側に存在する概念を、この世界の内側に存在する自分たちに何とか伝えようと何時間でも言葉を探り続ける人物だ。


「君のその気質は、教育という分野において大きく貢献すると思う。魔法学校を作りたいというワタシの夢にも、そのための魔法習得の体系化に関する研究にもね」

「買い被りすぎな気がしますがね」

「そうでもないさ。少なくとも、経験値を上げれば簡単に目標を達成できるのに、自分はそれが出来ないという状況でも、君は腐らず自分に出来ることを積み重ねようとしていた。毎朝毎朝、滝の冷水を浴びて瞑想するなんてワタシには無理だ。非効率の極みだからね」

「別に効率を無視してる訳ではありませんよ。だいたい俺は合理主義者ですし」


「それは君が自分を客観視できてないだけさ。ワタシから言わせてもらえれば、和成クンは合理主義とは真逆だよ」

「そう言われると違和感があります」

「――なら聞こうか。何故君は、わざわざサファイアと――妹と親しくなろうとする? 信頼関係を築こうとする? 君が妹に恋慕の感情を持っているからーではないのだろう」

「そりゃあそうした方が合理的だからですよ。研究で個人がやれることなんて高が知れている。協力と情報の共有なくして効率を追い求めることなんて無理でしょ」


「それをわざわざ君がする理由がないだろう。それは君がするべきことじゃない。本来ならサファイアの方からするべきなんだよ、そういうことは。協力してもらってる立場なんだから。それに君の給金は出来高制ではない。サファイアの研究がどうなろうと君がエウレカから追い出されることはないし、毎日もらえるお金も変わらない。成功しようと失敗しようと、君には関係のないことだ。そういう契約を結んでいるのだからね。けど和成クンは、研究を成功させようと積極的に活動している」


「――それが、あなたにとっての合理主義ですか」


「そうさ。君は情で動く。それは合理主義とは言わないよ。だいたい、サファイアは兄の眼から見てもめんどくさい奴だ。ズボラで面倒臭がりで、そのくせ繊細でコンプレックスの塊だ。躁鬱のケもあるし、根が単純な割に頭が固い。簡単にドツボにハマる。可愛い妹だから大切にしてるけど、もしも他人だったらワタシは彼女と距離を縮めることはしない。生涯赤の他人なままだろう。けど君は、そんなサファイアを励まし、積極的に距離を詰める。それは何故だ?」


 そして、ナインが過ごした日常から和成の一端を理解しているのと同じように、和成もその時ナインの心情の一端を理解した。

 要は彼は妹とのことが心配なのだ。兄として。

 結局、彼もまた合理主義者ではないのだろう和成は思った。


「――俺の友達に科学部に所属している、学者気質の友達が2人いましてね。まぁ片方は友達なのかイマイチ分かりませんが、もう1人の方は親友ですよ。確か学校の話は何度かしたことがあると思いますが、それで俺は別の部活に入ってましたけど、何度か人手が足りない時に2人の――というか部活の研究の手伝いをしましてね。――それが楽しかっただけですよ。

 日が暮れるまで残って、冬だから暗くなるのも早くて、そしたら科学部の顧問の先生がお金をくれて近くのスーパーで買い物して、理科室に備え付けられてるガスバーナー…友人曰くブンゼンバーナーって言うんですけど、それを使って理科室の中で料理を作って。そんなこんなをしてるとだんだん寒い部室もあったまって、それをみんなでワイワイ食べて。

 あとは後輩のプレゼンテーションの練習にも付き合いましたね。研究に関する知識がない俺に、研究内容を伝えるどれだけ伝えられるかの練習ってことで。まぁかなり厳しめに判定したら、その子が泣き出したんでしばかれましたけど。

 ただ――それはそれで楽しかった。

 で、協力した連中がそこそこの賞をもらって帰ったのも嬉しかった。なにせ俺にはそこまでのモチベーションがありませんから。

 新たにできることを切り開くことに興味はあります。それがやれることに興奮もします。けど、それが持続しない。俺は知識の収集が好きではありますけど、知識の開拓にそこまでのモチベーションを保てない。他の誰かが発見した事実を知り、知識を収集すれば、そこで満足してしまう。そこから先に行けなくていいと思ってしまう。謎が謎のまま放置されている状況も、案外楽しめてしまう。ブラックボックスが開かれる状況も、開かれることなく閉じられ続ける状況も、どっちも好きなんです。自分がしなくとも、している人を傍で見ているだけでそこで止まる。浅い段階で満足してしまう。

 だからこそ、そこから先に進もうとしている人がいれば応援したくなるんですよ。俺には出来ないとこをしているから。

 それに、あの友達の研究への協力が楽しかったのも事実で、俺はもう一度それをやりたいと思った。

 その程度ですよ、理由なんて」


「――やっぱり君は合理主義じゃない。情で動いている。或いは君は実利主義だが……その最優先している理が、やはり情なんだろうな」

 そこでナインは一度言葉を切った。

 何かを諦め、自分の中で決着をつけてから話そうとしているようだった。


「サファイアの旦那になることを君に勧めるのは、一旦やめておこう。ただ、もしも君が故郷へ帰ることを諦める結果になったなら――相談してくれ。居場所が欲しいのなら提供しよう。家族が欲しいなら、外堀を埋める協力をしよう。それ以外でも頼みことがあるのなら、頼ってくれ」

「――覚えておきましょう」

 それは男と男の約束で、同時に兄と兄の約束であった。


 家族は勿論、和成の妹もまた、この世のどこにもいないのだが。


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