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第60話 『ミームワード』の神髄と新しい可能性

 

「おーい、和成くーん。ひまー?」


 そう言って姫宮はノックもせずに和成の部屋の扉を開いた。

 朝も早いというのに。

 彼女の和成に対する態度は、日が経つごとにどんどん気安くなっていく。

 先日、急に押しかけてきたのでスペルから与えられた仕事を終えるまで待ってもらっていた際のことだ。デスクワークを終了させてやけに静かな姫宮の方を振り向くと、何時の間にかベッドで寝ていた。当然だが、和成のベッドで、だ。そのような態度を取られると和成はどういった行動を返せばいいのか迷う。女子として扱うべきか、男子として扱うべきか。

 尤も、最終的に叩き起こすことを選んだ時点で、和成も大概であるが。


 そして姫宮には、ノックもせずに入室したバチが当たった。

「元気じゃのう」

 和成のもとを訪れていた子供――超賢者スペル・デル・ワードマンに、生暖かい視線を向けられる。

 姫騎士は、ひどく赤面した。



 ☆☆☆☆☆



「ふぉっふぉっふぉ」

 あごをさすりながらサンタクロースのような笑い方をする、小学校低学年にしか見えない超賢者を、赤面がとれない姫宮は疑問に思う。


「ねぇ、ホントにこの子が超賢者スペルさんなの?(小声)」

「そうじゃよ。儂が正真正銘、超賢者と呼ばれている者だ」

「はぅっ、聞かれてた」

「寧ろ何で聞かれてないと思ったのさ。目と鼻の先にいるのに」


「ふぉっふぉっふぉ、別に聞こえておった訳ではない。ただ、儂と直面した者はだいたい同じことを考えるから分かっただけじゃよ」

「ほらー」

「いや姫宮さん、そこで勝ち誇ってどうする」

「この年になると耳が遠くてのう」

「若いのにお爺さんみたいなこと言うんだね」

 年下だと思っているからだろうか。姫宮は完全なタメ口だ。


「いや、スペル先生は外見が子供というだけで、既に相当なお年を召しているよ」

「え?」

「今は若返りの研究をしていての。作った薬を試しておるのよ。姿形以外は戻らん失敗作じゃがな」

「それは、重ね重ね失礼しました……」

 その言葉は、最後の方にはかなり尻すぼみしていた。

 対照的に、戻りかけていた頬には一層の赤みがかかっている。

 

「それで、二人で何の話をしていたんですか?」

 和成とスペルは、その話題の変更に乗っかることにした。


「天職固有能力『ミームワード』について、スペル先生から話を聞かせてもらってたんだ」

「ああ、『ミームワード』。あのよくわからないヤツ」


「そう。ステータス画面には、『哲学者の言葉は魂にまで伝わる――』みたいな抽象的で比喩的なことしか書いて無くてな。一応ある程度はどんな能力なのか、この前の徹夜した時に聞いてはいたんだけど、そのことに関して追加情報があるって言われたからこうして聞いている」


「色々と忙しくてな。先雑談できる時間が今しかとれなかった」

「なるほど、そうですか。それで、『ミームワード』とはどのような能力なんですか?」


「言うなれば、“言葉に情報を託し、相手に伝える能力”と言ったところかの」

「?」

 そう言われてもよく分からないので、姫宮は取り敢えず和成の方を見た。

 顔に“説明求む”と書いてある。


「しゃーぼんだーまーとーんーだー やーねーまーで、とーんーだー

 やーねーまーでーとーんーでー こーわーれーて、きーえーたー


 しゃーぼんだーまーきーえーた とーばーずーに、きーえーた 

 うーまーれーてーすーぐーにー こーわーれーて、きーえーた」

 何時ぞや聞いた童謡を聞かされた、その時だった。


 姫宮の脳裏に浮遊するシャボン玉や、それが壊れる映像が流れ込む。

 同時に、胸の奥からわき上がるような、強い悲しみの感情が感じ取れる。

 子供が死なないのが当たり前になったのは、まだほんの最近のことなんだよな。

 あの時の和成の言葉が思い返される。


「亡くなって逝く子供たちへの()()を込めて歌ってみた。伝わっただろ」

 伝わった。

 ()()()と発音した部分の字が、和成は()()と頭の中で変換していたことまで伝わった。


「言葉に情報を託し、伝える能力……」

「そうだ。言外にではなく言内に言葉を込め、それを伝えられる。感情とかも込められるから、誠意だとか真心だとかいう曖昧なものでも、伝えることが出来る。それを受けて相手がどう解釈するかまではコントロールできないけどね」


「ああ、じゃあひょっとして、この前聞いたシャボン玉の歌でああも気持ちが沈んだのは」

「微弱ながらも『ミームワード』が発動してて、その影響を受けていたのかもね」

「そうか――……あ!!」


 そこで姫宮はあることに気づく。


「じゃあ、ライオンハルトさんや、シュドルツさんの説得に成功したのも!!」

「『ミームワード』による疑似的な感情の共有があったから、という可能性は否定しきれないだろうね」

「けど、和成くんの真剣な思いとか、誠意みたいなのが伝わったから、上手くいったんじゃ……」


「いや、『ミームワード』はあくまで()()()能力だ。人の心は曖昧なもの。伝わった誠意をどう受け取るかは受け取る側に委ねられている。俺の言葉であの二人が救われたのなら、それはあの二人にその意思があったからだ。俺は少し誘導しただけにすぎない。それに俺はまだこの能力をつかいこなせていない。周りの態度から判断するに、心を込めて朗読するイメージとか、自分が大女優になって大仰な演技をするイメージとかで言葉を発すると、『ミームワード』によって言葉に情報が宿るみたいだけどね。あと感情が昂ると勝手に発動するから、調整がなかなか難しい」


「……十分すごいことだと思うんだけど」

「んなことはない」

 何を言っても、和成の態度は頑なだった。

 失敗は自分の所為。成功は他人のおかげ。

 そんな風に彼は考えているのだろう。


「――けど、なんで『哲学者』がそういう能力を持ってるんだろ」

 そんな姫宮の問いに答えたのは、超賢者スペルだった。

「議論を円滑にするため……かのぅ。『哲学者』の言葉は抽象的過ぎたり、単語の定義が重要なことが多い。それを『ミームワード』で一々説明せずに話を勧められれば、より議論が深まるじゃろう。感覚や感情を疑似的に共有できるからの。つまり『ミームワード』とは、コミュニケーションのための能力という訳じゃ」

「なるほど」


「それで、ここからが本題じゃ。和成殿、魔法というものがどういうものなのか、お嬢さんに説明してあげなさい」


 その言葉の意図は和成には分からなかったが、師と仰ぐ人の言葉を無視するつもりは無い。

 徹夜で話し通したあの時から、和成にとってスペルは、既に尊敬できる大人として認識している。

 彼から教えてらったことは『ミームワード』に関することだけではないのだ。


「――この世界における魔法とは、言語である」

「ほうほう」

 いつもの和成の語り方にも、1ヶ月はまだ経っていない時間ではあるが、何度も言葉を交わしてきたのでもう慣れた。それ単体では意味が伝わらない言葉で相手の気を引く癖。姫宮の返し方も、もはやテンプレートになっていた。


「魔力を操作して図形を描く。さらにそこへ魔力を通すことで、世界に現象が発現する。それが魔法であり、魔力によって描かれた図形が魔法陣だ。図形の形によって発現する現象は決まっていて、どの魔法陣でどんな魔法が発動するのかを紐解ける『職業』こそが、『賢者』と『最上級魔導師』になる」

「ふむふむ」


「液体・固体・気体といった万物の状態を表す『水』『土』『風』と、三態変化の循環を繋げるエネルギーの『炎』『凍』『雷』の基本属性。

 そこに、魔神の力である『邪悪』属性と、女神様の力である『神聖』属性。

 さらにそのどれにも当てはまらない、『無』属性を加えた九属性が、世界に満ちるマナの全属性だな」


「『光』属性とか『闇』属性はどうなるの?光魔法も闇魔法もあるよね」

「マナ、つまり体外を流れる魔力の属性と、魔法の属性は違うんだよ。例えば『精霊術師』が使う精霊魔法は、その全てに妖精の力である『自然』属性のエネルギーを加えて発動しエレメントを生み出す。光と闇の魔法もそれと同じで、魔力に魔力以外のエネルギーを加えて発動させるんだ」

「ややこしっ!」


「ただ、そんなのが関係あるのは『賢者』とかの一部の『職業』の人だけ。それ以外の人は魔法を使う時にそんな難しいことは考えない。この世界はシステマチックだからね。ステータス画面から魔法もスキルも習得できる。習得できれば、使いたいと思えば使える。それだけだ。新しい魔法を意図的に生み出せるのは、一部の例外を除けば『賢者』の『職業』を持ってる人だけだしね」

「へー」


「今回の話において重要なのは――」

 和成の説明に間違いはなかったのだろう。超賢者スペルがそのまま話を引き受け、続けた。


「魔力を操作して魔法陣を描き、意思を伴わせながら魔力を通すことで発動するのが魔法であること。

 魔法陣によって発現する現象は決まっており、どの魔法陣でどんな魔法が発動するのかを紐解き、また新しく創造することができるのが、儂のような者たちだけということ。今は取り敢えず、そこが分かってもらえればいい」

 そこまで一息に話してから、スペルはお茶を一口含んだ。


「魔法とは言語である。魔法陣とは、世界に対して己の意思を伝達し、発現させる文字の一種である。――何か気がつかないかね?」

 その思わせぶりな視線に、二人は顔を見合わせた。


「「言葉に情報を込めて伝達するスキル、『ミームワード』!!」」


「そしてもう一つ、意思を伝える翻訳のスキル――『意思疎通』の存在。

 ちなみにスキルというものは()()()()()()()。魔法の威力を上げるスキルが二つあれば二つ分、()()()()()()()

 これはあくまで仮説なんじゃが――和成殿が描いた魔法陣なら、それがどんなものであってもステータス画面(世界の方)が意思を読み取り、勝手に翻訳し、魔法として現象を伴うのではないかとね」


「――つまり、それはつまり――()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()?」

 必死に興奮を抑えて口にできた、震える言葉とは対照的に、その胸の高鳴りを和成は抑えられなかった。

 握りしめた手の中には血管の脈動を感じる。


「すごいじゃん!それが本当なら凄過ぎるぐらい過ぎるよ!」

「やったぜ!」

「やったね!」

 イェーイ。

 二人は軽快なハイタッチを決めた。

 まるで自分のことのように、姫宮は和成のことを祝福する。




「和成殿の保有魔力は、2pしかないがのぅ」




「                       」

「                       」


 ハイタッチを繰り返す二人が停止した。

 一拍おいて、和成は椅子から崩れ落ちる。

「ちくしょ―――っ!そーうだったぁぁぁぁぁっ!」

 カス過ぎたので思考の外に追いやり、忘れていたことを、たった今思い出した。

「そういや攻撃力も1しかないから、魔法の威力がほぼ皆無なのは変わらないかー」

 姫宮も少し、冷静さを取り戻して思い直す。

 その一言は和成の胸に突き刺さった。


「ああもう!ようやく!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」


 ――自分のために、周りに労力を使わせるのが申し訳ない。

 そんな言葉に込められた思いが、ミームワードを通して伝わる。

「…………」

 友達なんだから気にしなくていい。

 姫宮にはその言葉を、強く責任を感じている和成に向けて発することはできなかった。


「というかよくよく考えたら、俺は『魔法使い』じゃないんだ。魔力を操作して魔法陣を作ることも、魔法陣に魔力を込めることもできないじゃないか!」

「――そこで提案じゃ」


 少年の容姿で可愛らしく人差し指を立てた超賢者スペルは、()()()()()()()()()()かのように語った。



「和成殿、学術都市エウレカに来んかのぅ」



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