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第44話 (間話)クッキングタイム

 

「というわけで、今日の授業は料理でーす」

「「いえーい」」

 パチパチパチパチパチパチ。

 エプロン姿に三角巾を装着した和成の音頭に、同じ格好の『料理人』久留米とハピネス王女の拍手が続く。

 場所は王城の幾つもある厨房の一つ。許可を得て借りたそこで、宣言通りに料理を行う予定だ。

 特にハピネスははじめての料理ということもあって興奮している。既に包丁を握りしめ、やる気満々だ。

 ただし持ち方が違う。忍者が苦無を構えるように逆手で握り締めているので、それではまな板に突き刺すことぐらいしか出来ない。


「ハピネスそれをしまえ。今日は包丁を使わない」

「えー……」

「そんな顔をしてもダメだ」

「何故ですか!危ないからですか!?それなら大丈夫ですよ!なんたって武術の稽古で刃物を扱っていますので!」


「自惚れるな。生まれて初めての料理に包丁なんて握らせる訳がないだろうが。俺だって包丁を使わない料理が大体できるようになってから、使い方を習い始めたんだ」

「習うより慣れろとも言うし、私は別にいいんじゃないかと思うけどー?多少ザクッとやっちゃうのも経験経験ー」

「……え?」

 さらりと物騒なことを言ってのける辺り、久留米も中々に大物である。しかしハピネスは確かに包丁を使ってカッコよく料理したいとは思っているが、怪我をしたいとまでは思っていない。


「俺が料理を教わった時にそういう過程プロセスを経たから、それ以外の教え方はやりづらいんだよ。そして言葉で説明するのは久留米さんより俺の方が上手い」

「それはその通りだねー」

「そして仮にも一国の王女が怪我をするかもしれないようなやり方を、教育係が積極的に使ってどうするんだよ。ダメだろ。ねぇ、ケルルさん」

「そうっスねー」


 ハピネス王女の今日の護衛担当は、プチョヘンザではなくもう一人の騎士、ケルル・ガーディン・シャンデリアである。小柄な少女ように見えるが、れっきとした成人騎士だ。

 基本的に態度が軽い。

 ただ、こういった遊びの側面を持つ授業の時は、巨漢騎士プチョヘンザよりも彼女が適任だ。

「うーん、ムツカシイなぁー」


「むぅぅぅ」

「頬を膨らませてもダメだ。取り敢えず包丁を渡せ。持ち方が危ない」

 そのまま和成は包丁の峰の部分を右手で掴み、流れるように左手でハピネスの膨らんだ頬を挟み込んだ。

 口に溜まっていた空気が抜けて、プヒィ〜と間抜けな音がなる。

 そのコミュニケーションに便乗して、久留米も少女のやわらかいほっぺたをつまみ始めた。


(……やっぱりあの二人、私らとは価値観が違うんっスねー。フツーは王女様相手にあんなこと出来ないし、やったら完全アウトっスよ)

 態度は軽いが、その分、彼女は寛容かつ柔軟な女性だ。見た目や表層ほどふざけた人間でない。

 伊達に(継承権を持たない第二王女とは言え)王女の護衛に抜擢されていない。

 しかしそんな彼女にも立場というものがあり、ハピネスと相応の関係を築いていても一歩手が届かないということもある。前回の騒動のように。


(まぁある程度でも信頼があれば、プライベートな場での多少の不敬は大目に見てもらえるんスっけどー)

 しかしそれでも、やはり態度が軽く見えるのは彼女の欠点であった。


 ☆☆☆☆☆


「今日作るのはサーターアンダギーです」

「サーターアンダギー?ですか。どういう料理なんです?」

「一言で言うなら揚げ菓子だな。材料を混ぜて形を整え、後はじっくり揚げるだけの簡単な料理だ。初めにするには楽でいい」

「わたくしとしては、もっと難しくても大丈夫だと思うのですが」

「それは今回の授業でどれだけやれるかを確認してからだな」


 という訳で調理スタート。


「材料は小麦粉・膨らまし粉(ベーキングパウダー)・卵・砂糖。これを量るところからする」

「『調味料を生み出す能力メイキング・シーズニング』!」

「器具は用意してあるので、どんどん量ってみようか」

「はい!」



「量り終えたら、まずは泡立て器で卵をよく混ぜる。久留米さん、泡だて器ちょうだい」

「りょうかーい。『料理人』限定スキル発動!『クッキング七つ道具』!!」



「次に材料を投入し、再び粉っぽさが無くなるまで混ぜる。その前にふるいにかけておくとダマにならないんだが、多少のダマはあまり気にならないので省略する」

「それでいいんですか!?」

「料理においては如何に手を抜くかということも重要なのさ。ハピネスが食べている毎回たっぷりの時間をかけられる専門家プロの料理と、時間も食費も限られた中で作られる家庭料理は違う。たまーに凝った料理が作れるのと、毎日料理を作り続けるのは違うということを学んでほしいのさ」

「なるほど!」



「サラダ油を入れてさらに混ぜる」

「『メイキング・シーズニング』!!……サラダ油って調味料なのかな?」

「生み出せたってことは調味料なんじゃないか?ステータス上では」



「で、混ぜ合わせた生地を約30分寝かせる。そして寝かせ終わっているものがコチラ」

「用意がいいですね……」

「一回やってみたかったんだ」

「それにせっかくだし、みんなにも配ろうとおもってねー」

「量が多いから覚悟しろよ」



「『メイキング・シーズニング』!!」

「手のひらにサラダ油をちょちょっとつけて、これくらいの大きさに丸める」

「こんな感じでよいのでしょうか……」

「大丈夫だ。ちゃんとできている」

「ねぇ平賀屋君、味を調えていないのに調味料とはこれ如何に」

「哲学だな」



「……丸める生地が全然なくならないのですが」

「一応クラスのみんなに二つぐらいは行き渡るように量ったからね!」

「料理の地道さを学ぶ授業だ。これが終わったら、魔導冷蔵庫に入っている生地もあるからな」

「……ケルルも手伝ってください」

「いざって時に油で滑って剣が持てなくなると困るので、お断りするっス」



「140〜150℃の油へ、そっと入れる。強火にすると外が黒焦げ中が生焼けになるので、とろ火で行う」

「コンロじゃなくてIHなんだねー」

「金属板に『炎』属性のマナを流して調理する魔導熱プレートです!高級品なのです!」



「時々ひっくり返しながら揚げて、串をさして生地が先に付かなければ完成だ」

「おぉー。沈んでいた生地が、だんだん上がってきました。ってああっ!油が!油がはねたのです!!」



「引き上げたサーターアンダギーを油取り紙に乗せてっと」

「はーい、ハピネスちゃん。揚げたてを召し上がれ♡」

「……いただきまーす」

 立ったままで食すということに少し罪悪感を感じるも、結局は食欲を押さえられずに口を開いてしまった。

 何より、久留米がわざわざふぅふぅと自分の息を吹きかけて冷ましてくれた上で、あーんをしてくれたのだ。断るのも申し訳ない。

 それにとってもおいしそう。


「――熱い!」

 そしてハピネスはハフハフホヒハヒと、アツアツのサーターアンダギーを冷ますため必死に空気を口に含んだ。元々揚げ菓子が詰まっていた頬が更に膨らみ、熱により顔が硬直する。

 流石に息を吹きかけた程度では、中まで冷めはしない。


「うーん。ビックリするほどかわいいなー」

「油に怯えてたから、熱々なのは分かってると思ってたんだが……揚げたてだから気を付けて、ぐらいは伝えた方がよかったな、うん」

 そう言いながら和成は、冷静にコップ一杯の水を差しだした。

 ハピネスはそれを一気に飲み干し、熱を冷まさせてからふうぅぅっと息を吐いた。

「すごく熱かったですが――――おいしかったです」

「作りたてで、それも自分が作ったやつだからねー」


「じゃあ、あの、もう一ついただいてもよろしいでしょうか……」

「どうしよう平賀屋君。このまま妹にしたいぐらい可愛い」

 おずおずと恥ずかしそうに申し出るハピネスを、久留米がそのむちむちした体で包み込んだ。

 自然に抱き寄せられた当の少女の方は、戸惑いながらも強く抵抗しないので、どこか嬉しそうに見える。


「たくさん作ったんだ。食べられるだけ――いや、夜ご飯もちゃんと食べられる分だけ食べるといい。後で教育係に怒られるのはごめんだ」

「よかったねー」

 なでなで。

「……えへへ」


「ただし」


 続けられた和成の言葉は、仲のいい姉妹に水と釘を刺すような物言いであった。


「料理をする上で最も重要な工程がまだ残っている」

「そ、そうなのですか?」

「ああ。料理が上手くなる一番の早道は、これをちゃんとすることと言っても過言ではない作業が、まだ残っている」



☆☆☆☆☆



「……それで、これが最も重要な工程ですか」

「そうだ」

「けっこー深いこと言うねー」

 ジャブジャブと水の音。キュッキュキュッキュと陶器と布が擦れ合う音。

 皿をおけばカタリと鳴って、布を握ればあぶくが弾ける。

 すべて合わせて、皿洗いの音だ。


「俺に料理を教えた師、曰く。手っ取り早く料理を上達させるには、毎日料理をすることと、毎回後片付けをちゃんとするのが一番だそうだ」

「毎日、ですか」

「誰から教わったの、平賀屋君?」

「おばあ……祖母からだ。今の世の中、男子も料理できなくてどうするんだと教えられたよ」

「あははー。なんとなくだけど、そうだと思ったー」



「――それは、わたくしにはできなさそうなことですね。わたくし、王女ですから」

 二人の朗らかな会話を遮ったのは、ハピネスのそんな寂しげな声だった。

 幽かで、人ごみの中では埋もれてしまいそうな小ささだ。



「楽しかったか」

「はい」

「もう一度やりたいか」

「はい」

「今度は包丁も使って」

「はい」

「もっと上手に、色々と」

「はい」


「――もっと、お二人みたいに手際よく、お料理できるようになりたいです。しかしわたくしには、それをする時間がない……」

「誰かに、料理を作る立場ではなく、作らせる、あるいは作ってもらう立場にいるからな」

「はい、わたくしは王位継承権を持ってはおりませんが、将来はどこかの誰かへ嫁ぐか、お父様の後を継いだお姉さまのサポートをすることになるでしょうから……」

「しょうがないさ。何かをするってことは、他の何かを一切しないってことでもある。そして何ができるのか、何を選べるのかは、歩んできた人生や環境で左右されてしまう。俺たちはみんな配られた手札で勝負するしかない」


 かちゃりと、白磁の皿が皿立てに立てられた。

 悩みを聞きながらも和成の手は止まらず、その気安さ気兼ねのなさというものが寧ろ、ハピネスを饒舌にしていた。


「今やっていることに、意味なんてあるのでしょうか」

「さぁ? 意味なんてのは言い張るものだからな。あると思えば全てあるし、ないと思えば何もない。どんな経験でも意味があるとも言えるし、何をなしたところで最後は死ぬんだから意味なんかないとも言える。好きな方を選ぶといい」


「選ぶ、ですか。難しいです」

「そりゃそうだ。自信をもって選ぶには、経験を積んだり勉強したりしないと無理だからな。だかれこそ教育係という職業があるんだ」

「…………」

「あと、人生を歩むときに最も大事なものは、生きる上では何の意味もない無駄なものなんだそうだ」

「…………」


 無言でハピネスは片づけを再開し始めた。

 真っすぐに布で泡だて器を洗う様子からは、頭の中で言葉が反芻されぐるぐると駆け巡っている様子がよくわかる。


「それも、おばあちゃんの言葉なのー?」

「いや、これはおじい……祖父の言葉だ。ついでに言えば、【配られた手札で勝負するしかない】も【あると思えば全てあるし、ないと思えば何もない】も、元々は別の奴の言葉だしな」

「……そうなんですか?」

 和成の暴露にハピネスは一度顔をあげた。

 しかし、その言葉が別の誰かの言葉であるような気がしない。


「元は物語の登場人物の言葉だよ。意味は分からんだろうが具体的に言うとスヌーピーと目玉おやじだ。ただ、今は、俺の言葉として発したつもりだ」

「…………」

「言葉を知って、咀嚼して、消化して、吸収する。言葉の意味について悩んで、思考して、吟味して、考察して、自分なりの解釈と答えを見つけて、それから口にする。そうすればもう、それは自分の言葉なんだと俺は思う。学ぶとはきっとそういうことのことを言うんだ」


「……難しい、です」

「慣れれば楽しくなる」

「……なんだか頭がボーっとしてきました」

「じくじくと痛む、というよりは、疼いて熱を持っている感じか?」

「そうです。そんな感じです」

「脳を酷使するとそうなる。そしてそういう時は糖分を補給すればいい。――勉強で焦ってもしょうがないさ」 

 カラン、と。

 丁度最後の調理器具が片付け終わった。



「サーターアンダギーを食べよう」



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