第43話 (間話)王女と『哲学者』の交流
昨日の予告通りに12:00頃と17:00頃に投稿し、明日から第三章へ入ります。
「和成さま!教わりに参りました!」
「・・・・教育係ってのは自分から赴くもので、向こうから来てくれるものだとは思ってなかったんだけどな」
市井でのトラブルから数日後。王城の自室にて椅子に座り机に向かっていた和成が、元気よくドアを開けたハピネスに対して呆れながら返答する。
「というかノックぐらいはしなさい。はしたない。マナーは守るものだ。そんなんじゃ淑女を名乗れないぞ」
「そうですよ姫様、節度は守ってもらわないと」
「わかってます!」
巨漢騎士ーーーープチョヘンザ・ガオーレの忠告に対する王女の反応は、少女らしい、ちゃんと聞いているのかいないのか判別のつかないものであった。
「ーーーで。和成さま、いったい何の本を読んでいるのですか?」
興味津々といった様子で乗り出すハピネスの目に、本の背に書かれたタイトルが映った。
『意思疎通』のスキルによって日本語に訳されたそのタイトルは、「ステータス学」。
「一言で言えば、ステータスという存在が与える影響について書かれた本だな」
「なるほど・・・・・・それで、なぜその本をお読みになっているのです?」
「先日起きた現象について少し気になることがあってな。それについて調べている」
「へえ。それで、その現象とは!」
ずずいずいずい。
「顔が近い。落ち着いてまずは座りなさい」
椅子を渡し、首筋付近に噴霧された香水らしき甘い香りが感じ取れるほどに身を乗り出したハピネスを一旦落ち着かせてから、和成の説明が始まった。
「俺のステータスは周知の通りショボい。悲しいほどに雑魚いとしか言いようがない。戦闘において基本的に無力だ」
「・・・・それはそうですね」
そうとしか言えない。それ以外のことは言えない。
「しかしそれでも、スキル自体はいくつか持っているから出来ることはある。体感時間を加速させ考える能力を上げる『思考』、視力や動体視力からそれ以外の観察眼まで幅広く視界に干渉する『観察』、まだ全容がつかめていないから何とも言えない『模倣子言語』。
そして、何人にも思考を妨げられない『哲学者』固有スキル、天職ボーナスの『至高の思考』。
これが俺の手札であり、この手札がどれだけ有効に働くか、どれだけの効果を持っているかを把握することが、生き残る上での明暗を分けると言ってもいい」
「それはそうですね。その通りでしょう」
「そこで気になるのが昨日の現象だ。俺たちがハピネスに出会えたのはネコの導きがあったからだが、その際に俺の頭には声が響いていた。そしてそれによって、俺は話を中断せざるを得なくなった。ーーーこれは思考の妨害じゃないか?」
「え、あ、『至高の思考』・・・・!そう言われてみれば、確かにそうかもしれません」
「それなのに何故か『至高の思考』が発動した様子はない。俺が今考えている可能性は、現象がスキルの定義をすり抜けたーーーだな」
「・・・・どういうことです?」
「実を言うと、このスキルがどういう効果を持つかはオd・・・・『アークウィザード』の協力のもと検証している。精神干渉系の魔法は俺には効かなかった」
「それはホ」
「それは本当ですか!」
ハピネスのリアクションを遮るように、護衛騎士プチョヘンザの瞠目の声が響いた。
不満気な顔でハピネスが睨み返す。
「あ、申し訳ありません・・・・」
「もう!」
ただ、プチョヘンザがとった行動に然程違和感はない。
『最上級魔導師』の魔法を防げる者は、それが何であれ限られるからだ。
「アークウィザードの強力な魔法を無効化できたのに、謎のネコの謎現象は無効化できなかった。それは何故なのかーーーー」
「その答えを見つけるためのヒントが、その本に書かれてあるのですか?」
「それは読み終わらなければ分からないーーーーよし、じゃあ今回の授業は、この世界と俺の世界の法則の違いについてにしようか」
こうして、王女ハピネスと『哲学者』和成の最初の授業が始まった。
☆☆☆☆☆
「意思という概念の介入。俺たちの世界の物理法則と、この世界のステータスという法則における最大の違いは矢張りこれだろう」
「意思の介入、ですか・・・・?」
「例えばそうだな・・・・あっち」
そう言って和成は、壁の向こうを指差した。
「?」
「確か向こうには中庭があった筈だ。そこで焚き火が燃えているとしよう」
「はい」
ハピネスは相槌を打つ姿も可愛らしい。
まるでお人形さんだ。
「その焚き火は俺たちの意思とは無関係に燃えている。俺たちがその炎を認識していようがいまいが、炎は燃え続ける」
「・・・・それが当たり前だと思います」
「そうだ。そしてそれこそが俺の世界における物理法則の根幹だ。【人間の意思が物理的な作用をもたらすことはない。】極論すれば、人間がいようがいまいが水は高い所から低い所へ流れ、風は吹き、大地は鳴動する。人の意思が外在世界に影響を与えることはないーーーーというのが、俺の世界の法則だ。
しかしこの世界は違う。
ステータスという法則の存在によって、意思の力が物理的な作用をもたらす。魔法を発動しようと念じることで魔法は発動し、技を使用しようと考えることで技が使用できる。攻撃の意思を持って殴られれば俺の肉体は爆散するが、じゃれあいの意思のもと小突かれたところでHPには何の影響も及ぼさない。この世界において現象とは、絶対的なものではなく相対的なものだ」
「・・・・それも、当たり前のことですね」
「俺にとっては、俺たちにとっては当たり前じゃないんだよ。そしてステータス画面によって生まれる違いはそれだけじゃないぞ。ところでガオーレさん、今回の授業のお給金はいつ払われるんですかね」
「急にお金の話ですか!?」
驚くハピネスを見て、和成はいい生徒だなぁと心の中で満足した。
なんと言ってもリアクションがいい。話をちゃんと聞いてくれている。
「いやまぁ、今すぐ払うことも可能ではありますが・・・・」
「ではお願いします」
そんな和成の突然のことに戸惑いながらも、プチョヘンザ・ガオーレは大人しく払うことにした。
彼がそういう人間であることは何となく分かっているからだ。
「では平賀屋殿、ステータス画面をオープンしてください」
「『ステータス』」
和成がステータス画面を開くとプチョヘンザもまたステータス画面を開き、ポチポチと何やら画面を操作する。するとチャリンチャリーンと硬貨が貯金箱に入る時の音が鳴り、ステータス画面にある『所持金』の項目の数値が上昇した。
「これもまた、俺たちの世界では当たり前のことではない」
「何がですか?」
「ステータス画面が存在しないから、こういった通貨を介さない金銭のやり取りは一部を除けば基本的にないんだよ」
少なくとも、学生である和成にとっては小切手も電子マネーも馴染みがない。ニコニコ現金払いが通常だ。
「だからこそ、俺たちの世界では起こりえない仕組みがうまれている。貨幣単位がそうだな。ステータス画面に表示される貨幣単位が全て同じだから、世界中の貨幣単位が同じになる。例えそれが外国の獣人族領や竜人族領、更には戦争中の魔人族領であっても、この世界の通貨の単位はGで一律だ。流石に物価までは違うが。あとは言語もそうだな。調べてみた限りでは、ステータス画面に表示される文字が一つの言語によってのみ表されるから、世界の公用語がそれだけに決まっていて、この世界には言語が一つしかない。獣人族や竜人族の体の仕組みの違いからくる発音の違いや、ステータス画面に記されていない固有名詞、細かいイントネーションや表現なんかは違うから方言程度の違いはあるみたいだが。
そして識字率。と言うかそもそもステータス画面の文字が読めないと話にならないから、一定前後の年齢に達すれば生まれたばかりの赤ん坊が自然に息をしてオギャアと鳴くように、誰でも文字を読めるようになる。識字率という言葉を使うこと自体が不適切で、誤訳みたいなもんだ。流石に四則演算以上の計算はちゃんとした教育を受けていないと難しいみたいだけどな」
「・・・・それも当たり前のことですよね」
「俺たちにとっては違う。俺たちからしてみれば、遠く離れた全く違う歴史を歩んできた土地で、金銭の価値や単位、言語が同一である原因なんて、極めて低い確率で起こる偶然ぐらいしか思いつかない。一切の教育も受けずに高レベルな文字の読み書きができることもない。なんせステータス画面が存在しないからな。という訳で今日の授業は、もしもステータスという法則がなければ、この世界はどうなっているかーーーだ」
「・・・・分かりません」
「ハピネス。俺が教育係になったのは、なれたのは何故か復唱しろ」
「・・・・和成さまの他の世界の情報を知ることで視野を広げ、多様なものの見方ができるようになるため、です」
「なら簡単に諦めちゃダメだろう。まぁ発想なんてものは、思いつかない時は何故思いつかなかったのか分からないぐらい思いつかなくて当たり前なんだ。引くほど簡単なことも教えてもらうまで分からないなんて、かなりよくあることなんだ。気安くゲーム感覚で答えればいい」
「・・・・分かりました」
そして10分が経過した。
ハピネスは未だ一つも答えを提示できない。
思考の袋小路にはまっていた。
「ーーーーなら、そろそろヒントと正解した場合のご褒美を提供しようか。俺が話終わるまで、そのまま考え続けていてくれ」
そう言うと和成は何枚かの紙を引き出しから取り出して、ハピネスから机の方へ体を向ける。
「例えば、ハピネスも知っている久留米さんのような『料理人』や、ハピネスがおそらく今後会うことはない女嫌いな『職人』の城造。アイツらのような生産系の『職業』を持つ者には物作りにおいて補正がかかり、俺からしてみれば何故その設備でそんなものが作れるんだというものでも作れてしまう。というか、『職人』のスキル『作業部屋』みたいな亜空間の創造とかは、それもはや職人でもなんでもないだろうって感じだ。
まぁ、ステータス上の『職業』はお仕事の職業ではなく、称号や通称と見るべきなんだろうな。『女蛮族』はそもそも職業じゃねぇし、『処刑人』のルビが裁判官なのもちょっと違う気がするし、『侍』が機動力の高い軽装高速アタッカーだし、『勇者』とか『聖女』も別に職業ではないしな」
「・・・・はあ」
つまり何が言いたいのか。
和成の物言いは時折ひどく分かりづらい。回りくどく、もったいぶったものであることがある。
「言ってしまえばつまり、物作りの分野においてステータスを前提とした発展を遂げたために、こういうステータス外にあるシンプルなものがあまり発達しなかった」
そう言って和成から手渡された物を見て、ハピネスは仰天した。
それは今までの人生で見たことのないものである。
そして同時に、初めて魔法を見た幼児期と同様の興奮が想起される。
「すごい!こんなの初めて見ました!」
それは、一切の切れ込みを入れない一枚の紙に、折るという行為だけを与え自立する像を作り上げる芸術。
「ーーー俺にとっては魔法がとんでもないものであるように、この折り鶴は、この世界ではあまり発展していない文化だろう」
「そうですねーーーこれは世界にこれ一つしかないと思います」
ハピネスはほぅと息を吐きながら、和成から渡された折り鶴をガラスの作品を扱うかのように丁重につまみ、全方向からその作りを眺め出した。
その目は少女らしくキラキラ輝いている。
「たぶんそうだろうな。調べたから知っている。尤もステータスの存在によって製紙技術は日本とそんなに変わらないから、個人レベルで誰もやっていない・・・・かまでは流石に分からないがーーーそれでも王城図書館で一通り調べてみても、コレを文化として持つ国は見つからなかった。大きな視点で見れば・・・・やっぱりこの世界には折り紙は存在しない概念なんだろうな」
「当たり前です。わざわざ紙でこんな壊れやすい作品を作るなんて・・・・戦火に巻き込まれたりモンスターに遭遇すれば、間違いなく失われてしまうではありませんか」
「それどころか赤ちゃんの側に置いとくだけでも潰されるわな。そして、それこそがステータスの範囲外にある理由なんだろうな」
「どういうことですか?」
「ステータスに書かれている定義の外、みたいな感じ話だ。例えば俺は『至高の思考』を精神への干渉を無効化するスキルだと思ってたけど、厳密には精神への妨害や状態異常を無効化するスキルだったのならあの謎のネコの精神干渉が通じた理由が分かる。もしもあの現象がネコの『伝達』とかのスキルだったと考えれば、当然あれは状態異常ではない。結果的に妨害されたが単にそれだけだ。『至高の思考』の適応外であったとしても別におかしなことはない。
他にも、例えば優れた音楽を聴いて人生観が一変したり、誰かと言葉を交わすことで価値観が変化したり、『料理人』の料理を食して今まで嫌いだったものが好きになったり、そういったことにはきっと『至高の思考』のスキルは効かない。仮定に仮定を重ねて漸く導き出される結論ではあるが、筋は通っていると思う」
「なるほど・・・・しかし和成さま。たしかにその通りかもしれませんが、それが分かったところでいったい何になるのです?」
「例えば『毒耐性』を持つ奴に対しても、やりようによっては毒状態と同じ状態に出来るかもしれない。ステータス的にカスな俺でも、格上相手への逆転の可能性がでてくる」
ーーー戦う能力を持たない自分でも、戦えるかもしれない。
「・・・・和成さま。ジャイアントキリングは、滅多に起こらないからジャイアントキリングと言われるのですよ」
そう言うハピネスの目は、先ほどの折り紙に向けたキラキラした者とは違う冷めた現実的なものである。
「あ、そういうこと言うんだ。ならこの二枚の紙を使ったペガサスの折り紙は上げないぞ」
「あぁ、そっちの方はもっとすごい!欲しいです!ください!!」
「・・・・平賀屋様、何故そのような技術をお持ちなのか尋ねても?」
「親戚の年下の子の面倒をみる時、これを使えば言うことを聞かないヤンチャな子でも大人しくしてくれるんですよ。最初はもっと初歩的なのを使ってたんですが、何度も使うとだんだん要求値がインフレしましてね。今なら設計図がなくも、ティラノサウルスーーーは流石に伝わらないか(小声)。いや、ドラゴンとかまで作れるようになりました」
その効果は、和成が掲げたペガサスの折り紙に、はしたなく密着しながら手を伸ばすハピネスの姿を見れば一目瞭然。
「姫様・・・・」
護衛騎士プチョヘンザも呆れるが、自分自身あの世界に一つだけしかない作品が貰えるのなら欲しいので、あまり強く出られない。そうでなくとも先日の反省があるのだ。
「だから欲しいなら何か考えろー。もしもステータスがなければ、この世界にどんな変化をもたらすのか。俺とは違う着眼点から俺には想像もつかない発想ができたらあげるからさ」
「約束ですよ!」
ハピネスは眉に力を込めて自分が今までの人生で集めた全ての知識と経験を集結させ、必死に答えを絞り出そうと脳をフル回転させる。
その顔が真っ赤になっていた。
(ーー予想以上に効果覿面だ。これは、結構な手札を手に入れられたかもしれないな・・・・・・)
折り紙がこの世界で持つ効果を確かめられた和成は、心の中でほくそ笑む。
学校で築いた信頼と、この世界で新たに作り上げた人間関係。これらの和成が持つ手札に、この瞬間更なる一枚が追加されたからだ。
(ひょっとすると、俺が気付いてないだけで手札となり得る何かを、俺はまだ持っているのかもしれないなーー)




