第42話 (間話)『職人』と『哲学者』
王城の一角。異界より召喚された勇者たちが滞在する専用の部屋。
その一室を和成は訪れていた。
「入るぞー」
と言ってノックもせずに入室するが、問題はない。
何故ならその部屋には、元々備え付けられていたベッドなどの家具以外は何もないからだ。生活感というものをまるで感じない。あるのはただ、カーペットをめくった床に設置されたマンホールのような入り口である。
真ん中の青い円盤部分に手を触れると、ブゥンというパソコンの起動音のような音と共にガチャリと鍵の開く音が響いた。自動的に扉が開く。
中に入ることを許可された証だ。
穴の中へと飛び込むとその中はダクトのようで、ワームホールの中を進むように滑っていくと、出口に出た時には何故か落下方向ではなく、地面に平行に飛び出した。しかし出口の穴の先にはクッションが用意されているので侵入の際に怪我をすることはない。
「来たぞ」
「フン、分かっている。そう何度も来るようなものじゃないと思うんだがな」
「別にいいじゃねえか。そっちこそそんなにずっと潜ってるとモグラみたくなると思うがね」
声をかける『哲学者』和成の方を見ようともせず、『職人』城造は相変わらずな不機嫌そうな態度で応えた。
ただ、態度ほど不機嫌でないことは和成も分かっている。そうでなければこの空間には入れない。
『職人』の固有スキル『作業部屋』。亜空間に自分だけの部屋を作り出し、任意の地点に自由な形状の出入り口を設けることのできるスキル。使用者が認めた者しか侵入できないため、閉じこもれば鉄壁の守りを見せるある種の無敵空間。ただし、一定時間以上「何も作らない」状況が続くと強制的に追い出される。
「あとついでに、お前が引きこもっている間に起きたことについて一応報告に来た」
昨日の王女との騒動は王城に帰還した後も続いたが、最終的にはなんやかんやで決着がついた。教育係たちの連絡伝達の不備や、ハピネスの扱いに配慮が足らなかったことを認め、ハピネスもまた周囲に多大な迷惑をかけていたことを反省する形で幕を引いた。
ただその際、ついでに和成がハピネス王女の新たな教育係として、この世界には存在しない異界の知識を伝えるという職務を与えられた。かなり条件のいいお給料付きである。
「フン、随分と都合のいいことだ。お前の知識にそこまでの価値があるのか?」
「さあな。だが、大量の読書によって収集した俺の知識には、この世界では得られないものも多い。価値なんてものは相対的なもの。そんなのは人によりけりで、価値があると思えばあるんだよーーーというのが哲学者っぽい返答。実際のところは実用性のない雑学の類も多いし、好感度稼ぎとしての側面も強いんだろうなぁ・・・・・と邪推できる。俺にそれだけの価値があると認めることで信頼関係を築こうというのと、慈さんら高ステータスな人たちの好感度も同時にあげる作戦。実際、姫宮さんは王様のことを見直したーーーとか言ってたな」
「後者の比率が高そうに思うが」
「否定できないのが悲しいところだ。尤も、そういう比率で動くことを否定しないけどね。状況を鑑みれば、為政者が俺よりも他のクラスメイトを優先するのは当然のことだ。後回しにされてる方からしてみれば堪ったもんじゃないが、かといって優先されたところで期待に応えるなんてことは出来ない。メルさんのこと、今回の高給な仕事をくれたこと。それは普通にありがたい。最低限以上のことはやってもらってる訳だ」
「フン。お前がそれでいいのなら俺にはどうでもいいことだ」
そう言うと城造は、再び現在行っている製作作業を再開した。
カンカンと金槌を鉄板に打ち付けるだけで、何故か筒状に仕上がっていく。
実際のところは何か高度なことをしているのだろうが、あいにく和成にはその職人技を見極められなかった。
「何作ってんだ?」
「作れと言われた魔導砲の砲身だ」
そしてそれを覗き込む和成。
人が手際よく物を作る光景というものは、何時の間にか気が付くと時間が過ぎ去っているものだ。
ただ、今回の製作の状況には、心躍り引き込まれるものがない。
「随分と雑に作るんだな」
城造自身が嫌々作っているのが察せられるからだ。
「・・・・・・フン。お前は本当に、腹が立つぐらいに察しがいい」
和成の言葉にぼそりと呟くその顔は、澱んだ眼の仏頂面。
「ーーーーお前、さてはフィルターのかかりが弱いんじゃないか?」
「ふぃるたー?なんだそれは」
「この世界での認識の違和感を軽減するため働いていると思わしき、何らかの認知偏向の仮称だよ」
「・・・・・お前、そうやって難しい横文字を使えば自分が賢いとでも思ってるのか」
「はっはっはー、そっちこそどうなんだ。お前がそうやって憎まれ口をたたくってことは、俺の物言いにひっかかるものがあるからじゃないのか?ーーーー具体的には、モンスターを殺すことや、戦争に使う兵器を作らされることへの忌避感とかーーーーかな」
「・・・・・・・・・・」
城造の仏頂面が、一層に深まった。
「そのことについて話しておきたいことがある。ここなら盗聴の心配はない。更にはもしかすると、女神様にすら聞かれずに済むかもしれない」
和成はあがく。たとえその行動が無意味かもしれないという疑念を払しょくできなくとも、将来のために。




