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第33話 王都の日常

 

「平和・・・だなー」

「ホントー」

 異世界召喚8日目。時刻は、天高く太陽ーー見た目はひと先ず、地球から見えるものと違わないーーが位置する昼過ぎ。

 和成と久留米は、王城を離れて王都の平民街を訪れていた。お忍びの王都視察なので、一般的でなく目立つ学生服とセーラー服は着ておらず、メルが調達した一般的な王都民の着る服を着用している。

 市民の普段着を着ても不快に感じない。この国の文明レベルは普通に高い。


「ーーーここだけ見ると戦争が近いなんて思えない。活気があっていーい感じだ」


 子供のはしゃぐ声。注意する親の声。店主の客引きの声。吟遊詩人の歌声。

 市場に満ちる、平和な音。和成好みのいいメロディーだ。


「当然です。魔人族との戦争は幾度となく起きてきましたが、この王都に攻め込まれた事は只の一度もありません」

 そんな数々の音の中でもハッキリと聞こえる冷静な声が、和成の言葉に返ってくる。メイドのメルだ。

 和成の悲しいほどに貧弱なステータスを考慮すれば、彼女がお目付役兼護衛としてついてくるのは当然のこと。同時に彼女もまた、何時ものメイド服ではなくありふれた婦人服に身を包んでいる。


「ふーん、どうしてなの?」

 そしてこの場には、その護衛が更に二人。弱くて弱くて弱い和成の安全を保証するには、最低でもそれぐらいの人数がいる。なんせ赤ん坊と同じかそれ以下のステータス値で、年齢が1桁の子供相手でも向こう側のレベルが15Lv前後あれば負ける。チンピラに絡まれただけで終わりだ。


 だから、姫宮と慈の二人が護衛として和成と久留米の市井見学についてきたのだ。

 当然、彼女たちも同様に目立たない普通な服を着ている。


「この王都自体がメチャクチャ強力な結界で守られている上に、人族領全体に女神様が張った巨大な結界が存在するからな。その中では魔人族や獣人族とかの人族以外の種族は、ステータス値が半分になっちゃうんだよ。王都は人族領の中心部に位置するから、そう簡単に魔人族は入ってこれない。ここまで来る前にやられちゃう」

「ああ、そう言えばあったねそんな設定!」

「設定?」

 姫宮の言葉に、顔が冷静なままにメルの頭に疑問符が浮かんだ。『意思疎通』のスキルでどのタイプの意志がどこまで伝わるのか、和成たちは未だ把握できていない。あくまで翻訳なので、多少の齟齬が出る場合がある。

「い、いえ、こちらの話です・・・」

 そんなややこしいことを大きな声で言ってしまった姫宮を、慈がフォローした。


「そう言えば、魔人族領にもそんな結界が存在すると言ってましたよね」

「はい。魔人族領の結界は逆に、魔人族のステータスを倍にする効果があります。ですので、こちら側も邪神や魔王がいる魔人族領の内側へ入って行くことは出来てません。踏み込むには、相当なステータスが必要になります」

「逆に言えば魔人族が人族領に侵入するということは、邪神の結界によるステータスアップと、女神の結界によるステータスダウンの両方を食らうことになるーーと、いうことですね」

「そうです」

「つまり実質、魔人族は人族領にいる時は四分の一のステータス値で戦わなきゃいけないってことか」

「なら、そうそうこの王都が戦火に包まれることはないんだー」


「はい。もしそうなることがあれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 賑わう市場でのその言葉は、言葉にできない重みを伴っていた。



「ーーなんか、そう言われるとこの景色を守らなくちゃって気になるよね」

「・・・そうだな」

 なんともなしに呟いた姫宮の自然な言葉に、素っ気なく和成は答える。

 その胸の内は複雑だった。

(ただそれは、()()()()()()()()()()()()()()()()()。いくら調べてみても魔人族に関する情報は、戦時中の情報操作か今迄の戦争による影響か、どれもこれも悪し様に罵るものばかり。それが事実なのか脚色なのか思い込みなのか、まるで判別できない。

 更に不気味なことに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「ーーー戦争。・・・まったく、何のために戦うんだか・・・」


「ーーー」

 晴天の下、虚無的な表情を浮かべる和成を、慈が心配そうに見つめていた。


 ☆☆☆☆☆


 そこからは、影を落とした和成の心象とは裏腹に平和な時間が過ぎた。

 というか、さっきまで憂鬱そうな顔をしていた和成自身が一番はしゃいでいる。


「成る程・・・この世界にも()()を崇拝する考え方があるのか・・・。いや当たり前と言えば当たり前か。これは女神様の宗教の教義とも一致する。うーんやっぱり、来たばっかの時は女神様の宗教はアブラハムの宗教みたいな一神教かと思ってたんだけど、調べてみると案外そうでもないんだよな・・・。男性原理の側面が強いから、当たり前と言えば当たり前だけど。しっかし、一神教は一神教なんだけど寧ろ、感覚としてはどちらかと言えば日本の宗教観の方に近いのか・・・?いやしかし、根本的に違う部分も多々あるしな・・・。この世界、文化も文明も地球とは前提条件が違うから辿ってきた歴史がまるで違う。にもかかわらず、局地的に見れば似たような歴史や信仰が確かに存在するのも事実・・・。人間、住む世界が変わっても、似たような状況に置かれれば結局考えることや感じることは一緒ってことか?興味深いな・・・」


「楽しんでるなー」

「完全に趣味に走ってるよね、あれ」

「好きだからねー和成君。文化とか信仰とか県民性とか、【環境などの外的要因が与える人の営みへの影響】について調べるの」

 クラスメイトの意外な一面に、女子陣三人が呆れ半分優しさ半分な生暖かい視線を向けていた。


 現在一行は市場を離れ、雑貨屋などが並ぶ商店街を訪れている。

 この王都においては主にそのままの食品を売るのが市場で、加工食品や生活用品、武器などを売るのが商店街だ。他にも市場の店は簡素な作りの屋台であるとか、商店街は土地に固定された店舗が立ち並んでいるなどの細かい違いがある。

 三人とメルはその商店街の一角、屋外に設置された飲み物を専門に売るカフェのような店の、外に設置されたテーブル席で談笑しながら異世界の様々な売り物に興味津々な和成を眺めていた。

 そのうちに和成が帰ってくる。

「中々興味深かった。魔法があるからか、技術の方向(ベクトル)が地球とはまるで違う」

「何か面白そうなの見つけたみたいだけど、何も買わなかったの?」

 異世界に召喚されたクラスメイトたちは、王国からお小遣いをもらっている。そこにどんな打算や思惑があったのかまでは分からないが、和成も一応もらうことが出来た。

「ああ、その存在をこの目で見れれば十分な代物だから買わなかった。結構ありふれててわざわざ買わなくてもいいものだし、金は節約しておくべきだろう」

 ただし当然というか、事実上ただ飯食らいである和成がもらえた金銭の量は、どうしても他のクラスメイトに比べれば少額だ。もらえるだけありがたいと、和成は特に気にしていないが。


「それにしても、あらためて見てみると女の人が男の人の三倍いるってことを実感させられるよね。男子一人に対して女子が四人いる私たちが全然目立ってない。むしろ溶け込んでる」

 と、姫宮が呟いた。その言葉通り、商店街にて買い物を楽しむカップルや家族連れはその殆どが、男性一人の傍に複数の女性がついている。和成が観察し数えたところ、平均は3人、多い者で5人、最高人数は7人だ。


 そして同時に、それこそがこの場に男子が和成一人だけである理由だ。現在和成と親しい親切・城造・裁のうち、親切は彼女である化野の個人的な研究(主に無から有を生み出す『スキル』や『技』に関する研究)を手伝っており、城造は女と人混みが嫌いなのでモグラのように『職人』のスキルで生み出した亜空間『作業部屋』から出てこない。

 しかし唯一、本日の裁には特に優先させるべき用事はなかった。現在は和成が入り浸っている王城図書館でこの国の法律に関して調べているが、それはあくまで彼の趣味であり今日中にしなければならない火急の件であるという訳ではない。


 なら何故ついてきてもらわなかったのか。


 目立つからだ。


 王都の商店街に於いて、男性2人に対して女性4人の集団は珍しい。全くいないわけではないが、間違いなく少数派な組み合わせだ。

 そして、和成はとにかく弱い。ステータスという現象の所為で、石を投げつけられ、それが致命傷にならない肩や膝に当たっただけでも、『瀕死』状態に追いやられてしまうほどに。

 だからこそ、何のトラブルにも巻き込まれるわけにはいかない。王都の風景に溶け込むかのように自然にふるまい、個性を認識されることなく埋没し何を起きないままに無事王城へ帰らなければならない。それが小さな常識の違いとして認識されることも、ほんの僅かな違和感として記憶に残ることすらも、可能な限り避けるべきなのだ。


 お忍びで来ているのだから、目立つわけにはいかない。

 この世界においてそれほどまでに和成は弱い。

 それが、ステータスという概念の存在するこの世界の法則。


「子供連れあたりは数が多すぎて、もはやどこまでが一つの家族なのか分っかんねぇな。数え切るのも難しい。ハチャメチャな感じだ」

「けど、一対一のカップルもいるし、一人で店にいる人もいるよー?」

「いえ、一対一でデートを行っているカップルはおそらく、まだ一人としか婚姻関係を結んでいない夫婦か、当番制でデートを行い一対一でデートを楽しむ形の家族なのでしょう」

 久留米の疑問に答えたのは、この国で育ったメルだ。当たり前だが、本を読み知識という形でしかこの国の文化を把握できていない和成よりも、メルの方が実情には詳しい。


「つまり、今日は子供を他の妻にまかせて妻Aとデートして、次の日は妻B、そのまた次の日は妻Cとデートする・・・みたいな感じですか」

「そうですね・・・そんな感じです」

「いいご身分だねー、旦那さん」

「そこまで気楽なものでもないらしぞ。この国に於けるデートは男が接待役(ホスト)になって妻、彼女を楽しませるものだから、遊んでる訳ではないし」

「そうらしいですね。もっとも、家族の在り方や力関係は各家庭ごとに差が大きいので、一概には言えませんが」

 和成の説明をメルが補足してくれる。その言葉に慈が反応した。

「そうですよね・・・。男性一人に対して女性が一人二人三人四人五人六人七人それ以上・・・これを全て同一にまとめるのは無理があるでしょうし、夫婦の距離感・人間関係も様々なんでしょうね。妻Aとの仲はいいが、妻Bとはイマイチ、妻Cとは今すぐ別れたい・・・なんてややこしい関係も普通にあり得ると思いますし」

「そっか。一夫一妻制じゃないから、家族の形の複雑さや多様性が日本とは根本的に違うんだ」

 その言葉に、納得がいったとばかりに膝をぴしゃりと打ちそうな勢いで姫宮が反応した。


「そうそう。夫婦家族の多様性が日本とは桁違いだ。男女ともに、養える経済力があれば半ば強制的に結婚させられるわけだしな」

 そこへ更に、この世界の在り方を調べた和成が補足を付け足していく。


「貴族制や見せしめとしての残虐刑、一族郎党一纏めに皆殺しな連座制度や死に対する穢れ等々、この世界には現代では考えられないような、それでも未だどこか残っている所謂前時代的な制度・文化が残っている。細かい点を挙げれば、貴族という言葉ほど俺たちの世界の貴族と同一なわけじゃないが・・・まぁその話は今することじゃないから置いておく。ただ、地球とは全く違う過程を歩み出来上がった制度・文化は、ものによっては俺たちの世界以上に進んでいるのではないかーーーーと言えそうなのがいくつかある。


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ーーー長くなりそうだ。


 女子陣4人の心の声が一致する。

 元々学校でそこまで交流があったわけではない久留米や姫宮からすれば、精々1週間程度の付き合いでしかない。当然メルも、そこまで深く和成と関わっているわけではない。だが、何度か長時間語り合う時間が出来た際に、和成の話が長い時は前振りのようにこの回りくどい喋り方が飛び出てくることを、経験から知っていた。


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