第32話 お風呂回 異世界召喚一週間目②
王城には、異界より召喚されし戦士たちの為の入浴場が存在する。男女別に分けられ、和成が説明した理由から女性浴場が男性浴場の3倍ほどある。(二年一組の男女比はほぼ一対一だが)
脱衣所に、体を洗う場所と、湯船に浸かりくつろぐ所。
服を入れるのが籠ではなく木箱だったり。
シャンプー類が固形で石鹸と見分けがつかなかったり。
入浴前に浴びるお湯を汲む容器が、桶ではなく取っ手の付いた樽だったり。
細かい違いは多々あるが、概ね現代日本の銭湯と似たような作りだ。
「うーん、不思議だなぁ。なんでなんだろ」
「ここがゲームの世界だからでしょ。日本のゲームの世界の中だから、お風呂も日本っぽくなっただけなんじゃないの」
湯船に浸かり体を伸ばしながらふと呟いた姫宮に、その隣で同じくリラックスした『踊り子』伊豆鳥 舞が答える。
ギャルっぽい彼女ではあるが、実は髪を染めている以外のギャルメイクはしていない。
その肌がゆで卵のようにとぅるんとぅるんなので、そもそもメイクを必要としていない。
なら何故にギャルっぽいと扱われるのか。学校にギャルがいないため、クラスの誰にもギャルの区別ができないからだ。
「城の感じも、中世ヨーロッパ?でいいのか分かんねぇけど、イタリアのルーブル美術館っぽい感じで同じだしな」
大理石(のような石)で作られた風呂には段があり、背が高い『女蛮族』森山がつかるのは一番下がちょうどいい。首から上だけを湯の外に出して全身を伸ばしている。
腹筋、太眉、肩甲骨。素晴らしい。
「ルーブル美術館があるのはイギリスだよ、翔ちゃん」
対照的に、小柄な『魔獣使い(モンスターテイマー)』熊谷は段の上の方で腰かけている。それでも、胸から上しか出ていないが。
そしてその胸は薄い。尻も薄い。くびれも薄い。
小学生の頃から変わらない見た目。
「熊谷、フランスだ」
そしてそれに、『騎乗者』乗山がツッコミを入れる。
基本的に部活動にかかりきりで時間をとられている仲良し五人組は、乗山以外が生来的に天然気味なこともあって時々すッとぼけた発言をする。
そしてそれに律儀に訂正を加えて軌道を修正するのが乗山の役割だ。
ある意味、苦労人である。
「写真でしか見たことないけど、凄い大きくて優美だよね。そして多分、この王城はそれよりも大きいと思う」
その役割と苦労を察して、慈もフォローに入る。
そのお湯に浮かぶ胸の隣では、久留米が鼻歌を歌いながらくつろいでいた。
その胸も浮いていた。
「一体どれ程の金銭と労力が注ぎ込まれているのか・・・想像もできないな」
そしてその逆隣で、頭に手拭いを畳んで乗せた剣藤が、腕を組んで天井に刻まれたアートを見つめている。湯気でかなり見辛いのに、あれ程までに精巧な意匠が本当に必要なのかと、剣藤は疑問でならなかった。
そしてその組んだ腕に、重たそうな巨乳が乗っかっている。
時計の十二時の位置に熊谷。
その対極の六時の位置に森山。
一・三・五時の位置に、それぞれ伊豆鳥、姫宮、乗山が。
七・九・十一時の位置に、それぞれ久留米、慈、剣藤が。
つまり合計女子8人が、環状に並び湯に浸かっていた。
和成の締めの言葉をキッカケに向かった浴場で、偶然にも鉢合わせたのだ。そのままコミュニケーションに積極的な姫宮たちに誘われて、断る理由のない久留米・慈・剣藤らもひとかたまりになって談笑している。
相当に広い湯船に10人弱の女子たちが集まっているのは少々閑散としているが、彼女らはそんなこと一向に気にしていなかった。
「ーーーにしても、おっぱい大きいのと小さいのに別れちゃったね」
そこそこの爆弾発言をギャルっぽい伊豆鳥がかましたが、しかしその割に女子たちのリアクションは実に薄かった。
「あまりやたらにおっぱいなどと言うな」
「アンタはまた、そんなことを・・・」
精々が、剣藤と乗山が律儀に注意したぐらいだ。
何故ならクラスに於いて伊豆鳥がそういう奴であることは周知の事実であり、共通の認識だ。ずけずけと下ネタ関連の話題を平気でふる。
男子にまで周知されているのはどうかと思うが、そういう性格なのだからしょうがない。
ほぼほぼ全員、諦めている。
そして同時に、それはその場の全員が揃って思っていたことでもあった。
わざわざ口にせずとも、全員の心の中に存在していた事柄だった。
「そっちのは大きい!こっちのは小さい!」
そっちというのは、伊豆鳥から見て向かい合った久留米・慈・剣藤の3人のこと。
こっちというのは、それ以外の自分も含めた5人のこと。
「ミッチーはスラーっとしてるのに、意外とおっぱいは大きよね。姿勢がいいからかな?それか着痩せするタイプ?ボン、キュ、スラーって感じ!」
「ミッチー・・・・・私のことか!?説明するんじゃない!恥ずかしいだろうが!!」
ズケズケとした物言いの金髪に、黒髪ポニーテールの剣藤が反応する。更にザバリと湯から立ち上がったことで、大きいと判断されたその胸がぶるんと揺れた。
「そんな印象は無かったけど、マナちゃんも大きいよね。着痩せするタイプ。それにミッチーもだけど、ミッチー以上の巨乳!なのにスタイルもいい!お腹はキュッと引っ込んでて、でもお尻は大きい!」
「ア、アハハハ・・・」
しかし伊豆鳥には馬耳東風。まるで効果がない。お小言を右から左に聞き流して、慈の方を指差した。
当の慈は、恥ずかしそうにお湯に浮かぶ胸を隠しながら、苦笑いを浮かべてやり過ごす。
言っても無駄なら、嵐が去るのを待つしかない。
「一番触り心地が良さそうなのはリョーリちゃんだね。全身たぷたぷぽっちゃぽちゃ。胸だけじゃなくて、お腹もお尻も二の腕も柔らかそう。揉んでみたい」
「お肉がついててデブってるだけだよー。それでもいいなら別に揉んでもいいけどー」
伊豆鳥の悪ふざけ発言に、寛容な答えを返した久留米の透明なお湯の奥に見える体は、たしかにその場の誰よりも肉付きが良い。
「え、じゃあ遠慮なく」
「遠慮しろバカ」
べっちぃ。
「あでっ」
悪ノリして十指をワラワラとやらしく動かしながら伸ばしたバカの額に、隣でくつろぐ森山の容赦ないデコピンがくらわされた。
「久留米、このアホの言うことなんて了承しなくいいんだよ。その場のノリで言ってるだけなんだから」
「んー、別に男子がやるんじゃないんだし、私はそれぐらいのスキンシップ、コミュニケーションの内だと思うんだけどなー」
「・・・・・そうか」
「じゃあ遠慮なく」
べっちぃ。
「あでっ」
再びデコピンが炸裂した。
「懲りろよ、お前」
それに対して乗山が呆れと溜め息が混じったツッコミを入れる。
なお、子供の頃からそう言い続けているが、伊豆鳥が懲りたことはない。
「いやー、だってすんごい柔らかくて気持ち良さそうなんだよ。あ、ひょっとして嫉妬?まぁ、ちっさい方の中じゃ私は一番大きいけど、姫ちゃん以外はちっさいもんね」
「ーーーーー」
「そこで黙らないでよ、ノリちゃん。そりゃあノリちゃんの胸なんか火曜サスペンスばりの絶壁だから、しょうがないのかもしれないけどゴボゴボゴボゴボ」
「沈めコラ」
傷口に塩を塗り込んでいくスタイルの伊豆鳥に乗山がキレた。
頭を押さえつけられた伊豆鳥の金髪が湯に沈む。
その際お湯の外に出た聖川の脇腹とアンダーバストは、テニス部の副キャプテンであるその運動量から引き締まった体をしており、又脂肪のつきも薄いため肋骨がはっきりと視認できた。胸部の頂点以外、ほとんど脂肪がついていない。
ちなみに同じテニス部で共に汗を流す姫宮も引き締まった体をしているが、そのバストは平均程度には豊満であり美乳であった。
「おい!喧嘩はやめろ!それにここは皆んなで使う共有スペースだぞ!」
「そ、それは止めた方がいいんじゃない!?」
「溺れちゃうよー!」
「ああ、大丈夫大丈夫。友人間のじゃれ合いだし、ちゃんと加減してるから。放っといても大丈夫。むしろ構うだけ無駄だから」
慌てて立ち上がった伊豆鳥が言うところの大きい3人組を、乗山がキレるタイミングを察して予め2人の直線上から逃れていた姫宮が止めた。
実際、伊豆鳥はすぐに水面から顔をあげてゲラゲラ笑い出し、乗山も額に青筋を浮かべてはいたもののどこか楽しそうだったので、3人は姫宮の言葉に従い放ったらかしにしておくことにした。
「胸も脂肪の内なんだから、部活で運動量が多いアタシ達がスレンダーなのは当たり前だと思うけどな。寧ろ引き締まった体をしているんだと誇ってもいいんじゃねぇか?それにバレーで飛んだり跳ねたりするのに胸がデカかったらバルンバルン揺れて邪魔じゃねぇか。なぁ、ひよ子」
平然と二人のじゃれ合いをスルーしながら、慎ましい胸を張った森山はそう言ってのけた。
或いは、たくましい胸板を張った森山はそう言ってのけた。
そう言ってのけるだけあって、その筋肉がついた四肢はガッチリ引き締まり腹筋も割れている。
細身ながらもシッカリついた全身の筋肉こそ彼女の自慢だ。
「いや、わたしは今からでも大っきくなれるのなら大っきくなりたい。胸も、身長も」
そんな森山に対する熊谷の答えは、実に切実な重い思いが感じられるものだった。
クラスで最も身長の低い熊谷の胸は、その身長と同じくちんちくりんである。
上下も前後もちんちくりん。
「この場合一番悲しいのは、身長は高めなのに胸がひよ子ちゃんと同レベルなノリちゃガバガバガバガバ」
懲りない。
乗山と熊谷の二人を同時に敵に回した伊豆鳥が、今度は二人がかりで沈められる。
自業自得なので誰も助けないし、スルーする方向で全員の方針が一致した。
一応言っておくとあくまでじゃれ合いであり、双方きちんと手加減している。
「風呂の中とは言え、裸で暴れまわるのはどうなんだ・・・」
「大丈夫だ剣藤。疲れたら大人しくなる」
呆れるポニーテールの少女と、げらげら笑う筋肉少女。
久留米と姫宮は一緒になって笑い、慈はただただ苦笑いしていた。
低レベルな喧嘩が終わったのは、それからだいたい三分が経過した後だった。
☆☆☆☆☆
「へいへいほーぉぉ、へいへいほーぉぉぉ」
女湯でそんなことが起きているとはつゆ知らず、和成は呑気に一人、大浴場を占領していた。
お目付役のメルがメイド服のまま和成を見守っているのは、数えないことにする。
女子風呂が男子風呂の三倍あるが、決して男子風呂が狭い訳ではない。男女の壁をいったん忘れて言えば、一クラス丸々、四十人全員が入れるだけの大きさはある。
そして和成は温泉好きだ。
お湯は別に、入浴剤が入っているわけでも温泉を引いているわけでもない只の透明なお湯だが、風呂というものはデカイだけでテンションが上がる。
それを一人で占領しているのだから、鼻歌にも熱がこもろうというものだ。湯船に浸からずメイド服を着たままのメルを、和成は決して温泉に於いて人数に含めない。つい先日のことがあるので、見張られていることに対する文句など口が裂けても言わないが。
(不要な諍いを避けて、遅めに入った甲斐があったというものだ。女子たちが一堂に会することになったのは完全に予想外だったが)
風呂場で他のクラスメイトとひと悶着が起きるのは、和成には絶対に嫌なことだった。
その頭上には折りたたまれたタオルが乗せられている。作法だ。
(ただ・・・少し引っかかるんだよな。精神干渉の存在がちらつく。・・・・客観的な証拠は何もないが、そうでもないと姫宮さんと久留米さんが、スッと答えが出なかった理由が思いつかない。トイレの大きさも浴場の大きさも、面積がまるで違うのは外から見ただけで一目瞭然。最終的に久留米さんは答えにたどり着いたけど、姫宮さんは答えを聞いて漸く気づいた様子だった。
鈍すぎやしないか?
いや、ひょっとして本当に気づかなかった可能性はある。俺が一目瞭然だと感じているだけで、他の人にとってはそうじゃないなんてことは、別におかしくもなんともない。ただ、やっぱり怪しい・・・・)
呑気に鼻歌を歌いながらも、和成の心の片隅から警戒心が消えることはなかった。
(しかしそれはそれとして、とうとう明日は念願の市井に出られる日だ。そこで得られる生の情報と、異世界の文化に暮らし――――。実に楽しみだ・・・・。うん。楽しみだ・・・・)
心の中では明るくお道化て振舞うが、べったり残った警戒心は拭い去れない。
純粋に楽しみたいが、楽しめないことを知っている。
―――ロマンや楽観に浸れるのなら、それが幸せだろうに。
極めて不愉快だ。
(―――同行してくれる人たちに、気付かれないように気を付けないとな)
そして、和成一行はその王都の市井の見学で、とあるトラブルに巻き込まれることになるが・・・・それを今の和成が知ることはどうやっても不可能であった。




