34話 力の目覚めについて
ライト・ニューポートが居酒屋から出ると、何処からか鳥の鳴き声が聞こえてきた。
その声は、人目につきづらい店の影になっている場所からしているようで、声だけでなく羽ばたくような音も聞こえてくる。
「ネイバー、そこにいるのか?」
ライトはそう言いながら音のする方へ歩いていった。
そして、ライトの体が完全に建物の影に入ると、バサバサという羽の音とともに、ライトの頭上から1羽の鳥が地面に降り立った。鳩ほどの大きさでまっすぐにこちらを見上げている。ネイバーだ。
「クケケ。戻ったぜ。」
「あ、うん。それでどうだった?」
ライトがしゃがんでネイバーに話すと、ネイバーはライトに不敵な笑みを返して胸を張るようにした。
「上々だよ。家に来た奴らは痛めつけてやったし、盗まれた金も回収したぜ。」
「そうか。よかった。」
ライトはどことなく緊張しながらネイバーに尋ねたが、ネイバーが復讐を果たしてきたということを知り安堵した。
「大丈夫だったのか?怪我とか?」
ネイバーの体には傷1つすらないように見えたが、ライトはいちおう聞いてみることにした。
すると予想通りというか、ネイバーは「クケケ。」と笑い声をあげて羽を広げてライトに見せた。
「見ろよ。かすり傷すらないだろう?あの程度の連中何人いても関係ないぜ。」
「そ、そっか。」
羽を広げて見せつけてくるネイバーは得意気だ。
普通に考えると、魔法を使える貴族や、訓練を受けている兵士のところへ襲撃に行くことはかなり危険なことだと感じるが、ネイバーにとっては大したことではなかったようだ。
(運動能力がすごいのはわかっていたけど、戦うことになっても本当に強かったのか。)
実際のところ、ライトはネイバーの能力を信じていたが、それでも実戦となったら話は別だとも考えていた。
また、ネイバーは余裕な態度で、戦うことが得意というような話しをしていたが、それがあまりにも余裕な態度だったので、本当は想像だけで話をしていて、実際には戦ったことがないのではないかと少しだけ思っていたのである。
しかしながらネイバーは実際に強かったようだ。
実際に現場を見ていないので、うがった考えをするならネイバーは本当は戦いに行っていなくて、ここで嘘をついているという可能性もあるが、それはあまりにも意味がない行為だろう。
「本当に強かったんだねぇ。」
「あん?」
「いやなんでもないよ。」
呟いた言葉に反応されて、ライトは慌てて別の話題を探した。
「えっと、そういえばネイバー、何か体がふっくらしてない?」
ライトは鳥になったネイバーの姿をじっくりと見たことはないが、家で見た姿よりも体が一回り大きくなっているように感じたのである。
「あ~それは多分、俺があいつらから取り返したお金を体の中に取り込んでるからだな。」
ネイバーは広げた羽を折り曲げて、自分の腹部をパタパタを軽く叩いた。
胃の中にでもお金を入れているのだろうか。
「体の中にお金なんて入れて大丈夫なの?」
「問題ないぜ、何ならナイフでも飲み込んでやろうか?」
「いやそれはいいよ。」
自分だったら硬貨1枚でも飲み込みたくないが、魔物のネイバーならきっと問題ないのだろう。
ふと、見せ物としてナイフを飲みこむ芸をさせたら儲かるかもしれない、という考えがライトに浮かんだ。
(この街だと稼いでもお金を貴族に巻き上げられそうだけど、となりの街ならいけるかな?あとはネイバーをやる気にすることができれば見込みがありそうか?)
皮算用を始めたライトをネイバーは訝しげに見ていた。
「それより・・・・・・」
ネイバーは羽を折りたたんで、考え込んでいる様子のライトに話しかけた。
「う、うん。」
ライトもハッとした様子で儲け話しの考えをやめる。
「俺が行ったところは周りに目立つように窓とか割ってきたし、周りに住んでる奴はすぐに気づくだろう。あと1、2杯酒でも飲んで時間を潰せば、犯行があった時間のアリバイとして十分だろうよ。ついでに、家に来た奴ら以外にもてきとうに貴族っぽい奴を殴ってきたから、俺たちが疑われることはまあないだろうぜ。」
「う、うん。そうか。」
復讐対象以外の貴族も倒してきたという話を聞いてライトは少し驚いたが、自分が貴族達と戦う決意をしたことを思い出し、努めて気にしないことにした。
「それでネイバーはどうする?家に戻ってる?」
「いや、どうするかな。」
当初の目的は達成できたため、2人とも後は時間を潰して明日を待つぐらいだろう。
ネイバーも特に後の考えはないらしく、首をゆらゆらと揺らしている。
そしてそのままネイバーはしばらく首をゆらしていたが、何かを思いついたらしく首を揺らすのをやめた。
「あ、そうだ。そういえば行くところあったわ。」
「え!?どこに?」
ライトはネイバーに行くあてがあることに驚き、ネイバーに聞き返した。
しかしながらネイバーは、ライトの問いに対して「ないしょ。」とだけ言った。
「ええ~。別にどこに行くのかくらい言ってもいいじゃないか。」
どこに行くのか話さないネイバーにライトは不満気な声を上げる。だが、ネイバーはライトの声を否定するように、羽を片方だけ延ばしてブンブンと振った。
「気にすんなって、俺にもいろいろあるんだよ。プライベートが。」
「う~ん。」
ライトはネイバーの言いぶりに不満な様子だったが、それ以上はネイバーに食い下がらなかった。
「わかったよ、けどあんまり暴れたり派手なことはしないでくれよ?」
ネイバーを放っておくととんでもないことをしそうなので、ライトは念のためネイバーに釘を刺すことにした。
ライトに言われてネイバーは少しむっとした顔をする。
「勘違いしてるかもしれないけど、俺は別に暴れることが好きなわけじゃないぞ。」
ネイバーはそう言い、しかしながらすぐに気持ちを切り替えたのか、ぴょんと跳ねて体の向きを変え、ライトに背を向けた。
「じゃあ俺は行くぜ。朝には家に戻るから安心しとけよ。」
「え?そんなに時間かかるの?」
ネイバーに行くところがあるといっても、この街でそれほど時間を掛けるようなことがネイバーにあるのだろうか?
ライトは訝しげな視線をネイバーに向けたが、その視線を背中に受けたネイバーはそっぽを向いた。
「暇つぶしをするだけだよ。せっかく召喚されてこっちに来たんだから、動けるときに動かないとな。」
「まあいいけどさ。」
「明日は荷物を隣の街まで運ぶんだろ?お前は酒飲んで家に帰ってさっさと寝ろよ。あとついでに俺が食べるご飯でも買っといてくれ。」
そう言うと、ネイバーはサッと地面から飛び上がり、ライトの頭上を越えてそのまま夜の空へ消えていった。
「あ、逃げたな。・・・・・・まったく何をするつもりなんだか。」
ネイバーはなにか秘密裏に動いていそうな様子だったが、相手に飛ばれてはどうしようもない。
ライトはネイバーが飛んでいった空をしばらく見ていたが、ここで時間をかけすぎると店にいるサムに怪しまれると考え、おとなしく店に戻っていった。
「すいませ〜ん。もう一杯お酒をもらってもいいですか?」
「ああ、戻ったか。いいよ少し待ってて。」
ライトは店の中に戻り、お酒を注文していた。
ネイバーが騒ぎを起こした現場は、今頃騒然としているだろう。その間のアリバイをここでつくっておけば自分が疑われても反論できるはずだ。
そのとおりのはずなのだが、なぜかライトは心に不安を感じていた。
(安心だと思っても不安感があるのはなぜだろうか。実行犯ではないけど、片棒を担いでいるからだろうか。)
実際、外から見ればライトは単に居酒屋に来て時間を潰しているだけなのである。
だが間接的にでも、暴力的な事に関わったのはライトにとって生まれて初めてのことである。それはライトにとって心理的に負担のかかることだった。
話ができなくてもネイバーが、犬か鳥の姿になってここにいてくれれば気が紛れたかもしれないが、ネイバーはさっさと飛んでいってしまった。
(魔物なら何も気にしないんだろうけど、こっちは気弱な一般人なんだから気をつかってくれてもいいのに。)
女々しいとも思いながら何となくそう思ってしまう。しかしながら、もしも自分が本当にこの街を出て行くことを考えるなら、精神的にも強くなっていかないといけないのだろうかとも思う。
「はい、お待たせ〜。」
考え事をしている間に、いつのまにかサムがお酒をテーブルに置いていた。
「あ、ありがとう。」
ライトは慌ててサムにお礼を言った。
「どうも〜。・・・・・・なぁ、まだ酔ってないよな、実はお願いがあってさ、さっきのに加えてこのお酒もタダにするからさ、飲む前に少し手伝って欲しいことがあって、お願いしてもいいか?」
「え、うん、まぁ手伝えることならいいけど。何かあるの?」
唐突にサムから頼み事をされたライトは戸惑いながら答えた。
するとサムは申し訳なさそうに「ありがとう。」と言うと、店の隅に置いてある箱を指さした。
箱はギリギリ一人で抱えられそうな大きさで、蓋がされていた。
「実はあの箱を物置に持っていきたいんだ。入ってるのは鉄鍋とか調理道具ぐらいなんだけど、今日お前の家が荒らされたって話を聞いただろ?今日はこの店は荒らされないで済んだけど、またここに貴族達が来て荒らされるかもしれないって思ってさ。鍵のかかる物置にしまって手を出されないようにしておきたいんだ。金目の物じゃないけど大切な道具だし、手荒に使われたら立ち直れなくなっちゃうよ。」
「ふ〜ん。」
料理人でもあるサムにとって箱に入れられた道具は大切なものらしい。
どちらかというと、貴族が荒らしに来たら店にあるお酒の方が狙われそうな気もしたが、少ないとはいえすでにライトはお酒を飲んでいるし、割れ物を運ばせるのは逆に危ないと考えたのかもしれない。
「そっか。いいよ手伝う。」
ライトは返事をすると席を立ち箱のそばへ行った。
そして、箱の側面に手を添えると、
「よいしょ。」
と掛け声をあげて箱を持ち上げた。
「けっこう重いね。これを持っていけばいいの?」
箱を抱えながらライトがサムに振り返ると、サムは唖然とした顔をしていた。
「あ、ああ。そうなんだけど・・・・・・重くないか?その箱。その、2人で持とうと思ってたんだけど。」
「え?大丈夫だよ。たしかに重いけどこれくらいなら1人で充分だよ。」
サムが驚いた表情のままライトに話しかけるが、ライトの言葉に嘘はなかった。軽いとは思わないが、感覚としては5キログラムほどの物を持っている感覚であり、奢ってもらうならこれくらいは1人でやっていいかという思いであった。
その言葉を聞いて、サムは感心したような声を出した。
「お前って、けっこう力持ちだったんだな、知らなかったよ。」
「そうかな?普通だと思うけど。」
サムがライトを褒めるが、ライトは他の人から力が強いと言われたことなどなく、お世辞をいってくれたのかな、と思うくらい実感の湧かない事であった。
「そ、そっか。じゃあ一人でお願いしちゃおうかな。」
なぜか姿勢が及び腰になったサムが、物置へライトを案内する。
「うん。任せて。」
サムの後をライトがついて行く。
その途中、やけにサムが「疲れたら教えてよ。」とライトを気遣っていたが、結局ライトはそのまま1人で箱を持ち物置へ箱を動かしたのだった。
実際のところ、その箱の重さは50キログラムを超えるほどの重さがあったのだが。
貴族のビジター・ハイウォールは部屋で、鳥の羽を手に持ち考え事をしていた。
その羽は、先日部屋にやって来た、バックヤードと名乗る鳥(その鳥はネイバーであるが、ネイバーはビジターに対して、自身をバックヤードと名乗っている)が渡してきたものであった。
ビジターは今日の朝、複数人の貴族が殺されたという話を聞き、その犯人が鳥の頭をした怪人だったということから、それがバックヤードの仕業なのかもしれないと考えていたのだ。
もちろん証拠などはないのだが。
「クケケ。」
鳥の笑い声が聞こえてきた。
ビジターがベランダへ目を向けると、ベランダの手すりに1匹の鳥がとまっていた。バックヤードだ。
それほど大きくもないはずなのに、夜で影に覆われているせいか、バックヤードの姿はやけに大きく見えた。
「よう、調子はどうだ?」
バックヤードが声を掛けてくる。
「ああ、まあまあだ。」
ビジターはそう答えると、手に羽を掴んだままベランダへ出ていった。
そして、バックヤードが何かを言うよりも先に、開口一番、
「聞きたいことがある。昨日の夜か、今日の朝に貴族を襲ったのはお前か?」
とバックヤードに詰め寄ったのだ。
お読みいただきありがとうございます。
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すみません、5話か10話くらいで終わる中編の話を少し書きたくなったため、話の更新が遅くなるかもしれないです。
もし話を追ってくれている方がいましたらごめんなさい。




