邂逅
両開きの、重苦しい扉を押す。ギィと鈍い音がして開いたその隙間から、仄かな光が零れた。
僕と先生は、国にある幾つかの教会を回り、そこで聞いた話からこの場所を見つけたのだ。黒の国で最も小さく、最も外れた場所にある、古ぼけた教会を。
壁の塗装も剥げ掛け、扉にもがたの来てしまっている、どうにも情けないその外観からは、聖女様が祈りを捧げる場所とは到底想像がつかない。しかしその教会の奥から溢れ出た光は、どこか黒い霞を纏う、神々しい雰囲気を持っている。
それとなく先生を振り返り、その様子を窺うが、相も変わらず何を考えているのかわからない。少なくとも、僕の代わりに扉を開いてくれる気はないようだ。
「……むう」
低く唸り、渋々と僕は扉にさらに力を込めた。さらに広がる隙間から、零れる光が鋭く強くまる。
思わず目を細め、最後に渾身の力で押すと、ようやく教会の中の光景が視界に移った。光の正体は、小さな祭壇の前に跪く聖女の祈りに呼び起された神力のようだ。
聖職者が、真摯な祈りによって魔力を己の力に還元して振うものを、俗称として神力という。青の国では聖女に謁見することはできず、知識としては知っていた神力だが、見るのはこれが初めてになる。
まだ魔力を呼び起こす術も知らない僕が見ても、その凄さが分かった。感じることはできなくても、目で見るだけで圧倒される。
空に吹き上げるほどの、黒白織り交る力の噴流が、そこで巻き起こっているのだ。
けれどそれは唐突に納まり、教会から溢れんばかりの光の集約は、一瞬にして夢のように消えてしまった。初めこそ、その零れる光に僅かに怯んだものだったが、その美しさに見とれてしまい、少し残念にさえ思う。
空気の中に溶けていく光を纏いながら振り向いた黒の聖女は、そのフードの下から覗く口元を薄く広げ、優しげに微笑む。
「お待ちしておりました。奥へどうぞ、ゆっくりとお話いたしましょう」
その言葉に驚き、お礼を言いに来ただけのつもりだった僕は、思わず先生を振り返る。
すると先生は、さも当然だというように、その鎧を纏ったまま教会の中へ堂々と押し入った。それを見て、無礼な振る舞いじゃないか、何か失礼を犯しているのではと小市民の思考を働かせたが、ここで怖気づくのこそ一番いけないと思い、その後にこそこそと続く。
だが、教会の奥へ進もうとした折、聖女様の横に立っていたもう一人の修道士が、僕の事だけを引きとめた。見れば、彼は門の場所で番兵を相手に睨みを利かせていた、あの威圧的な男だ。
「え? あ、ちょっと待ってください!」
何故止められたのかわからず、先生に助けを求める。けれど振り返った先生は、何を思ったのか力強く頷くと、そのまま聖女様の後について、教会の奥にある扉の向こうへ消えて行ってしまった。
あまりに納得がいかず、修道士の男に猛抗議をする。
「何故です、僕は先生のお付きの騎士見習いですよ!」
すると、彼は呆れたように口元を歪めて溜息を吐いた。
そして、あのけして貧弱には見えない番兵に悲鳴を上げさせたその手が、僕の肩に伸びてくる。掴まれた右の肩の骨が、何よりも先に激痛を脳に訴えた。
「残念だが、俺にも理由はわからん。だが、今少しだけお前を奥に入れない理由が分かった」
めりめりと、自分の体から出ているとは到底思えない音に声も出せず、力の限りその手を振り払う。
思わず二歩も後ろに下がり、睨み据えた僕の目の前で、修道士は何でもないことのように手を払い、嘲るように鼻を鳴らした。
「短慮で思考回路が浅い。騎士というよりはイノシシだな」
「な、何をッ!!!」
頭に血が一気に登り、感情に任せて剣を引き抜く。
激痛は、次の瞬間に訪れた。
剣を引き抜いた腕を手刀で打ち払われ、武器を失った無防備な身体を地面にねじ伏せられる。左腕は背に固められてしまったようで、逃れようにもびくともしなかった。
「くっ、そ!」
「訂正だ。騎士というよりは、弱いイノシシだな、お前は」
それだけ言った修道士は、すぐに抑えを解いて僕の上から離れていく。何もわからず組み伏せられた手前、こちらもそれ以上牙を向き、相手を威嚇する気にはならなかった。
呻く僕に、男は吐き捨てるように言った。
「話が終わるまでは、ここから離れていろ。いいな」
なにも、良い返す言葉がない。
腕の痛みを抑えて立ち上がり、剣も拾わないまま、教会から逃げるように飛び出した。
怒りにまかせ、感情を抑えきれないのは騎士とは言えない。僕は確かに、あの修道士の男が言う通り、騎士として弱く未熟だった。ならば今は、先生の言いつけを守らなければいけない。
先生の考えることも、あの聖女様の考えることも、まだ僕には到底理解は及ばないが、騎士として戦えなくとも、やれることはある。
いまはその、やれることをしなくては。
悔しさを飲み込んで、駆ける。
僕はまだ、弱いままで。
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