敗走
引き裂かれた右の二の腕から、諾々と血が流れゆく。刻一刻と意識に蔭を差してゆくその流血が、腕を伝って握り締める剣に染み込み、皮肉にもその鋭さを無尽蔵に引き上げてゆく。
そのロマーナの剣が放つ輝きも、鋼鉄さえ切り裂く刃が地面に擦れ、深い傷跡を残す音さえも鬱陶しい。だが肘から下は最早まともに動かず、剣を持ち上げる余力すらもう。
腹に受けた強烈な打撃のせいで、下半身の感覚もおぼろげだ。唇の端から零れる血が、その傷が相当に深手になっていると物語っていた。
「ば……バケモノ、が……」
血反吐を吐きながら、壁に背を預け、そのまま地面に座り込む。城から逃れた城下街の裏路地は、先程の内乱の影響か人通りは皆無だ。夜が近づき、冷え込み始める細い建物と建物の隙間には、仄かな腐臭と血の香りが綯い交ぜになって充満していた。
ほぼ自我を失っている状態とはいえ、呪具を扱うレベルの魔力をもった少女と私、そして一先ずあの騎士を排除すべきと動き出した軍側の兵達。それを纏めて相手にした白い鎧を纏った騎士は、左程時間をかけることも無くその場にいた全員を殲滅した。
どれだけ周囲の雑兵どもの血を吸わせて切れ味を上げても、ロマーナの剣では、彼の振う巨大な剣を引き裂くことも、打ち払うこともままならなかった。いや――あるいはこの剣だけならば、あの巨剣と何ら遜色ない能力を有している。
問題は、使い手である私が。
完全に、あの騎士に翻弄されていたこと。
「最初の不意打ちで……私が、奴を狙うべきだった………」
呟くと、喉の奥に血の味がせり上がる。吐き出したのは、全て赤い血だった。
傷は深いが、致命傷ではないはず。そう考え、答えを見出した私は、溜息交じりに脱力するしかなかった。
「浸………食、か――――がっ」
左頬の肌が裂け、血が噴き出したのが分かる。首を動かす気力も起きず、瞳だけを動かして右腕を見てみれば、剣から放たれる光が静かに、右肩近くまでを覆い始めていた。
私はどうやら既に、使い手としての適合力無しと判断されたらしい。光に呑まれ、血を最後の一滴まで絞り取られて、命を落とす。右腕は私の意志から切り離され、思う通りには動かない。
抵抗する意思も無く、独りでに空へ持ち上げられる右腕を、ぼうっと眺める。
握り締める剣の切先が、ゆっくりと、私の胸元へ――
けれど、その手の動きが突然に止まる。
私の手に重ねるように、剣の柄へと手をかけた、一人の少年がそこにいた。
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