臨戦
「オォオオォォォォォオオオッ!」
幼い少年の口元から発せられているとは思えない、獣じみた雄叫び。振われる黄土に輝く戦斧は、教会の中に並ぶ長椅子を悉く砕き、迸る魔力の光を放つ。
叩きつけられたその刃を躱わし、紙一重で飛び退った僕は、しかしどうする事も出来なかった。剣はあの女性に圧し折られ、手に入れたゼノの飾り刃も、使い物にならない。振り回される巨大な斧が、武器なしで受け切れるものとは到底思えなかった。
そうしている間にも、少年は一直線にこちらへと迫ってくる。
せめて相手と間合いを保てる武器を。そう思い、僕は咄嗟に教会の壁に立てかけてあった、修繕用の長い木材に目を付けた。
「これでどうにか……!」
もちろん、これであの禍々しい斧を受けきろうなどとは思っていない。誰がどう見ようと不可能なのは明白だった。だからこそ彼も、油断して飛び込んでくるはず。
その予想は見事的中し、飛び上がった少年は大きく戦斧を振り被る。
肉薄する少年の身体を目掛け、僕は咄嗟に木材を突き出し、攻撃のタイミングをずらしに掛った。
長い木の棒切れが、その胸元を強く打ち抜く。少しでも動きを止められればと思っての一撃は、思った以上の効果を叩きだした。
「げ……ぶっ!」
それまでの勢いが一転し、大きく後ろへ投げ出された少年は、地面に叩きつけられてのた打ち回る。見た目派手な武器に誤魔化され見失っていたが、身体はまだ軽い子供のものなのだ。
少し怪我を伴うかもしれないが、本人を直接狙っていけば、勝機はあるかもしれない。要するに、あの武器に真正面から立ち会わなければいいだけだ。
勝てる――そう思った瞬間、跳ねるようにして身を起こした少年が、荒い息を佩きながら僕を睨みつけてくる。その瞳は激しく充血し、左の額から、一滴の血が零れていた。
「あぁ………づ、ぅ……」
低く呻くような声を上げた彼の手が、頬を伝う血に触れる。
それを見て瞬きを繰り返した少年は、聞き取れないほどかすかな声で呟く。
「―――て」
一瞬耳を疑った僕は、けれど再び戦斧を振り上げた少年を見て、臨戦態勢に入る。
しかし次の瞬間、爆音が弾け、黒い影が背後から少年を襲った。巨大なそれは何をさせる隙もなく彼の上へのしかかり、地面へと押しつぶす。
ぱらぱらと辺りに撒かれる木片が鼻先に触れ、その何かが、金具ごと破壊された教会の扉だと気付く。見れば、そこにはフードを深く被った修道士の男性が立ち尽くしている。
先刻の任務で、先生と共に真正面から堂々と敵陣に入っていった、元将軍のエヴァンスだ。彼は両手に黒い神力を揺らがせながら、気絶した少年の元へと歩み寄って行く。そうして、破壊された扉の上からその小さな体に足を掛け、手に宿す神力をより一層に大きくした。
「な、何を」
「殺す」
まだ最後まで言い終わらないうちに、淡々とした返事だけが返ってきた。
思わず息を詰まらせた僕は、何かを言い返そうとしたが、それよりも先に、彼が口を開く。
「見ろ」
指差された少年は、気絶してもなお戦斧を手放していない。それはまるで、武器に縛り付けられているかのようにさえ見えたが、それ以上に僕の目を引いたのは、その得物を掴む腕だった。
今まさに押し潰されてできた傷もいくつかあるようだが、襤褸布のような衣服から覗く華奢な腕は、あちこちが内側から引き裂かれたような傷跡に埋め尽くされ、滲むような血を流している。
「適応できる魔力があっても、それを潤滑に作用させることができていない。もともと心身負担の大きい膨大な魔力がありながら、そこに上乗せするように呪具の呪いと付加魔力が襲えば、無意識間の自傷は必須だ。脳味噌が、身体の負担を魔力に乗せて体外に放出しようとして――呪いの乗った魔力は皮膚を突き破り、結果、未成熟な所有者は死に至る。激痛を伴ってな」
そう言われて、少年が今まさにその死の一歩手前なのだと気付く。
「もう既に、相当衰弱している。俺も一応、魔術的な処世には精通しているが……、どう見ても手遅れだ。早めに楽にしてやった方がいい」
「でもっ……!」
「くどいぞ」
それでも言葉にならない思いを訴えようとする僕を差し置いて、エヴァンスは腕を振り上げた。
何もできず歯を食い縛り、それでも最後まで、目を逸らさずに。
吹き上がる血飛沫と光を失う戦斧を見届けて、自らの無力に泣いた。
ようやく半分くらいです。
読んでくださっている皆様には申し訳ありませんが、更新ペースはさらに落ちてしまいます。どうかご容赦ください。
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