撤退
「引け、エヴァンス。あの三人は私が足止める、私の連れと聖女様を連れて逃げろ」
突然現れたあの女は果たして何が目的なのか、彼女に首を落とされてループトンが死に、この国の情勢がどう動くのか。元より部外者である私にはよく分からないが、少なくともこの場に留まり続けるのは悪手であるという程度の判断はつく。
彼も状況が悪いと判断したのか、不服そうではあるが、後ろで顔色一つ変えずに佇んでいた聖女の元へ下がる。
「悪いがお前のお付きのために敵陣に斬り込む気は起きん。投げて寄越せ」
とても人を扱うとは思えない台詞だが、私は文句なく頷いて見せた。
軍側の兵達は、ループトンの死に動揺し、まともに戦力にはならない。実質、敵はあの三人のみということになる。誰かを守りながらでなければ、苦労する程ではないだろう。
大剣を肩に担ぎあげ、隊列を崩した兵士達の中央へ突進する。
此方の動きに気付いた少年が、その巨大な戦斧を手に襲い掛かってくるが、幾らその魔力によって自在に振うことができようとも、体格と不釣り合いな獲物ではあまりに鈍い。
前傾していた身体に制止を掛けて、その場で片足を軸に半回転する。回転の勢いを乗せて振った巨剣の巻き起こす魔力の氾流が、横合いから飛び出してきた少年の身体を直撃し、吹き飛ばす。
「がっ………」
未熟な四肢は成すすべなく地面に叩きつけられ、そのまま転がってゆく。
迎撃に出た私の不意を突こうとしたのか、背後から、少女の振う鉤爪の気配が漏れる。振り向き様に空高く振り上げた刃を地面に突き立て、そこから流し込む魔力の力で、衝撃波を放った。
波状に広がる白い魔力の弾幕を受け止めた鉤爪が、触れたもの全てを喰らい尽くそうとするが――
そもそもの、武器としての格が違う。
魔力を喰らい切れず、鉤爪を腕ごと弾き飛ばされた少女は、そのまま衝撃波に押されて壁に叩き付けられる。ぐったりと動かなくなった彼女に少しの罪悪感を覚えながらも、前に出ようとした私の目の前に、いつの間にかあの女性が佇んでいた。
気配を感じなかったことから、他の二人と違い、呪具を使いこなすだけの技量があるのだと分かる。と同時に、呪具のもたらす破壊的な衝動を、抑える気がないということも、その放つ魔力の具合から伝わってきた。
狂気と愉悦、高揚による勢いが絶妙に混ざり合い、その中に仄かに残る理性が生む、恐怖が少し。そんな、熟練した戦士の魔力の構図。
「ふふっ」
微笑と共に放たれる、躊躇のない刺突。
青い輝きを纏う長直剣の素早い動きに、流石に大剣では対応しきれないと、咄嗟に手甲で払い除けに掛かる。が、不意に背をさかなでるような不快感を感じ、咄嗟に二歩後ろへ下がった。
僅かに鎧を掠めた、剣の切先が唸る。
なでられた程度の衝撃しかなかったにもかかわらず、そこには深い傷跡が残されていた。
相性が悪い、と舌打ち交じりに絡め手を考えるが、彼女はそれを許さない。素早い切り返しで横に振われた斬撃が、兜の鼻先を掠め、またしても浅い傷を付ける。
回転率の高く、破壊力の十分な武器には、大破壊を旨とする大剣では対抗策が少ない。久々に私も、私自身の技量で迎え撃つべき相手が出たということだ。そう思うと微かに、胸が疼く。
「あら、どうしたのかしら――お手上げ?」
べろり、と、口元から覗かせる下で唇を舐めた女性が、懐に入り剣を振おうとする。
私は剣で迎え撃つことを諦めて柄を投げ捨て、鎧に包まれた手の平で、その頭を鷲掴みにした。流石にそれは予想外だったのか、動きが一瞬止まった彼女の腹を目掛け、魔法陣を描く。
「弾け」
その一言で、目が眩むほどの光を放った魔法陣が、女性の身体を弾き飛ばす。
空に吹き飛ばされた彼女から視線を外し、地面に横たわるフルートの側へと駆け寄った。だが、戦闘不能にした気でいた女性は、宙で体を捻り、勢い任せに長直剣を振り抜いてくる。
彼を解放しようとしゃがみ込んだ所へ、蒼い剣の軌跡が、矢のように降り注ぐ。
咄嗟に手を空へ翳し、魔法陣の発動も簡略化して障壁を生み出す。
白い半球状の壁が私とフルートを守り、蒼い矢の雨を悉く弾き飛ばした。
「お返しだ」
透明になり消えてゆく壁の中から、落ちて行く女性に狙いを澄ました私は、空中に簡単な魔法陣を描く。
「射抜け」
その一言が引き金となり、魔法陣から放たれた槍のような閃光が、彼女の身体を捉えで爆風を巻き起こす。白く輝く魔力光に包まれながら落下した女性は、しばらくは動けないだろう。
地面に落ちる彼女から視線を切り、フルートを見る。
どうやらまだ息が合ったようで、薄く瞼を開いた彼は、血の香りの混じった言葉で呟く。
「せ……ん、せい……」
「喋るな」
静かに諌めた私は、彼の身体を魔法で浮かび上がらせ、広間の出入口で待つエヴァンス達の方へと向かわせる。その身体を受け止め、まるで人攫いのように肩に担いだエヴァンスは、私には目をくれることもなく外へと駆け出す。
地面に投げ捨てていた大剣を拾い上げ、肩に担ぎ直した私は、既に見えなくなったフルートへ向け、本当に小さな声で呟いた。
「よくやった」
そんな言葉は当然届く筈もなく、見渡す周囲には。
まるで亡者のように立ち上がる、三人の呪具に魅入られた者達が。
正月で更新が滞りました、申し訳ありません。
なお、細かい設定などをブログの方で公開させて頂いていることがあります、よろしければお目通しください。
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