第5話 敵にも、答えを持つ者がいる
第3部から、この物語は少しだけ重くなります。
これまで光太郎は、《叡智の書庫》の知識を使いながら、村や王都で起きる問題と向き合ってきました。
しかし今回、AIが示すのは「どうすれば全員を救えるか」という答えではありません。
「誰を諦めれば、より多くの人を救えるか」
という答えです。
六万の帝国軍。
ユリアの故郷、白樹都市リュネール。
そこに暮らす十万人。
そして、《叡智の書庫》が示した極めて合理的な最適解。
一つの都市を犠牲にすれば、王国全体を救える。
数字だけを見れば、それは正しいのかもしれません。
けれど、その「一つ」の中には。
誰かの家があり。
家族がいて。
思い出があり。
生きてきた時間があります。
第3部で光太郎が戦うのは、帝国軍だけではありません。
「正しい答えなら、人間は従うべきなのか」
その問いそのものと戦います。
さらに、これまでほとんど語られてこなかったユリアの過去。
彼女がなぜ故郷を離れたのか。
そして、彼女の中に眠る謎も少しずつ動き始めます。
AIは答えをくれる。
けれど。
その答えを選ぶのは誰なのか。
ここから、『AIだけが使える異世界』は本当の意味で「AIと人間の物語」へ入っていきます。
第3部。
戦争編「一つの都市と十万人の命」
光太郎たちが選ぶ答えを、最後まで見届けていただければ嬉しいです。
1 AIは、二百三十七人を捨てろと言った
帝国軍本隊。
約六万。
王国守備隊。
八百十二。
野戦病院。
患者、二百三十七。
そして。
俺の《叡智の書庫》が出した答えは。
あまりにも正しかった。
《推奨》
《野戦病院を放棄》
《守備隊を南門へ集中》
《防衛成功率 61.4%》
「…………」
青い文字を見つめる。
もう一度。
読み直す。
何度見ても。
答えは変わらない。
病院を捨てろ。
そうすれば。
街を守れる可能性が上がる。
「コータロー」
隣から。
ユリアの声。
「何て?」
答えられなかった。
病院の中。
負傷兵の呻き声。
薬草の匂い。
血。
汗。
泣き声。
その全部を。
AIは数字に変えた。
二百三十七。
それだけだ。
「……病院を捨てろって」
ユリアの手が止まった。
「そう」
「その方が勝てるの?」
「たぶん」
「そっか」
責めなかった。
怒りもしない。
ただ。
包帯を巻いていた少年兵を見る。
十六歳くらい。
左脚を負傷している。
「俺」
少年が笑った。
「置いていっていいですよ」
「何言ってんだ」
「だって、俺たちのせいで負けるんでしょう?」
笑っている。
無理して。
「俺、もう戦えないし」
「だから何だ」
「だったら」
少年の声が震えた。
「戦える人を、逃がしてください」
胸の奥が。
焼けた。
合理的だ。
正しい。
こいつを捨てて。
戦える兵士を守る。
そうすれば。
勝率が上がる。
AIは。
間違っていない。
だから。
俺は。
青い画面を閉じた。
「嫌だ」
少年が目を丸くする。
「え?」
「お前も連れていく」
「でも」
「二百三十七人、全員だ」
ユリアが俺を見る。
「コータロー」
「何?」
「勝てなくなるよ」
「分かってる」
「死ぬかも」
「それも分かってる」
ユリアは。
しばらく俺を見ていた。
そして。
小さく笑った。
「じゃあ、急ごう」
「……止めないの?」
「止めてほしかった?」
「いや」
「なら聞かない」
立ち上がる。
「私、患者を動かす」
「ユリア」
「何?」
「ありがとう」
「あとで」
「え?」
「生きてから言って」
胸を。
軽く殴られた。
痛くない。
なのに。
妙に。
胸の奥へ残った。
俺は。
外へ飛び出した。
「セリア!」
「はい!」
「病院を移す!」
セリアの顔が固まる。
「全員ですか?」
「ああ」
「二百三十七人ですよ!?」
「知ってる!」
「馬車が足りません!」
「それも知ってる!」
「では、どうやって!」
「今から考える!」
「無計画!?」
そうだ。
でも。
AIの答え通りにやれば。
二百三十七人が死ぬ。
なら。
答えがないところから。
作るしかない。
2 馬車がないなら、街を使え
残り時間。
一時間四十二分。
帝国軍が到着するまで。
それだけ。
馬車。
十七台。
重傷者だけで。
百人を超える。
全然足りない。
《叡智の書庫》
《患者全員の移送は非推奨》
「知ってる」
《時間内完了確率 8.7%》
「それも知ってる」
《再計算しますか?》
「いや」
俺は。
街を見る。
壊れた家。
荷車。
酒樽。
木材。
商人。
農民。
職人。
兵士。
何でもある。
足りないのは。
馬車だけだ。
「セリア!」
「はい!」
「荷車を集めろ!」
「荷車?」
「商人のでも農家のでもいい!」
「患者を荷車で?」
「動けば何でもいい!」
セリアが。
一瞬だけ固まり。
「分かりました!」
走る。
「アエリア!」
王女が振り向く。
「何?」
「徴用の許可!」
「何を?」
「街中の車輪がついてる物!」
「範囲が雑すぎるわ!」
「時間がない!」
アエリアは。
額を押さえた。
「……王命よ!」
「助かる!」
「あとで全部弁償しなさい!」
「国費で?」
「あなたの給金から」
「俺まだ給金もらってない!」
「では未来の給金から」
「借金スタート!?」
こんな時なのに。
セリアが吹き出した。
それで。
少しだけ。
空気が軽くなった。
十分後。
集まった。
荷車。
手押し車。
資材運搬台。
屋台。
「……屋台?」
俺は聞いた。
店主が胸を張る。
「車輪がついてる物って言っただろ」
「言ったけど」
「うちの焼き肉串は街一番だ」
「患者を焼きながら運ぶなよ」
「焼かねえよ!」
よし。
使える。
「全部病院へ!」
街が。
動き始めた。
3 病院そのものを逃がす
問題は。
重傷者だった。
揺らせない。
動かせない。
ユリアが。
一人ずつ診る。
「この人は荷車」
「はい!」
「この人は担架」
「はい!」
「この人は……」
止まる。
腹部。
深い傷。
「動かせない」
「置いていく?」
兵士が聞いた。
ユリアが。
首を振った。
「違う」
俺を見る。
「コータロー」
「何?」
「この人を動かせないなら」
ユリアが言った。
「この部屋を動かせない?」
「…………」
「え?」
「だから」
真顔。
「部屋ごと」
俺は。
建物を見る。
木造。
一階。
壁。
柱。
屋根。
「ユリア」
「何?」
「天才かもしれない」
「知ってる」
「そこは謙遜しろ!」
すぐ。
大工を呼んだ。
「この部屋だけ切り離せる?」
「正気か?」
「時間は?」
「質問に答えろ!」
大工が。
建物を見る。
「床下に丸太を入れて、壁を補強すれば……」
「できる?」
「普通はやらん」
「今日は普通じゃない」
大工が。
にやりと笑った。
「嫌いじゃねえ」
そこから。
街中の職人が集まった。
柱を補強。
壁を切る。
床下へ丸太。
縄。
滑車。
馬。
「引けぇぇぇ!」
家の一部が。
動いた。
「動いた!?」
セリアが叫ぶ。
「マジかよ!」
俺も叫んだ。
「あなたが始めたんでしょう!」
「できると思ってなかった!」
「最悪です!」
でも。
動いた。
患者を。
ベッドから降ろさず。
部屋ごと運ぶ。
合理的じゃない。
効率も悪い。
美しくもない。
でも。
一人。
救える。
その時。
《叡智の書庫》が表示された。
《新規手法を確認》
《患者全員移送完了確率》
8.7。
数字が変わる。
23.4。
さらに。
31.8。
俺は。
思わず笑った。
「そうだ」
AIが。
俺たちを学習している。
最初から答えがなくても。
人間が。
答えを作ればいい。
4 敵は、俺たちの作戦を知っていた
残り。
四十三分。
異変は。
南門で起きた。
「帝国軍です!」
伝令が。
転がり込んできた。
「早すぎる!」
「先遣隊、約三百!」
「位置は?」
「南西!」
地図を開く。
おかしい。
俺たちの移送路。
南西。
完全に。
重なっている。
《叡智の書庫》
《敵行動を分析》
数秒。
《偶発遭遇確率 4.1%》
偶然じゃない。
「読まれてる」
「何が?」
セリア。
「俺たちの移動」
「でも、作戦を決めたのはついさっきです!」
そう。
俺たちしか。
知らない。
いや。
違う。
俺たちが。
合理的に考えるなら。
病院を移すルートは。
限られる。
道幅。
地形。
患者。
荷車。
全部を条件に入れれば。
答えは。
絞れる。
背筋が冷える。
「敵にも」
俺は呟いた。
「いる」
「何が?」
「俺と同じような奴が」
青い画面。
《敵部隊配置》
《合理的迎撃位置と一致》
偶然じゃない。
向こうも。
計算している。
俺が。
何をするか。
5 リア
敵先遣隊。
三百。
こちら。
護衛兵。
百二十。
しかも。
後ろには患者。
戦えない。
《推奨》
《東側丘陵へ誘導》
《敵左翼を分断》
《成功確率 72.1%》
「よし」
言いかけて。
止まった。
もし。
敵が。
この答えも知っていたら?
「コータロー?」
ユリア。
「待って」
俺は。
敵を見る。
帝国兵。
動かない。
こちらを。
待っている。
まるで。
次の一手を。
知っているように。
その中央。
一人。
少女がいた。
黒い外套。
白銀の髪。
戦場には。
不釣り合いなほど。
静かな目。
少女が。
口を開く。
距離がある。
なのに。
声が。
魔法で届いた。
「神谷光太郎」
全身。
鳥肌が立つ。
俺の名前を。
知っている。
「あなたの次の行動は」
少女が言う。
「東側丘陵を利用した左翼分断」
セリアが息を呑む。
《叡智の書庫》の答え。
そのまま。
「その後、中央突破」
少女。
「負傷者を北へ逃がす」
完全に。
読まれている。
「誰だ」
俺は叫んだ。
少女は。
少しだけ。
首を傾げた。
「リア」
「帝国軍か?」
「違います」
「じゃあ何者だ」
「観測者です」
「何の?」
少女の瞳に。
青白い光。
「あなたの」
背筋が。
凍る。
そして。
俺の目の前に。
青い表示。
《未知の演算干渉を検知》
《解析不能》
初めてだった。
《叡智の書庫》が。
敵を。
解析できない。
6 答えを出す敵
リアが。
片手を上げる。
帝国兵。
一斉に動いた。
「来るぞ!」
俺は叫ぶ。
《叡智の書庫》
《推奨防御陣形》
《第二列を前進》
「第二列、前へ!」
動く。
その瞬間。
敵の弓兵が。
右へ展開した。
「なっ」
先回り。
《推奨》
《盾兵を右へ》
「右!」
敵。
左から騎兵。
「くそ!」
全部。
一手早い。
俺が。
AIの答えを口にする。
敵は。
その答えへの対策を。
すでに始めている。
「コータロー!」
ユリアの声。
矢。
一本。
俺へ。
セリアが弾く。
「集中してください!」
「分かってる!」
でも。
どうする。
《叡智の書庫》は。
間違っていない。
最善を出している。
だから。
読まれる。
リアが。
遠くで。
淡々と告げる。
「神谷光太郎」
「……」
「あなたの選択は合理的です」
「褒めてくれてどうも!」
「だから」
少女の目。
光る。
「予測できます」
次の瞬間。
敵が。
病院移送隊へ向かった。
「まずい!」
患者。
二百三十七。
守らなきゃ。
《推奨》
《護衛隊を三分割》
《第一隊》
「待て」
俺は。
止まった。
もし。
これも。
読まれているなら。
答えを使うほど。
負ける。
なら。
どうする。
AIより。
良い答え?
無理だ。
俺は。
天才軍師じゃない。
戦争の専門家でもない。
ただの。
元会社員。
いや。
違う。
必要なのは。
もっと良い答えじゃない。
「セリア!」
「はい!」
「全員に伝えろ!」
「何を!?」
俺は。
青い画面を。
閉じた。
「今から」
息を吸う。
「作戦をなくす!」
セリアが。
固まった。
「…………は?」
ですよね。
7 作戦をなくす
「隊長判断に切り替える!」
「無茶です!」
「分かってる!」
「指揮系統が崩壊します!」
「崩すんだ!」
セリアが。
俺を見る。
「敵は俺の判断を読んでる!」
「……!」
「俺が全員へ命令する限り、全部予測される!」
だから。
命令しない。
「各隊長へ伝えろ!」
俺は叫ぶ。
「目的だけ共有!」
「目的?」
「患者を守れ!」
「それだけですか!?」
「それだけ!」
どう守るかは。
現場が決める。
逃げてもいい。
戦ってもいい。
回り込んでもいい。
隠れてもいい。
「正解を」
俺は叫んだ。
「俺に聞くな!」
兵士たちが。
こちらを見る。
「自分で考えろ!」
一瞬。
戦場が。
止まった気がした。
リアの表情が。
初めて変わる。
「……指揮権を放棄?」
「違う」
俺は。
彼女を見る。
「分けるんだ」
次の瞬間。
王国軍が。
ばらばらに動いた。
第一隊。
路地へ。
第二隊。
患者を倉庫へ。
第三隊。
正面突撃。
「第三隊何してんの!?」
「知りません!」
「本当に自由だな!」
「あなたが言ったんでしょう!」
帝国兵も。
混乱する。
当然だ。
俺も分からない。
リアにも。
分からない。
「敵行動予測」
リアの前。
紫の光。
《演算中》
《予測分岐増大》
《再演算》
その間にも。
兵士は動く。
一人の隊長が。
屋台を倒した。
「焼き肉屋台ぃぃぃ!」
店主の悲鳴。
でも。
油。
道へ広がる。
火。
敵騎兵。
止まる。
「使える!」
別の隊長。
用水路の板を外す。
水。
道へ。
泥。
敵兵。
滑る。
別の兵士たち。
患者を。
民家の裏へ逃がす。
全部。
俺の知らない作戦。
《叡智の書庫》にも。
聞いていない。
でも。
動いている。
「リア!」
俺は叫ぶ。
「何通りだ!」
少女の目が。
揺れる。
「……」
「俺たちの次の行動!」
《予測候補》
数字。
増える。
32。
148。
617。
2041。
そして。
《算出不能》
リアが。
初めて。
黙った。
「どうして」
「簡単だ」
俺は笑った。
「俺にも分からないからだ!」
正解を。
一人が持つから。
読まれる。
なら。
百人が。
百通りの答えを出せばいい。
美しくない。
効率も悪い。
失敗もする。
でも。
予測できない。
それが。
人間だ。
8 AIが知らない勝ち方
「第四隊、後退!」
「いや、右へ!」
「そこの荷車、壁にしろ!」
「患者を先に!」
声が。
飛び交う。
誰も。
俺に聞かない。
それでいい。
兵士が。
自分で見る。
考える。
選ぶ。
間違える。
修正する。
帝国軍は。
崩れ始めた。
リアの演算が。
追いつかない。
《終焉演算機構》
その文字が。
彼女の背後へ。
一瞬だけ浮かんだ。
見えた。
「終焉……演算機構?」
リアの顔が。
変わった。
やっぱり。
知っている。
《叡智の書庫》
《未知システム名を記録》
「敵AIか」
答えはない。
でも。
確信した。
俺だけじゃない。
この世界には。
AIを使う存在がいる。
「コータロー!」
ユリア。
敵兵が。
こちらへ抜けた。
剣。
振り下ろされる。
避けられない。
その瞬間。
横から。
担架。
どん。
「ぐあっ!」
敵兵が吹き飛んだ。
担架を持っていた。
負傷兵二人。
「今だ!」
「患者が戦うな!」
「腕は動きます!」
「元気だな!」
ユリアが。
敵兵を蹴り飛ばす。
「コータロー」
「何?」
「あとで怒る」
「何で俺!?」
「危ないから」
「理不尽!」
「恋人だから」
一瞬。
思考が止まった。
「今それ言う!?」
「今だから」
そして。
ユリアは。
次の患者へ走った。
心臓。
うるさい。
戦場のせい。
たぶん。
絶対。
そういうことにする。
「神谷光太郎」
リア。
見る。
「あなたは」
その表情には。
初めて。
理解できないものを見る色があった。
「なぜ、最適解を捨てる?」
「捨ててない」
「では」
「最適解って」
俺は。
周囲を見る。
兵士。
職人。
患者。
ユリア。
セリア。
全員が。
自分の答えで動いている。
「一個じゃないだろ」
リアが。
止まった。
その瞬間。
帝国先遣隊。
後退。
「敵が退くぞ!」
歓声。
追撃しようとする兵。
「追うな!」
今度は。
俺が命令した。
「目的は患者だ!」
兵士たちが止まる。
そう。
自由に考えることと。
目的を失うことは違う。
「移送を続けろ!」
「了解!」
戦場が。
再び動く。
一時間後。
最後の荷車が。
北門を越えた。
患者。
二百三十七。
死者。
ゼロ。
俺は。
その場に座り込んだ。
「……できた」
ユリアが。
隣へ座る。
「うん」
「全員?」
「全員」
「マジで?」
「数える?」
「いや」
空を見る。
身体中。
痛い。
疲れた。
怖かった。
何度も。
間違えたと思った。
でも。
生きている。
みんな。
「コータロー」
「何?」
「ありがとう」
「それ」
俺は笑った。
「俺の台詞」
「じゃあ」
ユリアが。
肩を寄せた。
ほんの少し。
「半分ずつ」
「何を?」
「ありがとう」
「変なの」
「嫌?」
「……嫌じゃない」
肩。
温かかった。
青い画面が。
静かに開く。
《結果を記録》
《初期推奨》
《野戦病院放棄》
《実行結果》
《患者237名救出》
《防衛線維持》
そして。
《未登録戦術を確認》
「未登録じゃない」
俺は。
小さく言った。
「人間が、考えただけだ」
9 敵にも、答えを持つ者がいる
リアは。
退却していなかった。
夕暮れ。
一人。
丘の上に立っている。
俺は。
セリアとユリアを連れ。
距離を取ったまま対峙した。
「終焉演算機構」
俺が言う。
リアの目が細くなる。
「それがお前のAIか?」
「私のものではありません」
「じゃあ誰の?」
「答える権限がありません」
「権限?」
やっぱり。
何かの。
組織。
あるいは。
管理者。
「《叡智の書庫》を知ってるな」
沈黙。
それが。
答えだった。
「俺のことも」
「はい」
「神谷光太郎って名前まで」
「はい」
「どうして?」
リアは。
しばらく。
俺を見る。
そして。
言った。
「あなたは、管理者候補だからです」
空気が。
止まった。
「……何?」
《叡智の書庫》が。
反応。
《該当情報》
《アクセス権限不足》
「おい」
《アクセス権限不足》
「俺自身の話だぞ!」
《アクセス権限不足》
腹立つ!
リアは。
青い画面を見ているように。
俺の目を見る。
「やはり」
「何が?」
「あなたは知らない」
「何を?」
「《叡智の書庫》が」
一拍。
「何のために作られたのか」
背筋。
冷える。
「知ってるなら言え」
「今は」
リアが。
首を振る。
「まだ」
「便利な言葉だな!」
「ただし」
彼女が。
初めて。
俺へ明確な敵意を向けた。
「一つだけ訂正します」
「何を?」
「あなたは」
リアの瞳に。
紫の光。
「唯一ではありません」
風が。
止まった。
10 もう一人
「どういう意味だ」
「そのままです」
「俺以外にも」
喉が。
乾く。
「《叡智の書庫》を使える奴がいる?」
「同一ではありません」
「じゃあ」
「知識演算系統への適合者」
リアが言う。
「あなた以外にも存在します」
心臓が。
速くなる。
地球人?
転移者?
転生者?
それとも。
この世界の人間?
「誰だ」
「答えられません」
「またそれか!」
リアは。
背を向ける。
「待て!」
「神谷光太郎」
足を止める。
「次に会う時」
振り返る。
「あなたの答えが」
紫の光。
「まだ、あなた自身のものか」
意味が。
分からない。
「何を言って」
空間が歪む。
「リア!」
消えた。
残ったのは。
焦げた地面。
そして。
小さな。
黒い結晶。
《叡智の書庫》
《未知端末を検出》
「解析」
《解析中》
《接続履歴を確認》
文字。
流れる。
《終焉演算機構》
《接続者情報》
一瞬。
表示が乱れた。
《第一適合者》
文字。
欠損。
読めない。
「くそ」
次。
《第二適合者》
「……え?」
名前。
日本語だった。
あり得ない。
この世界で。
何度も。
地球の痕跡は見た。
でも。
これは。
違う。
人名。
俺の知っている形式。
そして。
表示された。
《第二適合者》
《水城玲奈》
息が。
止まった。
「コータロー?」
ユリアが。
俺の顔を見る。
「知ってる人?」
答えられない。
知っている。
その名前を。
俺は。
知っている。
でも。
なぜ。
ここに。
《追加命令を確認》
青い文字。
いや。
違う。
青ではない。
紫。
《第二適合者への指令》
《対象》
《神谷光太郎》
次の文字が。
ゆっくり。
浮かぶ。
《排除せよ》
「……俺を?」
さらに。
《対象戦力再評価》
《予測開始》
数字が。
点滅する。
《神谷光太郎との交戦勝率》
一秒。
二秒。
三秒。
結果。
《算出不能》
俺は。
その文字を見つめた。
少し前までなら。
怖かったと思う。
答えがないことが。
未来が分からないことが。
でも。
今日。
俺たちは。
答えがなかったから。
二百三十七人を救えた。
俺は。
紫の文字を閉じた。
「コータロー?」
ユリアが。
もう一度呼ぶ。
俺は。
笑った。
「大丈夫」
「本当?」
「ああ」
水城玲奈。
もう一人の適合者。
俺を排除しようとしている存在。
何者なのか。
なぜ俺を知っているのか。
何も分からない。
だから。
今度は。
自分で確かめる。
AIが。
未来を教えてくれないなら。
俺が。
そこまで歩けばいい。
《勝率 算出不能》
それを見て。
俺は初めて。
怖いと思わなかった。
「やっと」
青い画面を閉じる。
「AIにも、答えがなくなった」
第3部 第5話 完
次回 第4部 第1話
「AI対AI」
戦争は終わっていない。
《叡智の書庫》とは異なるAI。
《終焉演算機構》。
そして。
第二適合者。
水城玲奈。
敵にもAIがあるなら。
次に問われるのは。
どちらのAIが優秀かではない。
同じ答えを与えられた人間が、何を選ぶのか。




