第5話「最後に見たもの」
病院の窓から、朝の光が入っていた。
体はまだ少し重い。
でも、目ははっきり覚めていた。
ベッドの横には、おばあさんが座っていた。
「起きたかい。」
「……はい。」
少しだけ沈黙が流れる。
そして僕は言った。
「僕、旅を続けたいです。」
おばあさんは驚かなかった。
少しだけ笑った。
「そう言うと思った。」
数日後。
僕はまたリュックを背負っていた。
おじいさんとおばあさんが駅まで送ってくれた。
「無理するんじゃないよ。」
「はい。」
「困ったら戻ってきな。」
僕はうなずいた。
「ありがとうございます。」
電車が来た。
ガタン、ゴトン。
ゆっくりと動き出す。
窓の外で、おばあさんが手を振っている。
僕も振り返した。
だんだん小さくなる駅。
小さくなる二人。
電車の窓から、日本の景色が流れていく。
山。
川。
小さな町。
知らない場所ばかり。
でも、どこか温かい。
僕はノートを取り出した。
旅を始めてから、ずっと書いているノート。
その最後のページを開いた。
ペンを持つ。
少し考えて、書いた。
僕が見た日本は、優しい国だった。
知らない人が声をかけてくれた。
ご飯をくれた。
泊めてくれた。
笑ってくれた。
テレビでは見えない日本。
ニュースでは流れない日本。
でも確かにある、日本。
僕は、その全部を見た。
電車の窓の外には、夕日が広がっていた。
赤い光が、町を照らしている。
とてもきれいだった。
僕は少しだけ笑った。
そしてノートの最後に、こう書いた。
「最後に触れたのは、人の優しさでした。」
それが、
僕が見た日本。
あの少年がその後どうなったのか、誰も知らない。
ただ、小さな町の食堂では今も時々こんな話が出る。
「昔な、旅してる高校生が来たんだよ。」
店主は笑いながら言う。
「日本は広いって言ったらさ、嬉しそうに笑ってた。」
山の町の小さな家でも、こんな会話がある。
「元気にしてるかね。」
「きっと、どこか旅してるよ。」
そして、どこかの古い図書館には、
一冊のノートが残っている。
表紙には、小さくこう書かれている。
「僕が見た日本」




