第4話「倒れた日」
朝。
鳥の声で目が覚めた。
窓の外は、やわらかい光で満ちていた。
昨日泊めてくれた家の台所から、いい匂いがする。
「起きたかい?」
おばあさんが笑った。
「朝ごはんできてるよ。」
食卓には、味噌汁とご飯と卵焼きが並んでいた。
普通の朝ごはん。
でも、すごく温かい。
「今日も旅かい?」
「はい。」
僕はうなずいた。
おばあさんは小さな包みを差し出した。
「弁当。」
「また?」
「旅人には持たせるもんだよ。」
僕は少し笑った。
「ありがとうございます。」
家を出るとき、おじいさんが言った。
「日本は広い。」
それは、前に聞いた言葉と同じだった。
「いろんな人がいる。」
そして少しだけ笑って言った。
「いいもん見ろよ。」
僕はまた歩き始めた。
山の道。
静かな風景。
空はすごく青かった。
しばらく歩いていると、急に体が重くなった。
息が苦しい。
「……あれ。」
足がふらつく。
視界が少し暗くなる。
僕は近くのベンチに座った。
心臓が速く打っている。
頭がぼんやりする。
そのとき、やっと思い出した。
僕は病気なんだ。
旅をしていると、忘れていた。
普通の人みたいに歩いて、食べて、笑って。
でも、本当は――
もうすぐ死ぬ体だった。
立ち上がろうとした。
でも、体が動かなかった。
そのまま、地面に倒れた。
空だけが見える。
青い空。
すごくきれいだった。
僕は思った。
ここで終わるのかな。
「大丈夫!?」
誰かの声が聞こえた。
足音。
慌てた声。
遠くでサイレンが鳴った気がした。
でも、もうよく分からなかった。
次に目を開けたとき、天井があった。
白い天井。
病院だった。
ベッドの横に、おじいさんとおばあさんがいた。
「起きた!」
おばあさんが泣きそうな顔をした。
「心配したよ……」
僕は少し驚いた。
「どうして……」
おじいさんが言った。
「町の人が見つけた。」
そして続けた。
「旅人が倒れたって聞いてな。」
しばらく沈黙があった。
僕は小さく言った。
「……すみません。」
おばあさんは首を振った。
「謝らなくていい。」
そして優しく言った。
「つらかったね。」
僕は初めて、少しだけ怖くなった。
旅は楽しかった。
いろんな人に会えた。
でも、今は分かる。
僕の時間は、本当に少ない。
窓の外を見る。
夕日が沈んでいた。
赤い空。
きれいだった。
僕は思った。
まだ、日本を見たい。
もっと。
もう少しだけ。
この旅の終わりが、近づいている。
でも、まだ終わりじゃない。
僕はもう一度、旅に出る。
そしてきっと――
最後に、何かを見る気がする。




