事故物件と勝敗
なぜこの男に蹴られたのか。
ノリは理由を考えたが分からない。
だが、ヒナをいじめる奴は敵だ。
「その手を離せ」
ノリの声に反応して、男はヒナの腕をさらに捻る。
ヒナの悲鳴が部屋に響く。
「やめろ! 俺もヒナも、ホロウじゃない。いいから、その手を離せ」
「お前らがホロウだったら、こっちがやられてる」
「だから離せ!」
相手は両手が塞がっているのに、ノリは簡単に蹴り返される。
「くそっ」
ヒナを盾に取られ、廊下を奥へと進んでいく。
「おい、カプセルはどこだ」
「……」
男が味方なのか敵なのか。カプセルの在処を知って、どうするつもりなのかがわからない。ノリは答えずにいると、ヒナの悲鳴が聞こえた。
「やめろ!」
「お前が答えればいいだけの話だ。もう手加減できないから、筋が伸び切ってしまうとか、骨が折れるとか、とにかく、この娘が悲惨な目にあうぞ」
ノリは作り付けの引き出しを指さした。
「この引き出しの上側」
「取って渡せ…… いや待て、カプセルを取って飲め」
ノリは考えた。
この男は、俺にカプセルを飲んで『ホロウ・シンドローム』に罹れ、というのだ。
「大丈夫だ、お前がホロウになったら、すぐにこの銃で処理してやる」
「ノリやめて、飲まないで。私のことなんかより」
「いや、飲むさ。飲まないと、君が酷い目にあうんだからな」
ノリは考えた。
カプセルを飲んで、ホロウになれば人間離れした力を発揮できる。
もしかしたら、川村やヨウコのようにホロウになっても記憶が残るかもしれない。記憶が残っていれば、自分を保っていられるのかも……
「ダメよ、ホロウは死とイコールな……」
大男は銃でヒナの腹を殴った。
「黙ってろ」
ホロウになったら持っているその銃で殺す。
人を殺すのではなく、ホロウを殺すのだから罪に問われない。
やっぱり最初のきっかけが分からない。
なぜ俺たち二人を殺そうとしているのか。
「飲むから、飲むから一つ教えてくれ。飲んだ後でもいい」
「なんだ」
「どうして俺たちを殺したい? 理由を教えてくれ」
大男は銃を突きつけた。
「ホロウになった時に言ってやる。言ったって、理解したって、遅いんだがな」
「それでいい」
ノリはカプセルを摘んだまま口に入れた。
「ノリ!」
大男は銃をノリの頭にピタリとつけた。
「まだ意識があるのか? 意識があろうが、なかろうが、お前たちを殺す意味を教えてやる。カゲトキも今頃同じように殺られているだろう。川村が『ホロウ』であることに気づいた人間は、殺さねばならない」
ノリは床に膝をついて、固まったように動かない。
ノリの代わりに、ヒナが訊ねる。
「どういう意味」
「川村は国が支援し、ようやく入手したホロウのサンプルだからさ。もっとも、今まで川村の真実を知ったものは、川村本人に殺されていたが…… 夫の三浦を除いて」
通常のエンバーミングより『エンバーミングした偽造証明書』を作る方が費用がかかっていた。それは夫三浦直樹の意思でも、ホロウ化した川村が三浦を脅したわけでもない、と言うことか。
そう考えてヒナは怯えた。
「どうして…… そんな……」
ヒナは突然、痺れたように体を震わせると、痙攣し始めた。
「……」
大男はノリを凝視した。
「お前、飲んでないな?」
固まっていたノリは顔をあげ、突きつけられた銃を奪おうとした。
大男は銃を跳ね上げるように動かすと、ノリを蹴り飛ばす。
仰向けに倒されたノリは、顔を踏みつけられる。
「おおかたカプセルを舌の裏にでも突っ込んだんだろう。飲み方が変だったからな。銃をずっと撃ってるのに反応しやがらないから、すぐ分かった」
大男は、痙攣しているヒナの腕を放した。
「ほら、見てみろ、この娘は感染しているぞ。さっきから銃が出すパルスで苦しんでる」
「!」
今度はノリが腕を捻り上げられた。
そのままキッチンに押し込まれる。
蛇口から水が流れ始める。
体を押し付けられ、髪を掴まれて蛇口の下に頭が入る。
「お前も感染しろ」
ノリは必死に抵抗するが、片手に銃を持ったままの大男に力負けしてしまう。
「そこまでだ」
聞き覚えのある声が響いた。
「カゲトキ」
大男は振り返った。
「俺だけじゃない。警察を連れてきている」
「令状がないと入れない臆病者が入ってくるわけ」
カゲトキの横に制服の警察官が銃を構えて現れた。
「人命に関わる緊急性があると判断した場合はその限りではない」
「神宮寺も当然連行されている」
「……だろうな」
大男は手を上げた。
「まあ、手遅れだがな」
大男はニヤリと笑った。
「なんだって!」
カゲトキが、大男を引き剥がす。
そのままノリの口に手を突っ込むと、腹のものを吐き出させた。
だがそこにカプセルは見つからない。
線虫はノリの体に取り込まれてしまったと考えるのが普通だった。
カゲトキはヒナを振り返る。
「ヒナ、君は? 君は大丈夫か?」
仰向けに寝転がり、体全体が伸び切った上で、痙攣を起こしている。
カゲトキはヘルメットにつながるマイクに向かい指示した。
「二名がホロウ化の可能性あり、緊急搬送を!」
待っていると、拘束ベルトがついたストレッチャーが来た。
ヒナとノリの二人は、それぞれ拘束されると、運ばれていった。
半年後。第三中学校にて。
「今日きた転校生、第五中の生き残りだって」
「まじか? 第五中って、謎の大事故でほとんどの生徒が消失したって噂だぜ」
「なんだよ、消失って」
男子生徒三人が話を続ける。
「親族の誰も、遺体を見たものがいないんだって。だから遺体じたいが『失われた』って話が出回っている」
「朔夜に関する噂と一緒じゃん」
「まあ、でも事故当日欠席、多大な心傷により転校に半年かかったってことだから別に納得じゃね」
それを聞いて、一人の生徒が笑った。
「その情報を信じるのは甘い」
「なんだよ、他にどんな情報が……」
笑った生徒は、スマホを机の上に置いて見せる。
「これだよ。ほら、ここに映っている二人」
「えっ、転校生の二人!?」
「これが実際の事件の中心人物だって話」
二人は驚くと同時に、話を疑った。
「あの二人、くっそ平凡じゃん。事件の中心人物、なんてことあるかよ」
「この配信者の『カゲトキ』って、朔夜の情報も流してんだろ」
「いや、本当の情報っぽいんだけどな……」
翌日。
第三中学に入るゲート。
ゲートを過ぎてすぐの場所に、昨日の三人が立っていた。
「なんでこんなところで転校生を待ってなきゃいけないんだよ」
昨日の生徒が、スマホを他の二人に見せた。
「ゲートに仕組まれた秘密って知ってる? ゲートには、通過時に電磁パルスを出して、謎の病原菌に侵された人間を識別する機能があるんだって」
「それ、また例のカゲトキとかいう、ヘンテコ配信者の情報だろ」
「シッ。きたぞ」
一人の男子生徒がゲートにカードをかざす。
ゲートが開き、生徒は何の苦もなく通過する。
右横のレーンに女子生徒が近づいてきて、カードをかざす。
その女生徒も、全く違和感なくゲートを通過した。
「……」
「今の、なんか変だったか?」
三人の生徒は首を傾げた。
そして、ゲートを抜けてきた転校生に近づいていく。
スマホの画像を見せながら、言う。
「藤原、三ツ木。これって、お前らだろ?」
スマホの画面には、学校ジャージを着た二人が映っている。
「ああ それは たぶん おれたちに にたじんぶつ だよ」
「そうね そんなえいぞう とられたきおく ないもの」
それら二人の転校生の声を聞いた男子生徒三人は、理由もなく寒いものを感じた。
おしまい
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