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第八話「何か落とし穴があるはずだ」

「えへへ、よしよし、キングをここに動かすよ。アイリスちゃん、次は?」

「……」

「……アイリスちゃん!」

「えっ?! どうしたの、おじいちゃん?」

「動いたよ」

「……ああ、そうだった。じゃあ…ルークをB2へ」

「ふむ、なるほど… それに、本当にヴァイオレットちゃんのチェスの用語使ってるんだな、何て言ってたかさっぱりわからんよ」




おじいさんは舌打ちしながら次の手を考え、私は全く別のことで気を取られながらぼんやりと盤面を見つめ直す。





「なあ、お前がヴァイオレットちゃんと一緒じゃないのって、結構珍しいことだな」

「…そうかな?

「そうだよ。普段はあの子が君と一緒に遊んで、変な言葉を延々と言ってるはずなのに」

「…ヴァイオレットさんは何かで忙しいんです」

「そうか…毎日のジョギングに君を連れて行かなかったのか?本当に、みんなに一緒に走ってくれって頼んでるんだけど、大人たちは忙しすぎるし、他の子供たちはそんな退屈なことの意味がわからないんだ」

「…」

「話したくなったら、いつでも聞いてくれ。心配するな、このじいさんは口が堅いから、絶対に内緒にしておく!あははは!」




おじいちゃんは、僕に何かあったと気づいて、助けてくれようとしている。

誰にも言わないのは分かっているけど…




「…話したくない」

「はあ~そうか… ちっ、アイリスちゃんももう、秘密は永遠に秘密のままの年頃だな…ああ、子供って本当にあっという間に大きくなるもんだ…」




おじいちゃんは顔に偽りの涙を浮かべたが、すぐに真剣な表情になり、私を見つめた。




「?」

「アイリスちゃん、これ以上詮索はしない。でも一つだけ約束してくれ、いいか?」

「???」

「自分の力で問題を解決すると約束してくれ。もし一人じゃ無理なら、お母さんでも俺でも、あのアッシュだっていいから、助けを呼んでいいからな」

「…うん、約束する」

「いい子だ、これで安心して休めるよ~ ゴホッ、ゴホッ!」




おじいちゃんの表情が元に戻り、私の判断を完全に信頼しているかのように、優しく微笑んだ。




「あら、大丈夫?おじいちゃん、水要る?それと、戻ったよ、アイリスちゃん!」




あっ。

ヴァイオレットさんだ。

ソフィーさんと一緒に戻ってきた。

仲直りしたみたいで、よかった。

本当に…よかった…

やばい。




「ちっ、どこに行ってたんだ、バイオレットちゃん?ジョギングがそんなに長引いたのか?ああ、水くれよ、アイリスちゃんと話してて喉が乾いた」

「了解、おじいちゃん!アッシュくん~水~。」

「はっ?!なんで俺がおじいちゃんの水を取らなきゃなんだよ?!自分で取れよ、魔女!」

「アッシュくん~」

「ひぇっ!!行く行く行くよ」

「ありがとう~」

『えっ、アッシュさんどうしたの?顔色悪いけど…』




アッシュさんは、紫さんが怪訝な顔で見つめ、ソフィーさんが笑いをこらえているのを見て、さっさと立ち去った。

ソフィーさん…




「で、どっちが勝ってるの?」

「ふん、誰だと思う?アイリスちゃんが俺に勝てるようになるには、まだ五年早すぎる!」

「へっ〜 前に同じこと言われたことあるけど、その時は結構楽勝だったわよ〜’」

「はっ?!あの時は手加減してただけだ。お前の実力がどれほどか、当時は知らなかったからな」

「誰にも手加減しないって言ってたのに、子供相手でも?」

「…細かいことは考えちゃダメだよ、バイオレットちゃん。それに、俺は負けより勝ちの方が多いんだから、お前が俺を安定して倒せるようになるにはまだ3ヶ月早い!ハハハハ!」

「…3ヶ月か。その日が来るのが楽しみだな」




そう言いながら、ヴァイオレットさんはおじいちゃんに優しく微笑んだ。

またあの感覚が蘇る。見た目よりずっと年上だというあの感覚を。

年上なのは私なのに…




「吸って、吐いて!…アイリスさん!」

「?!ど、ど、どうしたの、ソフィーさん?」




ソフィーさんが突然、全く予想外に私に話しかけてきたので、私はぎこちなく少しどもってしまった。




「ごめんなさい、アイリスさん!」

「…え?」

「ごめんなさい、アイリスさん!怒ってしまって、バイオレットちゃんに追いかけさせてしまって、ごめんなさい!」

「????」




目の前で深くお辞儀をし、また泣きそうな顔をしているソフィーさんを、私は呆然と見つめた。

謝る?何に対して?

間違ってるのは…こっちじゃないの?




「アイリスちゃん、君たちの間に何があったかは知らないが、この老いぼれには彼女の真剣さがよくわかる。本当に君に謝りたいんだ。どうか許してやってくれ」




違うよ、おじいちゃん、間違ってるよ、謝るべきなのは…こっちなのに…




「ごめんなさい、許してくれない?」

「…私…許すよ」

「!!ありがとう、ありがとう、本当にありがとう!」

「ほらね~アイリスちゃんはいい子だから、君が何か悪いことしたなんて思ってないよ。そうだろ、アイリスちゃん?」

「え…うん、そうだよ」




そう、彼女は何も悪くない。

間違ってなんかいない。




「で、そういうわけで…ごめんね、アイリスちゃん!」

「?なんで謝るの?」

「今日こそ挽回するって約束したから、今日はソフィーちゃんと遊ぶんだ!」

「?!バイオレットちゃん、いや、もういいって言ったのに――」

「それに私は(思春期の)尊厳を取り戻すためにやってるんだって言ったでしょ!」




ああ、やっぱりね。

いつもこうなんだ。

いつも。




「うん、いいよ。ソフィーさんと遊んでおいで」

「!!ありがとう、アイリスちゃん!そのお礼に中盤を制する「4つの黄金律」を教えてあげる!楽しみにしててね!」

「…うん」




そんなこと言わなくていいんだよ。

そんな空虚な言葉。




「バイオレットちゃん、水持って帰ったよ!あれ、どこに行ったんだ?」

「おぉ、ちょうどいいタイミングだ、アッシュ君!早くよこせ、砂漠みたいに喉が乾いてるんだ!」




その後、彼女はソフィーちゃんと一緒に出て行き、彼女が言った通り、明日まで全く姿を見せず、全てが元通りになった。




~~~~~~~




「アイリスちゃん、何かあったの?」

「え?どうして?」

「ママを騙せないんだよ、その可愛い顔で」




返事はせず、代わりに熱いシチューを口に運んで黙り込む。

いつもは家庭的な味わいがするはずの味が、今は何も感じられない。




「…紫ちゃんとの間で何かあったの?」

「…」

「前みたいに彼女にべったりじゃなくなったし、早起きして彼女の読書レッスンに付き合うのもやめたし」

「……」

「代わりにチェスに夢中なおじいちゃんを相手にしてくれて嬉しいけど、無理に付き合ってあげなくてもいいのよ?おじいちゃんには友達もいるんだから、ひどい扱いするけど……」

「……大丈夫、ありがとう」

「アイリスちゃん……」




言わなくてもわかる。

母は無駄に心配するだけだ。

だって僕は…




「あら!アイリスちゃん、おはよう!」

「…うん、おはよう、バイオレットさん」




だって僕は間違ってる。

これからもずっとそうなんだ。




「ああ、そうそう…アイリスさん…おはよう」

「うっ、またあのガキか」

「マジで、なんであの子ここにいるの?」

「ママに遊べって言われたけど、本当にやりたくない~」




あの時もそうだったし、ここでも同じだ。

誰も本当に私と一緒にいたくない。

そして、一緒にいる時は…




「おはよう、バイオレットちゃん!」

「バイオレットちゃん、起きてた!じゃあ151回目のデュエルしよう!今度こそ絶対勝つから!」

「おはよう、みんな!それとアッシュくん、落ち着いてよ。この3日間ずっと私に詰め寄ってるんだから…私にも生活があるんだからね…」




彼らも同じなんだ。

本当は僕と関わりたくないんだろう。

だって僕はよそ者だから。




「じゃあ〜アイリスちゃん、今すぐゲームしよう!『第三の黄金律』を教える時が来たわ!」

「ああ、結構です。アッシュさんとの決闘をどうぞ」

「 えっ、でも嫌だもん~アイリスちゃんと遊びたい~」

「!?『嫌だもん』ってどういうことよ!」




でもおかしい。

最初は納得できた。みんなまだ僕のことをよく知らないから。

でも彼女は、まるで本当に僕のことを気にかけているかのように、ずっとこの偽りの態度を続けてきた。

でもそれは不可能だ。絶対に無理だと分かっている。

他の皆と同じで、彼女は無理に私と一緒にいるんだ。

私と一緒にいるように、私と遊ぶように…

だって、私はまだ彼女にそれを示してないから。




「アイリスちゃんも遊び場に行くの?」

「うん、片付けを手伝いたいから」

「えーっ〜なんていい子なの。よくしつけられてるわね、メアリーちゃん」

「いえいえ、彼女は元々天使みたいな子で、私が何かしたわけじゃないんです」




私は片付けを手伝いたいという理由で残った。

そう言うと紫ちゃんも手伝いたいと言い出したが、幸いアッシュさんたちが彼女を遊び場に連れて行ってくれた。

当然だ、みんな私じゃなくて彼女と遊びたいんだから。




「よし、 もういい!アイリスちゃん、行っていいよ、まだ追いつけるから!」

「え?でも、まだ…」

「私がやるから、行っていいよ、後は大人に任せなさい!」




追い出された。

もう本当に行かなきゃ。ママに公園に行ってなかったことバレたら、絶対何かおかしいって気づかれる。

だからできるだけゆっくり公園へ向かう。着く頃には遊び終わってて、ゲームに巻き込まれないように。




『…』




でももし…もし紫さんが演技じゃないとしたら?

もし彼女が本当に私のことを好きで、私とチェスをするのが好きで、私に本を読んでくれるのが好きだったら…

もし…



「ねえ、アイリスさんって結構変だと思わない?」




そうだ、何を考えてるんだ?

私が経験してきたことを考えれば、誰よりもよく分かっているはずなのに。




「へっ!そんなこと言っちゃダメよ、彼女に!」

「おいおい、ソフィーちゃん、君もそう思ってるだろ?彼女がいない方がずっと雰囲気がいいんだろ?」

「いや、それは…」

「それに君だって彼女とはあんまり話してないし、僕たちと同じくらい彼女を気持ち悪いと思ってるんだろ?」

「えっと…」




気持ち悪い、そうか。

そうよ、私は気持ち悪い、居場所がないの。

あの楽しい時間は、いつかは消える運命だったんだもの。




「ほら見た?あの子、あんまり話さないし、一緒にいると気まずいんだ。だって、どうやってあの子と遊べるの、バイオレットちゃん?」

「え?ごめん、何て言ってたか聞き取れなかった。今クライマックス読んでて…うわっ、これグロすぎる…正気の沙汰じゃないよ、誰が書いたんだ?あの和やかな再会のシーンの直後に、家族全員を殺しやがったのか?アイリスちゃんのママ、なんでこんな本をコレクションしてたんだ?グロいミステリー小説のファンとか…?」

「…マジかよ?」

「ああ、気にしないで…わあ!」

「そういえば、君も結構変だよな」

「へぇ~ あら、褒め言葉はやめてよ、照れちゃうから!」




ヴァイオレットさんは相変わらず変な人で、面白いところを読むたびに変な声を出している。

声に出して読む時も同じだ。読みながらすぐに感想を述べ、自分の考えをとても上手く表現する。ただ、よく分からない難しい言葉もたくさん使うけど…

待て、考えるな。他の皆と同じで、君のために無理に読んでるだけだ。




「バイオレットちゃん!今アイリスさんの悪口言ってるよ!何か言ってよ!」

「え?待って、何?」

「何だよ?事実を言ってるだけだろ?何も言わないし、何もしないし、チェスの話ばかりしてるんだぜ」

「そうだ、そうだ!」




怖い。

紫苑さんが何を言うか怖くて。

全部演技だって分かってる。いつ仮面が剥がれてもおかしくない。

でも…直接聞きたくない…




「えっと、あの…」




聞きたくない

聞きたくない




「それは…」




黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れ!!!




「…ねえ、なんで私にそんなこと聞くの?」

「「「?」」」




…え?

どういう…どういう意味?




「彼女を好きじゃないって言うのに、私の承認でも必要なん?どういうこと?」

「「「?!」」」




一同、ソフィーさんまでもが、まるで狂ったことを言ったかのように、ヴィオレットさんを呆然と見つめる。

俺も同じで、何言ってるんだ?って感じで彼女を困惑した表情で見つめる。




「つまり、二人ともアイリスちゃんのこと、本当に好きじゃないんだよね?」

「え?ああ、そうだね!」

「うんうん!」

「それでいいんだよ」

「「え?」」




…ああ、そうか、そういうことだったのか。

バカだな、ただ一番長く一緒にいたからって…それにさっき変なこと言ったからって…何か違うことが起きるんじゃないかと思ってたなんて…




「?!バイオレットちゃん、どういう意味?!嫌いなんてダメじゃない!」

「嫌いって言葉はちょっと強いけど…まずは聞いて」

「「「「?」」」」

「ソフィーちゃん、彼女と友達なの?」

「?ええ、もちろんよ。アイリスちゃんはあなたの友達だし」

「はあ、そういうことじゃないのよ…」




その答えを聞いて、バイオレットちゃんは大きくため息をつくと、衝撃的な独白を始めた。




「ソフィーちゃん、彼女と遊んでる?」

「うん、遊んでるよ!昨日も一緒に鬼ごっこしたじゃん?」

「…じゃあ、君から進んで彼女と遊んでるってこと?」

「…え?」

「君から誘って遊んでる?鬼ごっこでもかくれんぼでも、何でもいいから」

「…ううん…」

「じゃあ、他の子もみんないるから、たまたまそこにいる彼女とだけ遊んでるってこと?」

「私…」

「…」

「…私…」

「…」

「…うん、そうね…」




ソフィーさんは、ヴィオレットさんが真剣な眼差しで自分を見つめているのを見て折れた。

確かに彼女は僕を擁護してくれてるけど、自分から誘ってくれたことなんて一度もない。




「じゃあ、彼女のこと嫌いなの?」

「違う!嫌いじゃない!ただ…ただ…」

「じゃあ、ただの知り合いってことね」

「知り合い?」

「そう、特に好きでもないけど嫌いでもない。毎日一緒にいるのは我慢できるけど、二人きりになると嫌になる。それが知り合いってやつさ」

「…そうなのか…」




知り合い?

友達じゃない、知り合い。

私を嫌いじゃない…でも好きでもない…




「じゃあ、君たち二人は?アイリスちゃんのことどう思う?」

「?!?」




ソフィーさんを片付けたヴィオレットさんが、今度は残る二人を攻め立てる。




「!えっと…嫌いだよ!」

「うん!」

「繰り返すけど、それでいいんだよ?誰かを好きになれなくても」

「「え?」」

「誰かが嫌いなら、その人と付き合う必要なんてない。相手の性格が自分と合わないのに無理に好きになろうとすると、かえって悪化するだけだ」

「…そう、そう! やっぱりわかってたんだね、ヴァイオレットちゃん!」

「…」




うん、そういうことだ。

そう、気にかけてるふりをするのに、実はそうじゃないってのが一番痛いんだよね。

へえ、バイオレットさんって賢いんだなあ、みんなに好かれるわけだ…




「でも、すごく残念なの~」

「「え?」」

「アイリスちゃんの良さをみんながわかってないってこと」

「「?!」」




…え?




「確かに口数は少ないけど、スイッチが入った時のギャップがたまらなく可愛いんだよ。好きなことになると延々と話し続けるし…超キュートなんだ」

「…」

「それにすごく根性がある。途中で諦めたりしないし、チェスのコツを教えたり読み方を教えたりする時も、理解しようと必死なんだ。最近は一緒に遊ばないけど…ああ、つらいよ~」

「…」




なんで…なんでこんなこと言うんだ?

おかしい、こんなこと言うべきじゃない。

さっきまで俺を嫌っててもいいって言ってたのに。それなのに…




とにかく、言いたいのは、もし彼女と付き合いたくなければ付き合う必要はないってこと。彼女の性格が本当に嫌いなら、好きになる必要もない。でも、自分の理想や考えを絶対的な事実であるかのように他人に押し付けようとしてはいけない。誰かを好きになるかどうかは、その人自身が自分で見つけるべきことだ。決して二人の間に干渉するな。

「……」

「もちろん、その人が本当に悪い人間なら話は別よ。人を殺したり、差別したり、楽しさからいじめたりするとかね……でも、その人に何の問題もないなら、『好き』か『嫌い』かはあなた次第なの。でもアイリスちゃんは何も悪いことしてないでしょ?」

「…ええ…」

「なら、そんな風に彼女のことを言うのはやめなさい。いい?」

「…わかった、バイオレットちゃん」

「うん、バイオレットちゃん、ごめんね」

「まあ、わかってくれたなら、それでいいのよ~」




…バイオレットさん…私と遊ぶのが好きなの?

私とチェスをするのが好きで…私に本を読んでくれるのが好きで…




「え?あら、アイリスちゃん、いたの!おじさんとお母さんの手伝いは終わったの?」

「?!」




しまった、見られた!

何て言えばいい、どうすればいい?!




「待って、アイリスちゃん、どこ行くの?!」




走らなきゃ、走らなきゃ。

今めちゃくちゃ混乱してる、頭が真っ白だ。

私…これを全部整理してからじゃないと、話せない!!




「アイリスちゃん?!待って、あっちに走っちゃダメだよ、危ないよ!」


今日の投稿を読んでいただきありがとうございます。

今日、新月が始まる直前に、この小説の閲覧数が200に達しました。

拙い文章ではありますが、200人もの方に読んでいただいていると思うと、なんだか不思議な気持ちです。

思いつきで書き始めたこの小説を、読んでくださっている皆様に、感謝してもしきれません。

改めて、本当に本当にありがとうございます。素敵な一日をお過ごしください。

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