狼煙
「こ、この力は!?」
祐人が衝撃風から、腕で自身の顔を庇いつつ、この風の発信源の方向に視線を向ける。
「ふむ……誰か、死んだのう。嫁探しの祭で命を落とそうとは……まあ、それも本望であるのなら良き人生と言えるのかの」
纏蔵の言うことは祐人にも分かっていた。たった今、生命が放つ氣を失った者がいる。
「いや、爺ちゃん……この相手を殺した奴は、嫁なんか探してなんかいない」
「ほう……確かにただならぬ殺気がまだ治まっている様子がないのう。まるで殺したらぬ、と言っているようじゃ」
「こいつの目的はただの混乱。四天寺家を潰しに来ただけだ! 爺ちゃん、ちょっと仕事をしてくるから!」
祐人は再び携帯を耳にやる。
「茉莉ちゃん、すぐにマリオンさんたちと瑞穂さんにさっきの内容を連絡して! この殺気と力の波動は、もう大祭なんて状態じゃなくなる! 一悟やニイナさんには避難するように、瑞穂さんには四天寺家の動員をお願いして!」
携帯を切った祐人は、すぐに走り出した。
その方向はいまだに放ち続ける殺気の主、ジュリアン・ナイトの元へ。
祐人が去ると、その場に残された纏蔵はマスクをとると眉間に僅かな皺を作る。
「ふむ、本当にそやつらの目的はそれだけかのう……」
そう言い、纏蔵はマスクを片手に蓄えた顎鬚を撫でた。
「それにしても祐人はまだまだ未熟者じゃ。儂の年齢を責めるのなら、他にもそれを責めなくてはならんのが何人かおったぞい。あのジュリアンとかいう者の年齢が至近で確認しておいて見た目通りではないことも分からなかったとはのう」
仙道のマスタークラス、つまり仙人と呼ばれる者たちには一際の幻術、幻覚等の術は通用しない。それは視覚を通してこの世を見るのではなく、仙氣と中庸の魂を通してその存在を知覚しているからだ。あるがままをあるがままに感じ、見て、自分自身もあるがままのこの世界を受け入れる。つまり、仙人には不自然なものが最初から見えていない。そもそもすべての自然しかみていないのだ。それ故に、この世界の理を誰よりも知っている。
「祐人も仙道の頂を垣間見ることはまだまだ先の……」
そうつぶやいたところで纏蔵は苦笑いをし、堂杜の二代前の当主、剣蔵の顔を思い浮かべた。堂杜初代と関わり、その時から長らく堂杜を見守り続けていたが、それは仙界からのものだった。
ところが若くして他界した剣蔵がその死に際、三仙であった自分に対し、まだ幼い、のちの祐人の父である遼一を頼む、と言われたその日から纏蔵は堂杜を名乗った。
それ以来、遼一が一人前になるまでと、堂杜の家に住み着いたが……結局、纏蔵は遼一が一人前になった今でも堂杜の家におり、祐人の祖父として存在している。
「いや、祐人は堂杜の嫡男じゃったな、健蔵。堂杜の霊剣師として大成しておるのならば良いか。思い起こせば儂も今は堂杜じゃ……。どれ、ちょいと見てくるかの…………何といっても暇じゃしの」
纏蔵は再び、マスクを被るとその場から姿を消した。
マリオンは第2試合会場の結果から騒然としている観覧席で携帯電話片手に顔色を変えた。それは参加者の一人が命を落とした試合の結果をみたものというばかりではない。今、マリオンは茉莉から衝撃的な内容の連絡を受けたのだ。
そして、その内容に2つほど愕然とした。
(あのジュリアンっていう人は存在しない人間!? しかも、ここまで届くほどのこのピリピリした霊力……あの人、今から何かやる気です!? それに茉莉さんの言っていたガストンさんって……まさか)
だが、今はその片方は無理やり引っ込めて、今すぐにしなければならないことをニイナと静香に伝える。
「ニイナさん! 静香さん! 早くこの場から離れましょう!」
ニイナと静香はマリオンの剣幕に驚く。
「え!? どうしたの? マリオンさん。茉莉さんから何て言われたの?」
「ニイナさん、敵です! 来ました! あの第2試合のジュリアン・ナイトという人物が、朱音さんの言っていたそれです! やはり四天寺の混乱を目的に参加者を装ってきたみたいです。それに、あの人は今からここを戦場にするつもりなのは間違いないです!」
マリオンは素早く立ち上がり、ニイナたちを四天寺家の外へ行くように促した。
「早く行きましょう! 私についてきてください! 嫌な予感がします」
「はい! 静香さん行きましょう! 一般人の私たちなんか、ひとたまりもないです」
「う、うん! 分かった!」
ニイナたちはマリオンを先頭に移動を開始する。
観覧席から離れるとマリオンは振り返り、大型モニターに映るにこやかな笑顔のジュリアンを見た。
だが、その姿は異様だ。
今のジュリアンは相手の虎狼という参加者の返り血で左頬を赤く染め、片手に鞘から出した剣を肩に抱えている。
マリオンはこのジュリアンの放つ好戦的な霊圧がここまで届いてることにいち早く気づいたが、それに遅れて他の観覧席にいる大祭敗退後に残った能力者たちも同様に、違和感を覚え始めたようで皆、一様に緊張した表情を見せている。
「お、おい……なんだよ、あいつ。一撃で相手を殺しちまった! それに……」
「ああ、この霊圧はまるで、俺たちも狙っているような」
「まさか、相手の血を見て狂っちまったんじゃねーだろうな。だってあいつ、人ひとり殺して笑ってやがる!」
マリオンは足を速めて、ニイナたちを連れて四天寺家の正門へと続く道へ急いだ。
すると、その道にいたるところで付近を警戒している四天寺家の人間に出会い、事情を説明して、ニイナたちを外に避難させるようにお願いした。
「おそらく瑞穂さんには連絡がいっているとは思いますが、念のため今の内容を全員に伝えてください! あと、すみません! この二人を外に避難させてください! 私は戻ります!」
「え!? マリオンさん!」
「私は大丈夫です! 二人は外に出て茉莉さんや一悟さんと合流していてください」
瑞穂の友人であるマリオンたちを当然知っているその四天寺家の者は驚きつつも、よく訓練されているのか手早く無線を使い、この緊急事態を運営本部に報告し、ニイナたちには敷地外に連れていくための車を用意してくれた。
「さ、お二方はこちらへ!」
四天寺家の人たちに促されてニイナと静香は車に乗り込むと心配そうにマリオンに顔を向ける。
「マリオンさん、気をつけてください!」
「マリオンさん……」
「ふふふ、私は大丈夫ですから。瑞穂さんたちだって問題ないと思います。ここは四天寺家の敷地内です。敵もいつまでも、好きには動けないと思いますから、おそらく、最初から、ある程度したら逃げる算段をしていると思います。ですが万が一があるので二人は早く避難してください」
マリオンが心配する二人に笑顔を見せて二人にそう言うと、ニイナと静香も頷き車は動き出した。
マリオンは車を見届けると、すぐに瑞穂の元へ向かい走り出した。
(今の私には分かります。この相手はとてつもなく……強い! でも、こちらには戦力がそろっています。大丈夫だとは思うのですが……え!? あれは!)
マリオンに戦慄が走る。
……先ほどまでマリオンたちがいた観覧席からジュリアンに勝るとも劣らない霊力の持ち主たちが、忽然と現れたのが伝わってきたのだ。
神に仕えるエクソシストのマリオンにはその霊力に含まれる悪意に敏感に反応した。
「そんな! こんなものはさっきまでまったく感じなかったのに! 一体、何が起こっているの!?」
マリオンは顔色を変えて近づくと段々と観覧席からの混乱した叫び声が耳に入ってくる。
観覧席のすぐ近くに瑞穂たちのいる主催者席がある。
「祐人さん! 瑞穂さんが!」
思わず、マリオンは声を上げてそのスピードを上げた。
「あはは! もうちょっと楽しんでからって思ってたけど始めちゃったねぇ! うん、いいよ、いいよ! 好きに暴れちゃって! ロキアルムの分までやっちゃおうか! そしたらスルトの剣も再建しよう! 僕が作ったスルトの剣をロキアルムに譲って100年で壊されたからねぇ。きっと御仁もその方が喜ぶだろうしね!」
無邪気に高笑いするジュリアンは、ナイト家に伝わる神剣ダンシングソードをまじまじと見つめる。
「やっぱり、この剣はすごいよ! 想像以上だ! 『勝利の剣』のレプリカと聞いているけど、ラグナロクでスルトに倒された豊穣神フレイの神剣のレプリカが、スルトの剣を作った僕の手にあるというのはいいねぇ! 因縁を感じるよ」
喜ぶジュリアンはダンシングソードを下ろし、歩き始める。
だが、その表情にもう笑顔は消えていた。
垂れていた目尻は吊り上がり、上がっていた口角はよりその角度を鋭いものに変わっている。
「ククク……四天寺の糞どもが。100年前の能力者大戦でのてめえらの忌まわしい顔は今でも覚えてんだよ……。世代は変わってんだろうが、その落とし前の一部をここで返してもらうぞ。スルトの剣の顔に二度も泥を塗りやがった、てめえら四天寺の壊滅で我らの反撃の狼煙としてやるわ! 堂杜祐人、マリオン・ミア・シュリアン、その片棒担いだてめえらも同罪なんだよ」




