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【書籍14巻発売!・コミカライズ全2巻】魔界帰りの劣等能力者  作者: たすろう
劣等能力者の受難

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トーナメント戦③


 試合開始15分前。


「……そろそろ、行くか」


 祐人は四天寺家に与えられた部屋のベッドの上で瞑想を解いた。

 臍下丹田に小さな……しかし濃密な仙氣をしたため、祐人は部屋から廊下に出ると、何十もの戦闘パターンを頭の中で確認しながら試合会場に向かう。

 今の祐人は数々の戦いを潜り抜けてきた戦士の顔をみせていた。


「……ど、堂杜さん!」


 屋敷の玄関を出ようというところで祐人は背後から声をかけられ振り向いた。


「……うん? あ、三千院さん?」


 どうやら琴音はこれから観覧席の方に向かうところだったのだろう。

 そこには三千院琴音が体を小さくし立っていた。

 琴音はちょっと気まずそうにすると、意を決したように深々と頭を下げた。


「あ、あの……昨日は申し訳ありませんでした! 私……あとで謝罪に伺おうと……」


「え!? あ! 気にしないで……」


「で、でも……私、よくお話も聞かずに……その……堂杜さんに……手まで上げてしまって」


 琴音は俯き……まるで本人がショックを受けているような落ち込みようだった。

 実際、琴音は他人に手を上げた記憶などありはしなかった。

 というよりも他人に対して……兄や三千院家のこと以外で、ここまで感情を動かしたことはあったろうか? とさえ思ってしまう。


「あはは……もう誤解だって分かってくれたからいいよ、琴音さん。そんなことより、これから観戦ですよね? 水重さんの」


「あ、はい」


 祐人は笑顔で促すように歩き出すと琴音もその横に肩を並べた。


「僕が言うのはおかしいけど、水重さんの応援頑張ってね。あ、もちろん僕は勝つつもりで参加してるよ? もし……水重さんとぶつかるとしたら決勝戦かな」


「はい……」


 琴音はまだ昨日のことを気にしているようだったので、祐人は話題を逸らしながら琴音に元気になってもらおうとする。

 ところが、その祐人の意図までをしっかり理解をした琴音は……何とも言えない表情になる。


(堂杜さんは……何故、堂杜さんが……私に気を使うのでしょうか。むしろ怒ってもいいはずなのに……。あの時……瑞穂さんの話になった時は、あんなに怖く怒りましたのに)


 正直、琴音はこの堂杜という少年と出会った時からペースを乱されっぱなしだった。その発端は兄である水重が、この少年を気にかけるような態度を見せたことに始まる。

 そして、そこまで兄が気にかけるほどの能力者に、琴音からは見えない。

 ただ……、

 今、琴音は諦めていたことで忘れかけていた、もうすぐで完全に消失するはずの感覚を思い出し始めていた。

 それは、祐人が瑞穂のために見せた怒りの態度で触れられ、今日の祐人の自分に対する他人行儀さで動きだした。


(私……瑞穂さんが羨ましい……のね)


「ああ! いたいた! ちょっと、あなた! 何て名前だったっけ……そう、堂杜! 堂杜祐人!」


 後ろから騒がしい少女の掛け声に祐人と琴音は振り返ると、そこには昨日に琴音と一緒に祐人を責め立てた中華少女が軽快な足取りで近寄ってくる。


「……い!? 君は……昨日の! しかも黄家の……たしか」


「秋華よ! 人の名前ぐらい憶えておきなさいよ。こんなに可愛い女の子を忘れるなんて人生の損失だよお兄さん!」


「……う、うん、ごめん」


「なによ、その表情は。まあ、昨日は悪かったわよ。でも誤解は解けたんだからいいじゃない。いつまでもそんな小さなことを気にしてるなんて良くないよ? お兄さん」


(それを自分自身で言えるのがすごい……いや、これが黄家の血なのか?)


「今、何か不愉快な感覚を覚えたんだけど……まあ、いいわ。実は伝えたいことがあってきたのよ! 琴音さんもいたから、ちょうどいいわ」


「伝えたいこと? 私にもですか? 秋華さん」


「うん! 昨日の覗きの犯人の件よ!」


「犯人……あ! 二人が僕と間違えた犯人!? 見つかったの!? 秋華さん」


 祐人もこの件に関しては気にかけていたのだ。

 自分が疑いをかけられたことが大きいが。


「多分、間違いはないわ。ただ……巧妙な奴でまったくと言っていいほど証拠はないの。私もあの時、偶然、いやらしい目に気づいただけだから……この私に気配を感じさせないなんて相当な奴だと思ってたんだけど……。くー! 今、思い出しても腹が立つー!」


「で、どなたなんですか? 秋華さん、その不届き者は……」


「参加者の中にいたのよ……どおりで手ごわいわけだわ」


「参加者に!? まさか……」


「その、まさかよ! 名前も調べたら“てんちゃん”ってふざけた名前で登録されていたわ!」


「てんちゃん……あ、多分……あのマスクをした人だな。そういえば……昨日、ラウンジにいたのに秋華さんが入ってくる直前に姿を消してた! あれは察知して逃げた……?」


 祐人も段々、腹が立ってきた。というのも行動が小賢しいし卑怯そのものだ。

 秋華も祐人の話を聞いてあらためて怒りを露わにする。


「逃げられたんだ! どうやって分かったのかしら!? しかも、あいつは参加者でしょう? この入家の大祭は色々な奴が来ているのは分かるけど、対外的には結婚するために来たようなものだよ? それなのに他の女性の……この私の! 珠玉の肌を覗くなんて!」


「そんな奴のせいで僕は……」


「でも、どうするんですか? 秋華さん。私も許せないですから、いくらでもご助力しようと思いますが、証拠がないとなりますと……。四天寺家の方々に相談いたしましょうか?」


「いいえ、ちょっと待って、琴音さん。それが相手を叩きのめす絶好のチャンスが回ってきているのよ」


「え? それは?」


「なんと! その“てんちゃん”なる不届き者と一回戦で戦うのがうちのお兄ちゃんなのよ!」


「まあ! それじゃ、秋華さんのお兄様が?」


「うん! お兄ちゃんは叩きのめして、あのマスクをはぎ取ってやると息巻いてたよ!」


 祐人は英雄の話になった途端に微妙な表情になる。


(うわぁ……言いそう。これは……相手も災難だね。まあ自業自得だけど)


 祐人が知る黄英雄はその性格、性情には難があるが、実力においてはランクAに相応しい力を持っているという人物だ。

 相手も手練れだろうが、この話でいくと英雄は間違いなく本気でいくだろう。

 となれば、全力の黄英雄はそんな簡単な相手ではないと祐人は考える。


「で、堂杜のお兄さんに頼みがあってきたの」


「え? 僕に? それは……?」


 この状況で秋華が自分に何をお願いしてくるのか皆目見当がつかない祐人。

 今までの話も昨日の件もあったから、誠意の意味で報告に来てくれたというように受け取っていた。


「もし、うちのお兄ちゃんが負けたら次は堂杜のお兄さんの番だから!」


「……は?」


「うちのお兄ちゃんって……優秀なんだけど、肝心なところで駄目なのよねぇ。だから保険をかけておかないと。ほら、うちのお兄ちゃんのところは勝ち上がったら、堂杜のお兄さんの試合で勝ち上がった方と明日やるのよ。だから、もしうちのお兄ちゃんが負けたら、お兄さんの出番! そういうことだから今日の試合、絶対に負けちゃ駄目だからね!」


「……」

「……」


 祐人も琴音も微妙な表情。


(何というか……ある意味、信頼関係の出来上がった兄妹と呼ぶべきなのかな?)


「分かったの? お兄さん。この私が応援してるんだから喜びなさいな! 嬉しいでしょ?」


 自信満々の笑みでいる秋華をそれぞれに見つめる祐人と琴音。

 琴音はどのような形でも、自分の兄以外の人間を応援する秋華の奔放さに衝撃を受けつつも眩しくも感じてしまった。

 今までの自分では……いや、昨日までの自分であったら決してこんなことは思わなかったかもしれない。


「……わ、分かった。あ! もうすぐ開始時間だ! じゃあ、僕は急ぐから!」


 祐人は時間を見ると慌てて走り出す。


「あ……堂杜さん!」


「うん?」


 琴音に呼び止められて、振り返る祐人。


「あ……その……頑張ってください。いえ! わ……私も! 覗きの犯人が許せないですから! 今だけです!」


「あ……分かった! もちろん! そもそも僕は全部勝ちに行くつもりだからね。でも、ありがとう! 琴音さん、秋華さん」


 祐人が手を上げると、秋華は陽気に手を振った。


「行ってらっしゃーい、お兄さーん」


 それを見た琴音は焦るように、


「行ってらっしゃいませ! 堂杜さん!」


 と言ったのだった。




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