第92話 「同居する奴隷」
仕事が終わり、僕は自分の割り当てられた部屋へと赴いている。
ここの奴隷は基本的に3人一部屋で割り振られており、見ず知らずの方との共同生活を強いられている。
ただ見ず知らずと言えども同じ奴隷という身分、そこまで気負う必要はない……けども、やはり初対面の人と同じ部屋で生活するのは緊張するし、怖い。
もしも乱暴な人だったらどうしよう。気分によって僕に危害を加える人だったらどうしよう。
そんな不安に掻き立てられ、僕は部屋の前で10分くらい葛藤していた。
ドアノブに手をかけ、手を放す。手をかけては手を放す。
そんな動作を繰り返し、いつまでもこのままではいけないと意を決し、ドアをゆっくりと明ける。
部屋の中には……。
「誰もいないや」
もぬけの殻だった。
それもそうか。時刻はまだ5時前、この部屋にいる人も仕事をしていると考えれば、早めに仕事が終わった僕が一番乗りでもおかしくはない。
誰もいなかったことに気が抜けて、僕はその場に腰を落とした。
「はあ……けど、この後来るんだよな」
あともう少しすれば同居人はやってくる。
果たしてその時に、僕は普通にしていられるだろうか。
心の準備だけはしておこう。
「それよりも、どうしようか」
僕は今、あることに悩んでいる。
部屋の中にはベッドが3つ、僕はどれを使えばいいんだろうか。
見たところ、3つ全部に使われていた形跡がある。
僕が来るまで二人部屋だったとかではなく、入れ替わりで僕がこの部屋に割り振られたということだ。
となると、どれを使っていいのかがわからない。
勝手に人のベッドを勝手に使おうものなら、何を言われるかわからない。
もしかしたらそれだけでも殴られるかも……なんて考えが頭によぎってしまった時点で、僕はこの部屋で好き勝手に動き回ることは不可能だという話だ。
結局のところ、この部屋の住人がやってくるまで、床で体育座りしているしかない。
*
この部屋に入って、1時間以上が経った。
いつまでたっても誰も来る気配はなく、そろそろお尻が痛くなってきた。
「お嬢様たち、心配してるかなぁ」
ふと、お嬢様たちが僕がいなくなったことにどう思っているのかが気になった。
心配してるんだろうか? 僕のことを探しているんだろうか?
いやそれよりも、ロイド先生は無事だろうか?
下手をすればお嬢様やライムさんにボコボコにされているかもしれない。
さすがに殺すなんてことはしないだろうけど、それでも何かしらの制裁は受けているかもしれない。
……僕が実験を断っていれば、こんなことにはならなかったんだよなぁ。
嫌なことを嫌と言える、そんな人間になれればと、この何もしない時間の中で考えている。
そんな不毛なことを考えていると、足音が聞こえてきた。
コツコツと音が響いて、確実にこの部屋に誰かが近づいている。
ついに来たかと、僕は反射的に立ち上がった。
座ったままで出迎えなんてありえない。百歩譲っても正座しながらだ。
そんな考えで僕は、背筋を伸ばして同居人がこの部屋に入ってくるのを待った。
そして、ドアが開く。
「ふぅ、今日も疲れたなっと。……ん?」
部屋に入ってきた男性は、身なりは割ときれいで、血色もよく健康的な体つきで、見た目では奴隷と思えないほどだった。
顔つきも疲れたとは言いつつもどこか清々しい感じがして、普通に仕事終わりの成人男性、といった感じだ。
「君だれ?」
男性が僕に問いかけながら、ベッドに腰掛けた。
「僕、今日からこの部屋で暮らすことになったユイ・イチホシです。よろしくお願いします」
なるべく聞き取りやすいように大きな声で、かまないように気を付けてしゃべった。
我ながらうまく話せたと思い、男性の反応を見てみる。
「ああ、そういやアストさんが言ってたっけな。新しい奴が入ってくるって。よろしく、俺はカルト・ヴォルス、ここにはもう5年くらいいるっけな。わかんないことがあったら遠慮なく聞いてくれたまえよ新人君」
男性……カルトさんは笑顔を浮かべながら僕を出迎えてくれた。
社交辞令に過ぎないだろうけど、わからないことを聞いてくれと言ってくれているし、あまり悪い人ではなさそうだ。
「しっかし君、結構若いよね。何して奴隷になったわけ? あ、ちなみに俺はまだ25ね。間違ってもおじさんなんて呼ばないでくれよ。傷ついちゃうから」
「あ、はい。僕は……」
特に何かをして奴隷に落ちたわけでもなく、偶然この世界に召喚されて奴隷になった、とは言いにくかった。
そもそも、異世界召喚ってこの世界的に普通にあり得ることなんだろうか?
僕が売られていた奴隷屋では、商品の一つして取り扱われていたのだから、一部の人間が異世界から何かを召喚できることを知っているのはわかる。
しかしそれが一般常識かどうかはわからない。
正直に言って信じられるかどうか、そんなことを考えていると、
「ああ……悪いな、あんま思い出したくないよな。気が利かなくてごめん」
僕が思い出したくない過去を思い出していると誤解したカルトさんは、申し訳なさそうに頭を下げた。
奴隷になった経緯に関しては別に悲観的なことは何もない。
というかこの世界に召喚されなかったら僕は普通に死んでいただろうし、ここで奴隷として拾われなければそれはそれで死んでいただろうし。
……改めて思い返すと世界が僕に厳しすぎる。
「ちなみに俺は借金で奴隷落ちしちゃってさ。いやまいったよ、あそこでやめてれば奴隷に落ちずに、むしろ奴隷を買う側になってたのにさ。調子に乗って賭けてまさかの金貨100枚分も借金、あと2、3年くらいはここでの生活しなきゃいけなくてさ」
特に聞いてもいないのに自分のことをペラペラとしゃべり続けるカルトさん。
奴隷に落ちてるというのにすごい元気そうだ。
というか、奴隷から解放されることなんてあるの?
「あの、僕らはずっとここの奴隷なんじゃ……」
「ん? ……あ、ごめん、また気が利かなかったな。ユイ君、そういう奴隷なんだ」
「そういう?」
「俺みたいな借金を抱えた奴隷や、罪を犯して刑罰代わりにここに送られる奴隷なんかは、借金を返したり必要年数ここで働けば解放されるんだけどさ……なかには、ほとんど死ぬまでここでこき使われる奴隷もいるんだよ。懲役が数十年レベルのやつとか、借金が一生働いても返せない額だったりさ」
なるほど、ここはそんなシステムで運営されていたのか。
ものすごいブラック企業と思っていたけど、温情も温情、奴隷に対してどこまでぬるいんだと思うほどに優遇されている。
普通なら死ぬまで奴隷なのに、カルトさんは合計で8年くらい働けば解放され、他の人はもっと早くに開放される可能性だってあるのだ。
となると、僕はどういう扱いになるんだろうか?
借金があるわけでも罪を犯したわけでもない。
明確な指標のない僕はずっと奴隷のままなのか……後でアストさんに聞いてみよう。
「ま、そう気を落とすなよ。一生奴隷だったとしても、ここの生活は割と快適だからさ。下手すりゃ、普通に働くよりも安定してるぜ。住所不定の輩なんか、ここで働かせてくれって懇願しに来るくらいだしさ」
僕の境遇がひどいものだと感じたカルトさんは気を遣うようにそう言ってくれた。
けど、僕としてはそこは別に大した問題じゃなかった。
それよりも、同居人のカルトさんが人を気遣えるいい人だったことに、たまらないほど安堵していた。
「よし、そんじゃ今日は俺がユイ君に飯でもおごっちゃおうかな」
「え、そんな悪いですよ」
「いいからいいから。ここにきてまだ初日だろ? ストレス発散はまだできない期間だろうし、それにこれから二人一緒に暮らすんだし、親睦を深めようぜ」
「二人一緒、ですか? それにストレス発散できない期間って」
「ああ、もう一人はつい先日借金返し終えて出て行ったんだ。あと、今日初日ってことは金持ってないっしょ? てことはここの施設も使えないってことだし」
「施設? 娯楽施設でもあるんですか?」
「めっちゃ楽しい場所だぜ。いつも誰かしらはいる状態だし、いくら奴隷としては好待遇つっても、低賃金で不満はたまるからな。そんな奴隷の不満を一気に解消できる、特別な場所さ」
「へえ、お給料をもらうのが楽しみになりました。頑張って働こうと思います」
「おう! 頑張れ頑張れ。んじゃ、メシに行くか」
「でも、ここで夕飯が用意されてるんじゃ」
「んなもん、別にいらねえって。俺たちは奴隷でも外に食べに行く自由があるからな。食堂で食べるかどうかは自由なんだよ。それに、外に食べに行くやつが多ければ多いほど、金のない奴の食う量が増えるから、喜ばれるってもんだ」
そういうものなのかな?
カルトさんの発言には多少疑問が残ったが、断る勇気もない僕はされるがままに連れていかれ、カルトさんと食事をすることになりました。




