第90話 「破格の待遇」
海で漂流していた僕は何とか無事に救出され、手厚く介抱されるというとても幸運な状況になりました。
けど一週間が過ぎたころ、僕の体調も万全になり、ベッドの上の生活も終わりを迎えました。
そして……奴隷としての生活が始まるのです。
「では、これから簡単なチェックを始める。この紙に質問が書いてあるから、正直に答えろ」
そう言って手渡された紙を見る。
質問の内容は、年齢に身長体重、他に得意なことなど、僕自身についてのことが多くあった。
あとは質問とはちょっと違う簡単な計算問題もあって、およそ10分ほどで全部書ききれた。
きっとこれは、僕にどんな仕事をさせるかを決めるためのものなんだろう。
嘘を書いても後々面倒なことになるだろうということは予想できるので、一切脚色のない、思ったままのことを紙に書き連ねた。
「書けました」
「うむ……お前、綺麗な字だな」
紙を受け取った男性は内容よりも先に、字について褒めてくれた。
「身体面でも特に不都合なことはなく、算術も問題なく行える。ある程度綺麗な身なりだったから予想はできていたが、どうやらお前は中々に使える男の様だ。だが……」
僕のことを褒めてくれた男性だけど、顔をしかめて、あごに手をやる。
「お前、対人恐怖症だろ?」
「え?」
思わぬ言葉に僕は声を上げる。
対人恐怖症……確かに、言われてみればそうかもしれない。
お嬢様やアニスさん、ライムさんにロイドさんと、かかわりのある人にはほとんど怯えてしまう。ジーナさんにいじめられた直後よりかはほんの少しマシになっただろうけど、それでも異常なレベルで人が怖い。
そんな僕の性質を、この人はすぐに見抜いた。
「どうして、わかったんですか?」
「お前は俺と一切目を合わそうとしないだろ。俺が声をかけた瞬間に体を震わせるし、いちいち反応が不自然なんだ。それに、奴隷を扱っているわけだからな。お前のような奴は何人も見てきた」
ああ、そうか。奴隷は他者に虐げられる存在、よっぽど強い心を持っていれば話は別だが、大抵の人は心が折れ、人間そのものに対して恐怖を抱いてしまうだろう。
この人はそんな人をたくさん見てきた。ゆえに、僕の性質を見抜くことができたんだ。
「しかし、これでは接客の仕事は無理だな。要領は良さそうだから重宝すると思ったが、人と関わる仕事は基本的になし、となると、事務的な仕事に回す……いや、あそこは人手は足りているな。これ以上増やしても無意味、他にある人手が必要なところは……」
うんうんうなりながら僕の仕事先を考えているのだが……口から出てくる仕事の内容が至って平凡だ。接客だったり事務だったり、奴隷の仕事とは思えない。
自分の立場が本当に奴隷なのかが疑わしいほどだ。
「まあ、こんなところか。3つほどリストアップした。この中から好きな仕事を選べ」
そう言って手渡された紙には、清掃、料理、娼館、この3つが書かれていた。
最初の二つはともかく、三つめは論外です。
必然的に清掃か料理のどちらかになるんだけど……。
「具体的な仕事内容って、どんなですか?」
「清掃はこの施設全体の掃除だ。広さは奴隷200人を収容できるほどに広く、部屋の数も膨大だ。料理は奴隷200人分の毎日の食事の準備だ。基本的に昼は各自でとらせるようにしているから、朝と晩に200人分を作らなければいけない。ちなみにだが、どちらも毎日行い、月の給料は金貨2枚だ。娼館の方は、週休二日だが、客によっては休日出勤もありえる。だがうまくすれば月に金貨10枚以上稼げる仕事だ。お前は中々に見栄えがいいし、対人恐怖症もそういったのが好きな奴も多い。中には恐怖症を克服した奴もいるし、あえてこれを選ぶという選択肢もあるぞ」
「なるほど、どっちも内容は簡単ですね……って、お給料が出るんですか?」
娼館はどんなに好条件でも選ばない。それはさすがに怖すぎる。
奴隷なのに給料が発生するとはこれいかに。
「ああ、給料は出るし仕事によっては休みもある。この清掃と料理も暇な時間があればそれが自由時間となるから、この施設の奴隷は……まあ、破格の扱いを受けているといっても過言ではない」
確かに奴隷としては異例と言えるほどの扱いだ。
さすがに待遇がよすぎるなとは思ったけど、そのあとの言葉に納得する。
「だが、取得の内の半分は上納金として回収し、さらに銀貨50枚が奴隷たちの食費や管理費となり、徴収される」
銀貨は100枚で金貨1枚換算だから、お給料の4分の3が持っていかれるということか。手元に残るのは銀貨50枚だから、日本円なら大体5万円と言ったところだ。
一か月働いて5万円、正直バカにしているのかと言いたくなるほどの安月給だ。
それでも、奴隷という立場を考えれば全然割に合う。
つまりこの場所は、奴隷を使った超ド級のブラック派遣会社、みたいなものだということ。
労働基準法なんて存在しないだろうし、何より奴隷を扱ってるわけだから、法的には何も問題はない。
むしろ奴隷を有効活用する非常に考えられたシステムにも思える。
だって奴隷が200人いるってことは、一人一人から金貨1枚を回収すれば合計200枚、食費と言ってる銀貨50枚もごまかしてる可能性があるし、かなりの量の金貨を一か月に稼げる。
日本円なら最低でも2000万円以上、それが奴隷をこき使うだけで転がり込んでくるのだ。こんなぼろい商売はない。
しかも奴隷にとってはありえないほどの好待遇だ。
「色々とメリットもデメリットもあるが、奴隷にとっては天国のような場所だ。で、どの仕事を選ぶ?」
「じゃあ料理で」
「わかった。では明日から仕事をしてもらう。今日のところは仕事場がどんな所かを見学しておけ」
「はい……あの、一ついいですか?」
「なんだ?」
「お名前を聞いてなかったなと思いまして」
「ああ、そういえば言っていなかったか。アスト・エンドだ。苗字はあまり好かん。アストと呼べ」
「はい、よろしくお願いします、アストさん」
こうして、僕のこれからの生活は決まった。
当面はここで僕と同じく奴隷の人たちの食事を用意する仕事を全うするのであった。




