第66話 「忌々しい記憶」
今回はセウル視点です
「アニス、どういうことか説明しなさい」
私はベッドに眠るユイを見ながら、アニスに促す。
「かしこまりました、お嬢様。といっても、私もすべてを把握しているわけではありません。お昼ごろにユイ君がこの屋敷に戻ってきたのですが、私と目を合わせた瞬間に突如として混乱し、そのまま意識を失ったのです」
「アニスを見て? なにかしたの?」
「いえ、なにも。私はただ掃除をしていただけで、ユイ君には何もしていません」
「ホントに?」
「真実です。決して嘘偽りはございません」
そうアニスは言い切るので、おそらく本当に何もしていないのだろう。
突如混乱したというのなら意識を失った原因は精神的なものだ。
そして、昨日は少し様子がおかしかったものの、まだ体調が悪いからだと思えるものだった。
ならば、ユイが混乱した原因は朝から屋敷に戻るまで、つまり学園にいたときに絞られる。
「考えられる可能性としては……」
私はユイが寝ているベッドの横に目をやり、原因を知る可能性のある女を見つめる。
「ああユイ様、なんてお労しいことでしょう。できることならあなた様の苦しみ、私が変わってあげたいですわ」
ライム・ミヤ、ユイと同じ工房に所属する、いけ好かない失禁娘だ。
ユイが今日学園に赴いたのは、ロイドが性転換装置を作っているかどうかの監視が目的だ。つまり、その工房内で何かが起きた可能性が高い。
……と思いもしたが、その可能性は限りなく低い。
この女が屋敷にいるのは、ユイを心配してのものだ。
私が工房で魔文字の研究に勤しんでいたころ、この女は不躾に工房へと乱入し、私の家の場所を問いただしてきた。
聞けば、ユイの様子がおかしく心配だから、お見舞いに行きたいとのことだった。
普段なら一蹴するところだったが、どうにも様子がおかしかった。
何よりこの、弱くもプライドだけは一丁前の女が、頭を下げたのだ。
ただならぬものを感じ、私はこの女を連れて速攻で屋敷へと戻ってきた。
もしも工房内での出来事ならばこの女が原因を知っているはず。しかしこの女も原因を知らないらしい。
とすれば、工房で何かが起きたわけではない。
「ユイに直接話を聞けばいいんだけど」
「無理ですね」
「そうよね、ユイは迷惑かけたくないって思うでしょうし」
「いえ、そういう次元の話ではないでしょうね」
「は? それってどういうこと?」
「ユイ君は今、まともに会話できる状況ではないありません。私と直面しただけで意識を失ったんですよ? すべてを事細かに話すことが可能だとでも?」
「……無理か」
ユイの混乱した様子を直接見たわけではないが、人を見る目に関しては人智を超えているアニスが評したのなら、そうに違いない。
「じゃあ、どうすれば……」
「記憶を掬い取ればいいではないですか」
何事もないようにアニスが言ってのけた。
記憶を救い上げるなんて、簡単に言って。
「あの魔法、私は嫌いなのよ。魔力の扱いを学ぶために習得はしてあるけど、人の秘密を覗き見るなんて私の趣味じゃないわ」
やろうと思えばできる。多少複雑な魔力操作が必要で、失敗すれば後遺症が残るリスクのある魔法だ。
しかしそれでも、私なら十中八九成功する。
が、人の記憶を勝手に覗き見るなんて悪趣味にもほどがある。
できれば使いたくない。
「私は、やるべきだと思いますわ」
ライムがユイを見ながら言った。
「掬い取った記憶、私が見ることも可能でして?」
「そりゃまあ、やれないことはないけど」
「でしたらお願いしますわ! 私、ユイ様のお力になりたいんですの!」
……この女が一日に二度も懇願するなんて。
本当に、ユイのことを思っているのね。
「……はあ、わかったわよ、やればいいんでしょ」
好きな人のためにプライドを捨てている人間が目の前にいるのだ。
それを私の好き嫌いのために無碍にするのは目ざめが悪い。
私はしぶしぶ了承し、ユイの記憶を救い上げる作業に移る。
「ごめんねユイ、あなたの記憶、見せてもらうわ」
ユイの額に手を乗せて、魔力を送り込む。
まずは私の魔力をユイの脳周りの魔力とリンクさせる。
そして脳を壊さないように魔力の結合を行い、私の脳周りの魔力とも結合させる。
「あんたらにも魔力を送るから、何もしないでよね」
掬い取った記憶を2人にも見せるために、魔力の結合を4人で行う。
はっきり言って私以外にはこんな芸当はできない、趙高等技術だ。
記憶を掬い取るだけでも一握りの天才しかできない。
その記憶の共有など、自分で言うのもなんだが人間業じゃない。
「なんか、不思議な感じですわ」
「あまり慣れないものですね」
「黙ってなさい。今から記憶を掬い取って送り込むから」
記憶を見る準備は整った。
私が魔力を込めると、イメージが頭の中にわいてくる。
これはユイの記憶だ。
ユイの今までの人生すべてが、私とアニス、ライムに送られている。
これを見ればユイがこうなった原因がわかるはず。
そして原因がわかれば、その解決法だって……
なんて思っていた愚かな私を、思いっきりぶん殴ってやりたかった。
「あっ、がっ……!」
ライムが膝から崩れ落ち、声にならない声を上げ始めた。
アニスも、ライムほどではないが狼狽え、顔を手で覆っている。
そして私も、
「な、によ……これは!」
強烈な嫌悪感に襲われた。
胸糞悪いにもほどがある。
これはなに? いったい何をすればこんな人生を送る業を背負わされるの?
ありえない、ありえていいはずがない。
なぜこの子は、今まで普通にしていられたの?
なぜ今日まで壊れずにいられたの?
なぜ人は、この子に残酷でいられたの?
尽きない疑問が次々に頭に浮かびあがり、そのたびに嫌悪感が増幅していく。
「クソが!」
無意識に握りこぶしを作り、壁を叩きつけていた。
無性に腹が立つ。
「何ですの? これは本当に、ユイ様の記憶ですの?」
映像として見せられても、信じられなさそうにライムがつぶやく。
その気持ちもわからないでもない。
あまりにも残酷な仕打ちだった。
人とは、傷つけていい大義名分を持てば、あそこまで残酷になれるものなの?
何も悪くない無実の子を、ただ楽しいからという理由で痛めつけられるの?
……この世界には奴隷がいて、ユイに似た仕打ちを受けている子もいる。そういう人間がいるってことは、胸糞悪いけど想像できていた。
けどユイは、平和な世界の、平和な国の子でしょう?
奴隷制度なんてものはなく、人が平等に評価される理想的な世界のはず。
少なくとも私は、ユイの記憶を見てそう思った。
なのに、どうしてユイだけがあんなにも傷つけられるの?
どうしてユイが不幸にならなければいけないの?
ユイは何一つとして悪くないのに。
「過去に何かあるとは思っていましたが、想像以上でしたね」
アニスでさえ狼狽える仕打ちだ。それほどまでに、尋常ではなかった。
過去にユイをいじめていたやつら、そいつらにありとあらゆる苦痛を与えてやりたい。
ユイにした仕打ちがどんなことなのかを身をもって知らしめたい。
でも、それ以上に殺さなければいけない奴らがいる。
「ライム、あの女、ジーナって言ったかしら?」
そいつさえいなければ、ユイはこの世界で壊れずに、幸せな気分でいられたのに。
「ええ、ジーナさんはアラムさんの工房に所属する学生ですわ。毎日、工房にいるはずです」
あの女が、ユイの心を完膚なきまでにへし折った。
「アニス、準備していなさい」
なら私は、
「かしこまりました」
ユイの心を壊したあいつらを、
「ライム、あんたも来なさい」
完膚なきまでに叩きのめし、
「もちろんですわ」
ユイの味わった苦しみを全て味わわせ、
「行くわよ」
ぶっ殺す!




