第59話 「友達」
「ではこれにて授業を終了する。毎度のことだが、ほとんど私の話を聞いていなかったな」
授業を適当に受けていた生徒たちに言葉を投げかけ、キョウチ先生は教科書を閉じる。
僕以外の人は教科書を開いていないどころか、寝ている人がいれば途中退出する人もいたからな。少なからず成績に影響するから出席しているだけで、勉強しようなんて人は皆無だ。
最初に授業をする理由は最低限の知識は必要であり、バカではまともに戦えないという理由もあるのだけど。
あのお嬢様すら、魔術に関しては別だが、数学や国語、一般的な知識ではバカと言っても差し支えない。
そんな馬鹿な人たちが序列上位にいるからこそ、みんなも勉強に身が入らないんだろうけど。
「ああそうだ、この後、武道場を貸し切っておいた。希望者は私が格闘訓練をつけてやる。今日一日はつきっきりでお前らに付き合ってやる」
そう言い残し、キョウチ先生は教室を後にした。
先生の格闘訓練か、それはぜひ受けてみたかった。
近接戦闘の訓練はアニスさんと日々行っていて、それなりに自信がある分野だ。
アニスさんだけでなく他の人相手にどれだけ通用するのか、それを確かめておきたいところではある。
そう……女の子の体でなければ。
こんな姿で近接格闘なんて冗談ではない。
惜しいところであるが先生との訓練はスルーしておこう。
今日は、ロイド先生に確実に性転換装置を作ってもらわなくては。
と、僕は教室を出て工房へと赴こうとする。
そこへ、
「ねえユミちゃん、ちょっといい?」
立ち上がろうとした僕の肩にライさんが手をかけた。
「あ……と、なんでしょう?」
「いやさ、君にちょっと聞きたいことがあってさ。時間ある?」
「は、はあ……まあ少しなら」
「おお、あんがと。そんでさ、ユイ君のことについて一つ聞きたいんだけどさ」
「ユイ兄さんについて、ですか? まあ、それは構いませんけど。向かうところがあるので、歩きながらでいいですか?」
「もちろん。そんじゃ行こうか」
そうして僕は、教室を出て工房まで向かい始める。
それにしても、僕について聞きたいことって何だろう?
わざわざこの姿の時に聞くってことは、僕本人には聞きづらいことなのだろうけど。
「それで、お話って何ですか?」
「ああ、それなんだけどさ、その前に……」
ライさんは話をする前に、頭に手を置く。
思案するように……というか、鬱陶しそうな顔で。
「なんで、お前がいるんだよクラン」
そう、今この場には僕とライさんだけでなく、オズキ・クランさんもいる。
あとついでにライムさんも。
「俺もユイの妹に聞きたいことがあってな。なんだ、俺がいたのでは話しづらいか? それならば席を外すが」
「ああ邪魔だ邪魔だ。とっととどっかいけ」
なんてことだろう、序列10位のオズキさんに、序列最下位のライさんが邪険に扱っている。
僕は内心ハラハラしていたのだが、オズキさんは大して気にしていないようだ。
「なるほど、邪魔か。俺としてはユイの妹にいらぬ手間をかけたくなかったゆえに一度に済ませてしまおうと思ったのだが、仕方あるまい。すまないがユイの妹よ、ライの話が終わった後に少し時間をもらえるか?」
「んだよその嫌味な言い方。わーったよ、ユイ君の妹ちゃんにいらぬ手間なんてかけさせねえよ」
そういって、ライさんはため息をついて話を切り出す。
僕としては二度手間くらい別によかったんだけど。
「ユミちゃんが知ってるかどうかわからないけどさ、ユイ君は、本気でアイラに勝てる気でいるの?」
「アイラさんに……ですか?」
予想外の質問だった。
ライさんは序列とかそういう、争いごとなんて興味がないように思えた。
だから僕のアニスさんから与えられた課題、アイラさんに勝つということも興味がないと思っていたし、仮にあるとしても、面白いものでも見るような感覚だと思っていた。
こんな、わざわざ聞くこともないと思っていた。
「アイラはさ、序列2位で正直勝てる要素なんて0だろ? そんなやつ相手にしなきゃいけないのに、ユイ君はすごい余裕そうでさ」
「まあ……あくまでも私の予想ですけど、勝てると思っていますね」
「マジでか」
「はい。むしろアイラさんより、アルちゃんとの方が難しい戦いになるって思ってるみたいですよ」
「アルちゃん……ああ、アル・クールか。随分と仲いいみたいだね」
ついアルちゃんといつもの呼び方をしてしまった。
いやでも、ライさんは僕とアルちゃんのつながりを知らないはず。呼び方が馴れ馴れしくても、多少不思議に思うだけで、僕の正体に感づくことはない。
「はい、アルちゃんとはこの前知り合って、お友達になったんです」
「ふーん、まあ確かにあいつは持久戦にめっぽう強いし、戦績自体も負けなしだからな。それにしても、序列223位の方がユイ君にとって強敵か……なるほどね。ありがと、参考になったよ」
ライさんは納得したように声を上げ、笑顔で話を切り上げた。
今ので満足してもらえたのならよかった。
「それで次は、あなたの質問ですね?」
「うむ、だが難しい話ではない。ユイは普段、どのような鍛錬をしているのだ?」
「鍛錬ですか?」
「そうだ。いやな、今やっている鍛錬に慣れてきたゆえに、新しい取り組みを行いたいと思っていたのだ。そこで、ユイが普段やっていることを参考にしようと思ってだな」
オズキさんのやってる鍛錬て、魔力を0にして行う筋トレだよね?
ライムさんはあの装置を使って死にかけていたのに、もうあれを使っての鍛錬に慣れたとか、この人はどこまで体を鍛えるつもりだろう?
体の強度なら、この世界の人より体が丈夫なはずの僕も、軽く凌駕しそうだ。
「そうですね、ユイ兄さんは基本的には2つしかやっていないです。お屋敷にいるアニスさんってメイドの人と、近接戦闘の訓練を。魔力の扱いに関しては、セウルお嬢様から教わった、カジノで使えるイカサマです」
「メイドと訓練? イカサマ自体はそんな訓練があるとは聞いたことがあるが、そのアニスという女性は強いのか?」
「私から見れば、相当に強いです。お嬢様もアニスさんにはどうすれば勝てるのかわからないって言ってましたね」
その言葉に、オズキさんはもちろん、ライさんも驚きの顔を見せる。
「マジでか、あのセウルよりも強いとか、どうなってんだ? いやまあ、メイドとはいえシュテル家に仕えているんなら、相応の強さなんだろうけどさ」
「まああの人の強さは特別です。ちなみにユイ兄さんの使う道具とかやり口は、アニスさん直伝のものです」
「ふむ、なるほどな……わかった、ユイの勝ち方は、そのアニスから教わったということか」
「そうなりますね。すいません、あまり参考になる話でなくて」
「いや、そんなことはない。今の話を聞いて、ある程度の指針は決まった」
「そうですか、それならよかったです」
正直今の話で何の指針が決まるのかわからないけど、満足したのならよかった。
オズキさんはこの学園国家の中でも割と常識的な人だし、何かと役に立ちたいし……と、ふとあることを思った。
「みなさんは、ユイ兄さんのお友達なんですか?」
気になってしまった。
みんなが、僕のことをどう思っているのか?
はっきりとさせておきたかった。
そんな僕の疑問に対し、
「ユイ君と? まあ、俺は友達だと思ってるな。ユイ君はちょっとよそよそしいとこあるけど、友達だと思ってくれてるならうれしいね」
「友……か。考えたことはなかったが、そうだな。俺はユイを認めているし、感謝もしている。あいつがどう思っているかは知らんが、俺は友としてありたいと、そう思っている」
ライさんとオズキさんは、即座に答えてくれた。
僕のことを、友達だと。
それに続きライムさんが、
「私はユイ様と主従の関係ですわ! 私に屈辱と快感を教えてくださり、導いてくれるお方! ユイ様のためでしたら、私はこの身を捧げますわ!」
「ユミちゃん、このドM失禁お姫様の言葉は無視していいから」
「はい、聞かなかったことにします」
そう告げ、前を向いて工房まで歩き続ける。
道中で、ライさんとオズキさんとはもう別れた。
……気づいていないうちに、僕には友達ができていたんだな。




