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第37話 「メイドにいじられる主人」

「あーっと、それでは結果を発表するが……」


 キョウチ先生は困惑しながら結果発表を行う。

 スタート地点に集まったクラスメイトたちは、キョウチ先生の話を聞きながら横になっている。

 どこも激闘だったらしく、この場で平然としているのはお嬢様とクランさん、そしてまともに戦うことをしなかったライさんと、お嬢様に氷をゆっくりと溶かしてもらって何の外傷もない僕だけだ。

 だがキョウチ先生はそんなことに困惑しているのではないだろう。

 人が倒れているのは日常茶飯事のこの学園において、それを気にする教師ではない。

 気にしているのはただ一つ、その結果内容だ。


「11対0でオズキ・クラン率いるBクラスの勝利だ」


 その発表で、この場にいるものはすべてざわめいた。


「は!? 11対0!? 負けたにしても、5対6の間違いでしょ!?」


 予想外の結果にセウルお嬢様は大声をあげた。

 自分の計算では、負けたにしても僅差で負けたという物だったから、圧倒的なまでの敗北を認めたくもないのだろう。


「叫んでもこの結果は変わらんぞ。次に各自の成績発表だが、ライ・エフォート、1、オズキ・クラン、5、ユイ・イチホシ、5……にわかには信じられん話だ。クランが5つ制圧したのはまだ理解できるが、エフォートが1つ取ったこと、イチホシが5つも制圧したなどと……」


 結果だけ知らされ詳細が分からないキョウチ先生は、その結果に半信半疑になりながらも、伝えるべきことだけは、粛々と伝える。


「今回の結果で、次期の序列にも変動があるだろう。だがまあ、すでに10位のクランはそのままで、エフォートも一時的に最下位から免れるだけ、イチホシの序列だけが大幅に上昇するだ」


 ……ライさんの序列は、一時的に上がるだけ?

 まるですぐに最下位に落ちるような言いぶりだ。


「ライさん……」


 一つ質問しようと思ったけれど、ライさんはすでにこの場から消えていた。

 さっきまで非常に楽しそうだったから、結果を知ってもう満足してしまったのだろう。


「ユイ、私はもう帰るわ。この借りは今度返すから、覚悟してなさい」


 それだけ言い残し、お嬢様も学校方向ではなく、屋敷の方へと戻って行った。

 言葉は冷静だったけど、悔しさを隠しきれてなどなく、少し涙目であった。

 僕も帰ろうかなと思うと、いきなり肩を掴まれた。


「イチホシ、話がある」


 クランさんが、神妙な顔つきでそこに立っている。

 これは、怒ってるのかなぁ。


「貴様、俺を謀ったな?」


 やっぱりその話か。


「別に、謀ったつもりは……」


「貴様は、このままではセウルに負けると俺に言ったよな?」


「……………」


 何も言い返せない。

 あの時、完全勝利のために優位状況に関わらず、不利な状況だと虚偽の情報でクランさんを動かした。

 さきほどの結果発表で、その嘘が露呈してしまったのだ。

 ……制裁を受ける覚悟は、とうにできている。


「煮るなり焼くなり、好きにしてもらっても……」


「そんなことはしない。結果は11対0、セウルに完全勝利したことに変わりはない。ただ勝つよりも気分はいい」


 お咎めなし、想像以上に勝利がご満悦だったのかな。


「だが、次このような機会がある時は、全てを包み隠さず俺に伝えろ。言っておくが、今回の件でお前は俺から信頼を勝ち取っている。偽物の指であること俺からの信頼だ」


 その言葉に、一体どんな意味が込められているのか。

 フェイク・フィンガーと呼ばれあれほどまでに激高した男が、自らを偽物と呼び、僕を信頼すると言った。


「それと一つ聞きたいのだが……ライの奴は、やる気を見せたのか?」


「ライさんですか?」


 唐突にライさんの名前を出され、頭に?が浮かんだ。

 序列10位の男が最下位の男を気にかけるとはどういうことだろうか?

 ライさんとクランさん、この2人はどんな関係なのか……聞いても教えてくれなさそうだけど。


「ライさんは特に何かをしたってことはないですね。僕についてきただけで、特別なことは何も」


「……そうか」


 一瞬、悲しそうな表情を見せるクランさん。

 そんな意外な表情を見せてから、クランさんは背中を向けた。


「今回は良い働きだった。次も期待してるぞ」


 上から目線で、クランさんは帰宅していった。

 僕もここにいても何もやることが無いので、屋敷へと戻っていく。

 ……けど、なにか忘れてる気がするんだよなぁ。


     *


 僕が帰ったそのすぐ後の話。

 スタート地点では、こんな会話がされていた。


「シュテル君はいますか?」


 慌てた様子でシュテル……セウル・シュテルを探すのは、この模擬戦争を監視していた教師の一人だ。


「どうかしたか? シュテルならさっき帰ったが」


「え? 困ったな。中央でミヤ学生が拘束されているので、拘束を解除してもらいたかったんだけど」


「ミヤ……あいつか。お前たちの力じゃ無理か?」


「無理ですね。相当強力に魔力を練りあげて拘束したようで、無理に外そうとするならミヤさんはただじゃすまないでしょう。しかも壁と一体化する類の魔法を使ったらしく、無傷で拘束解除するには、シュテル君の力なくして不可能でしょう」


「……ならほっとけ。1日か2日放っておいても死にはしない」


「ですね」


 無情にも放置されることが決まったライム・ミヤであった。


     *


「ユイ君見てください。あそこで無様を晒している哀れな女の子、なんて名前でしょうか?」


 アニスさんのあからさまな挑発行為を受けているのが、模擬戦争で見事なまでの敗北を喫したセウルお嬢様である。


「セウルお嬢様ですよ。アニスさん、可哀想だからあまり見てあげない方がいいですよ」


「確かに可哀想ですね。自信満々で勝負を挑んで、あまつさえ勝負の最中に自分の勝利を確信して、最後の最後で決定的な敗北を理解してみっともなくオロオロしていて、負けたとしても僅差でギリギリ負けたと思っていたのにまさかの完敗を喫していた人にこれ以上のことをするのは、可哀想ですよねぇ」


 微塵も可哀想とは思っていないのが手に取るようにわかる。

 お嬢様はプルプルと震えながら、アニスさんのいじりをその身に受けている。


「ほーら、今日の晩御飯はお嬢様の大好きな食材をふんだんに使ったごちそうですよー。ごめんなさい私が弱かったです、無様な私に食事を恵んでくださーい、そう言えば食べさせてあげないこともないですよー」


「くぅぅぅぅ……!」


 これほどの言葉を受けてもお嬢様は反論することはない。

 ここで反論すれば、それすらもアニスさんの挑発レパートリーが増えることを理解しているからだ。

 ただひたすらに耐える、それだけがセウルお嬢様にできる唯一の抵抗だった。

 だからだろう、アニスさんはこれでもかと言葉を畳みかける。


「ほらほーら、正座がきつくなってきたんじゃないですかぁ? 足が震えてませんかー?」


 楽しそうだなぁ。


「ほらユイ君も何か言ってみたらどうですか? 今日はこのおも……お嬢様も文句は言いませんよ?」


 おもちゃって言いかけたな。


「遠慮しておきます。僕はアニスさんと違って、この後のお嬢様の制裁を躱す技量を持っていませんから」


「制裁されたら、負けたくせに偉そうですね、そう言ってあげればいいんです」


「なあお前ら、仮にも父親である俺の目の前で、セウルにこんなことする?」


「負けたペナルティなんですから、ちゃんと執行しないと逆にお嬢様のプライドが傷つけてしまいますよ」


「いやまあそれはそうだが……必要以上に貶し過ぎじゃないか?」


「所詮負け犬ですから」


「辛辣! というか、セウルがユイに負けたというのが信じられないんだが」


「何を仰いますか。ただの戦闘ならともかく、模擬戦争ならお嬢様が99パーセント負けると思ってましたよ」


「セウルはそれほどバカでもないと思うんだがな」


「バカじゃなくても短絡的で視野が狭いですから」


 あ、僕と同じ意見だ。


「実際の戦争なら1人で万単位の人を殺しつくしてハイ終了、ですけど制圧式の模擬戦争なら、ほぼ勝ち目はないと思ってましたよ」


「お嬢様涙目になってますよ。アニスさん、もうやめといた方がいいんじゃないですか?」


「そうですねえ。ではユイ君の負け犬に対する寛大な慈悲の心に免じて、これくらいにしといてあげましょうかね。セウルお嬢様、ユイ君のお情けでもうからかうのはやめておいてあげます」


 ドSだ。

 そしてこの言い方では、まるで僕発信でお嬢様を貶めているみたいだ。


「……いつかぶっ殺してやる」


 物騒な呟きを残して、今日この日が過ぎ去っていった。

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