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第35話 「偽物の指」

「ねえユイ君、君はこの戦いで、一度も正面からの戦闘をしていないよね?」


 模擬戦争は半分の時間が経過したころ、傍らで僕についてくるライさんが問うてきた。

 僕らの足元にはお嬢様のクラスメイトの一人が転がっていて、完全に気を失っている。


「正面から戦う意味がありません。後ろから襲う方が効率がいいんですから」


「……その理屈は理解できるけどさ、今回の君の行動はさすがに汚いんじゃないかと俺は思うわけですよ」


「汚い? ただ周到な準備をしていただけですよ」


「周到な準備って……戦争開始前から事前に塔に罠を張っていくのは、周到過ぎない?」


 そう、僕はこの戦いに備えて、クラスメイトはおろか教師がこの敷地内に来る前にこの場に赴き、多くの罠を仕掛けていた。

 爆発系に拘束系、毒物刃物鈍器など多種多様なアニスさん直伝の罠をこれでもかと仕込んでいた。

 その結果、お嬢様のクラスメイトは塔を攻めて罠にかかり、軽々に身動きが取れない状況に陥っていたのだ。

 もちろん、この学園国家の学生は精鋭ぞろいであり、罠の一つにかかったぐらいで戦闘不能になるものはいなかった。だからとどめは僕が刺した。

 罠にかかり混乱していたところに僕が現れ、渾身の一撃を叩きこむ。

 それで終わりだ。

 まあ約一名、爆薬の量の調整を誤って戦闘不能に陥っていた学生が、足元に転がっているのだけれど。


「本当は全部の塔に罠を仕掛けたかったんですけど、時間も足りなくてクラスメイトが攻める塔でもありますから、ちょっと手を抜いてるんですよ?」


「これで手を抜いてるんだ……ところで、どれくらいの時間からここに来てたわけ?」


「正確な時間は分かりませんが、まだ太陽は昇ってなかったですね」


「……すげえな」


 ライさんは呆れでも何でもなく、感心したようにつぶやいた。

 軽蔑されるかもと思ったんだけど、予想外の反応だ。


「でだ、これからはどう行動するつもりだい? 多分だけど、セウルが最初に制圧しようとした5つの塔は全部こっちの陣地になった。クランの奴が確実に1個は制圧するだろうから、もう勝利は決まってるよ?」


「確かにイレギュラーが無い限り勝利は決まっているでしょうね。お嬢様は大軍を連れて一つ一つの塔を攻めて回っているみたいですけれど、5つを取られてもクランさんが死守すれば勝てます」


「ああ、てことはここでのんびり待ってても問題はないわけだ」


「はい。でも動きます」


「……なんで?」


「そうしないと、お嬢様が怒るかもしれないからです」


 僕はこの勝負、勝ちに行った。使いたくもない卑劣な罠を使い学生たちを倒し、仲間を利用してまでセウルお嬢様を嵌めた。

 これ以上ないくらい勝利に貪欲に行動していたように映るだろう。

 けどまだ足りない。

 ここから先、完膚なきまでにお嬢様を敗北させることが出来る……かもしれない。

 しなくてもお嬢様は気付かないだろうし、誰に咎められることもない。

 むしろこれが失敗すれば僕は傷つき、まるで意味のない物に終わるかもしれない。

 でも完膚なきまでの勝利への道がありながらそれを選ばないなど、本気で勝ちに行っているとは思えなかった。

 だからこそ、僕は危険を冒して一つの塔を目指す。


「ライさん、出来ればこの塔に居座っててもらえますか?」


「……どこへ行くつもり?」


「ちょっとクランさんと話をしに行きます」


「はぁ!?」


「じゃあ行ってきますので、万が一他の学生がここに襲ってきたら、逃げても構わないので」


「いやちょっ……!」


 混乱するライさんを置き去りにして、僕はクランさんがいるであろう塔に向かって全力で向かった。


     *


 制限時間はすでに一時間を切っている。

 とある塔からは騒ぎがかすかに聞こえており、おそらくはお嬢様率いる軍団と僕のクラスメイトが交戦しているのだろう。

 音からして一対一ではないだろう。つまり、クランさんは戦っていない。塔を完全に死守しているということだ。

 だから別に行動しなくてもいいことではあるのだけれど……でも圧勝のために、僕は行動する。


「こんにちはクランさん」


 玉座を目の前に挨拶をする。

 真剣な人間から見れば気を抜いているように見える行動をした僕に、怪訝な顔を向ける一人の学生。

 学内序列10位、オズキ・クランさんが肩肘をついて僕を睨んでいる。


「ユイ・イチホシ、何故貴様がここにいる?」


「あなたにお願いがあってここに来たからです」


「お願い、だと?」


「はい。今すぐここから離れて、僕が指定する塔を攻めてほしいんです……っ!」


 そう言った瞬間、クランさんから僕に向けて、目には見えない凶器が襲いかかった。

 殺気という名の、常人を気絶させかねないほどの威圧感ある凶器だ。


「貴様は、何を言っているのか分かっているのか?」


「僕は……ただお願いしているだけです」


「ちがうな。貴様は俺に頼んでいるのではない」


「いや、僕は本当にお願いしているだけで……」


「貴様は俺に命令しているんだよ!」


 殺気を込めた怒号を飛ばし、その勢いが風圧となって僕を襲う。

 ただの叫び、それすらも常人では計り知れないほどの力を生み出すからこそ、序列10位。

 こうして対峙してみて分かる、互いの実力差。

 真っ向からこの人に立ち向かったら、僕は塵一つ残すことなくこの世から葬られるだろうということ。

 その結末に僕自身すらも何の疑いもなく納得してしまう。

 けど僕は、目の前の巨大な何かに、臆せず言葉を紡ぎ続ける。


「命令……確かにそんな風に聞こえてしまいますね。けど本当に命令する気なんてありません。これは純粋なお願い、いや……提案です」


「提案だと?」


「はい。このままだと僕らのクラス、負けますよ?」


「……なに?」


「今の状況を教えてあげます。僕たちのクラスが攻めるはずだった塔5つ、全てセウルお嬢様の手によって陥落させられました」


「なに!」


 驚きの表情を浮かべ、玉座から立ち上がるクランさん。


「バカな、そのようなセオリーにないことをするはずが……いや、あの女のことだ。無いとも言い切れん……いやだが、たとえセウルといえどすべてのクラスメイトを相手にするなどと、そんな面倒を……」


「熟考しているところ申し訳ないんですけど、話を続けてもいいでしょうか?」


「…………却下だ」


 予想に反し、クランさんは僕の説明を拒絶し、玉座にふんぞり返った。


「現時点での俺の圧倒的不利は認める。お前の話が本当ならセウルはすべての塔を制圧し、高笑っている頃だろうな」


「それが分かっていて、なぜ僕の話を聞いてくれないんでしょうか?」


「俺は塔を制圧している。その事実さえあれば問題ないからさ」


 それは、何ともこの学園の生徒らしい、自分本位の発言だった。


「序列10位であるこの俺が塔を制圧できずに終わるなど、許されないんだよ。たとえクラスでの戦争に負けたとしても、ここに俺がいるという事実さえあれば問題ない」


 ……ああ、なるほど。

 安っぽいプライドのために、この人は戦っているのか。

 それじゃあ、僕みたいな弱者の声は耳に届かないかもしれない。

 なら、やりたくなかったけど、僕が危険にさらされるけど……徹底的に煽らせてもらう。


「たかが10位が偉そうですね」


「……なんだと?」


「たかが10位程度のくせに現状に満足しているなんて、随分と意識が低いんですね。ああそうか、あなたは高い山で一番になるより、サル山の大将になっている方が気分がいいんですね」


「貴様! この俺を愚弄する気か!?」


「何が神の十指ですか。あなたなんか、もしも神が右利きなら、所詮は左手の小指に過ぎないんですよ」


「黙れ! 貴様など、俺の足元にも及ばんクズだろうが!」


「ええそうです。でもね、僕を否定したところで、自分のちっぽけさは変えることは出来ないんですよ? あなたは神の小指……いや、本当は指にすらなれていないんですから」


「……それを言うな」


 さきほどまで檄を飛ばしていたクランさんは、一転して静かな口調で制止を促した。

 これで確信する。

 これこそが、クランさんの最も触れられたくない核の部分であると。


「僕がこの前戦ったガルドさん、あの人、この学園で最強の存在らしいですね? あの妙な戦い方のせいで序列はかなり下の方ですけど、本当の実力は僕はもちろん、あなたも足下に及ばないことは明白ですね。てことは……」


「黙れ」


「あなたは所詮、仮初の指ということです。神の小指にすらなれない哀れな男、それがあなただ。そして学園のみんながあなたをなんと呼んでいるか、知っているでしょう?」


「黙れ!」


「フェイク・フィンガー、偽物の指、それがあなただ」


「ぶち殺すぞ!」


 叫びと同時に、床から巨大な土の塊が生え、僕の体を掠めた。

 僕はクランさんの芯の部分をほじくり返すことに成功したことを確信した。

 伊達にお嬢様をおちょくるアニスさんを毎日見てはいない。


「すぐにこの俺の前から消え失せろ! 出なければ全身の骨を砕き、貴様を再起不能にしてやるぞ!」


「ははっ、随分とやさしいんですね。ここから消えれば許してくれるんですか? ああそうか、僕の言葉が真実であるとあなた自身が理解しているからこそ、ここで僕を殺せばただの八つ当たりになると分かっているわけだ」


「貴様……!」


 クランさんの怒りがいよいよ頂点に達しかかったころ。

 これ以上の刺激は確実に僕の命を散らすだろうと確信してから、道を示す。


「セウルお嬢様に勝ちたくないですか?」


 答えの分かり切っている質問。

 ここまでの挑発でも僕に直接的な危害を加えない強者の誇り高さを持ち、10位であり仮初の指とまで言われて激高するこの人は確実に、首を縦に振る。


「……何が言いたい?」


「個人での戦闘ならそれはあなたが頑張るしかないことです。でもこの戦争でなら。クランさんをセウルお嬢様に勝たせてあげられます。だから……どんな形であれお嬢様に勝ちたいのなら、せめて僕の提案を聞いてください」


「……やはりお前は、俺を手駒にしたいだけだろう」


「結果としてそう見えてしまうだけです」


「なぜそこまでする? セウルに、序列上位に勝ちたい俺の為などというわけではなかろう? なぜお前の主人であるセウルに、そうまでして勝とうとする?」


「お嬢様に勝つように動けと言われたから、それだけです」


「なるほどな。勝てと言われ、そのための行動として貴様は今こうして、俺を動かそうというわけか」


「そう言うわけです」


「……そうか。それがお前の……勝つということか。だがな、お前の提案に乗れば、俺は卑怯者の誹りを受けるのではないか?」


「大丈夫です。僕のお願いは、セウルお嬢様が制圧し、多数の学生が溜まっている塔を正面から攻めて行ってほしいだけです」


「……分かったよ。お前のその提案に乗ってやる」


 堕ちた。

 確実に堕ちた。

 失敗したならそれでもかまわない、そんな軽い気持ちで始めた提案ではあったけど、ここまで来れば確実にクランさんは僕の言う通りに動いてくれるだろう。

 クランさんが僕の期待通りに動いてくれるのならば、確実に10対1、最高にうまくいけば11対0の完全勝利になる。 お嬢様には悪いけど。

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