第30話 「編入初日」
教室の扉を前にすると、どうしても緊張してしまう。
人前に出ること……ではなく、かつてのいじめられた光景がフラッシュバックし、癒えたはずの傷が痛む錯覚すらある。
僕は不幸にならなければいけない。
だけど、痛いのはいやだ。
どれだけ心を閉ざしても閉ざしきることは出来ず、慣れることも出来ない。
それでも僕は、この扉を開けなくてはいけない。
意を決して扉に手をかけようとすると……
「早く開けなさい!」
隣に立つライムさんが、いら立ちの声をあげながら勢いよく扉を開いた。
どうやら僕は、ライムさんと同じクラスに所属することになったようだ。
「ん、来たな。2人とも、自己紹介を頼む」
僕らにそう促すのは、編入試験担当教員、キョウチ・シャクナ先生だ。
みんなの目の前に立つべく歩こうとしたが、それを遮りライムさんが一歩前に出て、高らかに宣言した。
「ライム・ミヤ、今日からあなたたちと同じクラスに所属することになりましたわ。編入したてで序列はまだ8423位と低めですが、すぐに序列1位になりますので、あしからず」
傲岸不遜というべきか、こうも堂々と1位を取る発言が出来ることを素直にすごいと思う。
僕みたいな人間以外の普通の人でも、こんなに自信を持つことは難しいはずだ。
と、僕は感心していたのだが、ここのクラスメイトはそう思わないようだ。
むしろ、冷ややかな目をしてライムさんの言葉を受け流している。
「……随分と大人しいクラスのようですね」
不服そうに言いながら、ライムさんは近くの空いている席に勝手に腰かけた。
「あ、おい、そこはイチホシの席だ。お前の席は一番後ろの……」
「私が一番後ろ? 冗談はやめてくださらないかしら」
「お前、あまり調子に……」
「僕はどの席でも気にしませんよ」
まさに今、怒鳴りそうなキョウチ先生に声をかけ、この場を収めようとする。
実際問題、どこの席になろうがどうでもいいし。
「……そうか。ではイチホシ、自己紹介を頼む」
「はい。僕の名前はユイ・イチホシ、見ての通り奴隷です」
首輪を指さしながら、淡々と述べる。
突然の奴隷発言、インパクトは与えたようだ。
ここでお嬢様とアニスさんに言われた通りの言葉を続ける。
「ご主人様の名前はセウル・シュテル、みなさんも知っていると思いますが、この学園国家の序列3位の学生です」
「……!」
お嬢様の名前を言うと、クラスメイトがざわつき始めた。
ここまでは想定通り。
この後にも、言われた通りのことを言わないといけない算段なんだよなぁ。
だけど命令されているので、渋々と、言いたくもないことを言わないといけない。
「お嬢様は僕のことをとても大切に扱ってくれています。なので、僕を奴隷扱いして何かすれば、お嬢様が黙っていませんよ」
あぁ、心底不本意だ。
人の名前を使って自らを守るなんて。
一時の感情で僕が奴隷だと暴露したお嬢様のせめてもの償いなんだろうけど、僕としては心苦しいことこの上ない。
と、罪の意識を感じていると、一人の生徒が僕に質問をしてくる。
「イチホシ……お前の序列は?」
威圧感のある低い声で問いかけた男子生徒。
体格がよく、腕は僕の倍以上の太さがありそうで、胸板もだいぶ分厚い。
全身筋肉と言っても差し支えないほどだ。
「序列ですか? 確か……2525位です」
「なるほど、編入直後にその序列か。そこの口だけの女とは違うようだな」
「なんですって!?」
突然の流れ弾に、ライムさんは勢い良く反応した。
「生意気な口は序列が少なくとも5000以内に入ってから言え」
「この……!?」
「いい加減にしろ! ミヤ、お前は冷静さを学べ。でなければお前の望む成長は得られんぞ」
「ぐっ……!」
キョウチ先生にたしなめられ、ライムさんは拳を震わせながらも席に着く。
「で……僕は席についていいですかね?」
「質問は続いている。お前はそこのザコと違って見どころがあるからな。学内序列10位のこの俺の手駒にしてやる。そのための情報を聞かせろ」
「……10位」
この学園の10位、それはとてつもないほどに優秀ということだ。
アニスさんから聞いた話では、この学園の序列10位以内の人間には、ある通称がある。
『神の十指』
全ての人間が日々研鑽を続けているであろうこの学園において、神の一部と呼称ことがどれほどすごいことなのかは、異世界人であるこの僕でもある程度の理解は出来る。
なるほど、そんな人間からしてみれば、セウルお嬢様の名前に臆することはないか。
「ありがとうございます。あなたのような人に評価してもらえるなんて、光栄です」
深々と頭を下げて、心にもない感謝を述べる。
平穏無事に暮らすのであれば、ここは素直に応じておこう。
「お前の属性は?」
「火です」
「証拠を見せろ」
間髪入れずに聞いてきた。
……属性の隠ぺいが、この国では横行していることがよくわかった。
「すいません、嘘をつきました」
「……随分と素直に言うのだな」
「誤魔化す方法はいくつか用意していましたけど、いずれバレた時のデメリットが大きすぎますからね」
「なるほどな、気に入ったよ。だが次に俺を謀るようなことをするのなら、容赦はしない。魔法を使ってみろ」
「……はい」
言われた通り、僕は手のひらに魔力を込めて、日々の訓練によって培った魔法を披露する。
披露と言っても、周りに被害が出ないようにする、ごく小さな魔法だけれども。
「これが僕の属性です。証明できましたよね?」
「……は?」
みんながみんな、唖然としている。
僕の手のひらに出現した小さな氷塊が、そんなに驚愕したらしい。
それもそのはず、この世界の人間の持つ基本属性は、火、水、風、土の4種類。
氷など存在はしない。
「お前……特異属性だったのか?」
「はい。僕の属性は氷です」
「そ、そうか。はは……こいつはいい」
驚きがあったものの、どうやらご満悦のようだ。
序列10位のお眼鏡にはかなったらしい。
「結構時間も経ちましたし、席に着きますね。ああそうだ、あなたの名前は?」
「オズキ・クランだ。俺の手駒として、精進しろよ」
上から目線の傲慢極まりない言葉だが、僕としては特に不満に思うことはない。
むしろ不満に思うのは、僕以外の一人の女性だ。
「……納得いきませんわ」
序列10位の圧倒的上の立場の者から、自分はなんの言葉もかけられない。
その事実がライムさんには気に入らないようだ。
「長くなってしまったが、本日の授業を始めよう。まずは1時間の座学、その後は各々の力量に合わせた魔法訓練を……」
「邪魔するわよ」
キョウチ先生の言葉を遮り、セウルお嬢様が乱入してきた。
僕のように緊張なんてしないんだろう。
「シュテル、まだ授業すら始まっていないのだが?」
「始まっていないのなら授業の邪魔してないってことでしょ?」
何という暴論だろうか。
というか、始めることを邪魔しているんだけど。
「……なら、早く要件を済ませろ」
「言われなくても」
お嬢様は教壇の前に陣取り、いきなり僕のことを指さした。
「ユイ、勝負をするわよ」
「……はい?」




