第28話 「勝ってはいけない」
「いいかお前ら、よく覚えておけ。この学園でまともな生活をしたいのであれば、序列10位以内の者の言葉は忠実に聞け。もし逆らうようなことをすれば、私のような教師でさえ、存在を消される」
キョウチ先生は神妙に、そして穏便に済ませようと言葉を紡げる。
しかし時間が経つにつれ、ライムさんたち5人は委縮するどころか、魔力を練り上げ始めた。
「お前ら、私の話を聞いていなかったのか!」
「聞いていますわ。この方が序列3位、なのだとしたら、私の実力を示すのにこれほどふさわしい人間はいませんわ」
「……同感」
「序列3位の実力がどれほどの者か、興味はありますね」
5人はそれぞれセウルお嬢様を見据え、まさに戦闘を始めようとしていた。
敵意を向けられているお嬢様も、不機嫌な表情で迎え撃とうとする。
「5人ともすぐにやめろ! 今なら間に合う! 首を垂れて謝罪しろ! 序列上位の……それも10位以内は、もはや人間レベルではない!」
その必死の制止は誰も聞かず、ついにライムさんがセウルお嬢様に魔法を放ってしまった。手のひらよりも一回りほど大きい火球はお嬢様へと向かっていく。
「新入生って、バカなのね」
お嬢様は手をかざす。
それ以外には特に何もしていない。魔力すら使用する素振りが見えない。
そこそこの威力を誇る魔法を、素手で受け止めようというのか。
5人の新入生はその無謀な行動に目を見開くも、僕は何の心配もしていない。
お嬢様に関しては何も心配はいらない。
「消えろ」
一言を発した瞬間、お嬢様に向かっていた火球は存在を消した。
周囲の熱気だけが、確かに魔法があったということだけを証明する。
それ以外に彼女の魔法の残滓が一切なくなった。
「……は?」
理解できていないのか、ライムさんは目を丸くしている。
いや、よく見れば他の4人も呆気にとられ、この状況を完全に理解できているのは僕とキョウチ先生だけのようだ。
変な空気になったこの場で、お嬢様は僕に向き直り、こんなことを聞いてきた。
「ユイ、あなたいいの?」
正直、なにに対しての質問か分からなかった。
いいの? とは、何を指しての問いなのか。
しかし次に続く言葉で、お嬢様の真意を理解するに至る。
「こんな奴と同等に扱われて」
……この人には、配慮という言葉が存在しないのだろうか。
要約するとこんなところだろう。
僕と彼女たちでは実力に大きな開きがあるというのに、与えられた恩恵が入学試験免除と、他の者と同列で満足できるのかという質問だろう。
お嬢様は僕の実力なんて完璧に把握している。
そして今の魔法により、彼女の実力も把握した。
ゆえに、心の底から僕の真意が気になったと。
「別に気にしてないですよ。むしろ奴隷である僕がこんな扱いでいいのかと思うほどです」
「……はぁ。あなたって、どうしてそうなのかしらね」
深いため息をついて、お嬢様は5人の学生に背を向けた。
「キョウチ先生、今日はもうユイを家に戻すから、明日どこのクラスになるかだけ教えて」
「わかった。この5人はどうする?」
「別に突っかかられた程度でどうこうするつもりはないわ。むしろ、向上心があっていいんじゃない?」
「寛大な処置に感謝する」
僕はお嬢様に手を惹かれてこの場を去る。
その時に見た、5人の僕に対する目は、かつての世界で見た弱者を見る目ではなかったけど、余り心地のいいものではなかった。
初めてかもしれない。
こんなにも敵意ある視線を向けられたのは。
*
「何か言っておきたいことがあるのなら聞くわ。それ次第では、情状酌量の余地ありと判断するから」
お嬢様は仁王立ちで、正座する僕を見下ろしている。
僕がわざと負けたことは、お嬢様にとって想像以上に唾棄すべき問題らしい。
言葉を誤れば命はないな。
けど、この場を丸く収めるための取り繕った言葉なんかを発したら、火に油を注ぐのと同様だということは分かる。
だから僕は、さっきも言った僕が思うことを繰り返し言うしか道はなかった。
「勝ちたいって思ってないんです。だから、僕は勝つべきじゃないって……」
「ざっけんな!」
怒号とともに、お嬢様は地面を思いっきり踏みつけた。
衝撃が周囲に響き渡り、僕の髪をなびかせた。
「ようはあなたの勝手な都合で、ガルドのことを侮辱したってこと!?」
お嬢様はきっと、自分は至極当然のことを言っているつもりなんだろう。
そして僕が、そのことをちゃんと理解してくれていると、そう思ってるんだろう。
……すごく久しぶりの感情だ。人の意見に対して、否定的な感情を持ったのは。
勝手はどっちだよ、と。
「あなたに分かるの? 負けたのに勝ちにされる屈辱が?」
あなたに分かるんですか? 勝ちたくないのに勝ちを強要される気持ちが?
「耐え難いほどの屈辱よ。死にたくなるほどに」
耐え難いほどの苦痛だ。殴られる方がマシだ。
「あなたはガルドのプライドを踏みにじったのよ!」
僕の信念も砕こうとしている。
けどそれを口にすることはない。
だって僕は僕なのだから。
されるがままが僕であり、傷つけられるのが僕である。
不平不満を感じても決して漏らさず、なにに対しても耐えなければいけない。
なぜならそれが……かつて罪を犯した、僕の贖罪なのだから。
「……何か言うことはないの?」
お嬢様は腕を組みながら、僕に問いかける。
最後通告のように聞こえた。
だから僕は溢れ出そうな感情を抑え込み、納得もしてないのに頭を下げる。
「申し訳ございま――」
「まってください」
僕の謝罪を遮り、今まで傍観していたアニスさんが口を挟んできた。
なんだろう? アニスさんも、僕のしたことが気に入らなかったのかな?
だが僕の考えは完全に的を外しており、アニスさんは僕に一つ質問してきた。
「君は何をしたんですか?」
質問の意図が理解できなかった。
何をしたか、だって?
話の流れをぶった切るような問いかけに僕は困惑を、お嬢様は憤慨する。
「アニス! 今は大事な話を……!」
しかしアニスさんはそれを無視し、重ねて質問する。
「どうして、勝っていけないと思ってるんですか?」
……すごいな、この人は。
今までの生活、そして今の言動から、僕のすべてを見抜いているのか。
「何を言ってるのアニス?」
お嬢様は理解できないように首をかしげる。
質問の意味が分からないのだろう。
だが僕は理解した。
アニスさんが何を聞きたいのか。
そして僕という人間を見極めにかかっていることを。
「ユイ君は勝ちたい気持ちが無いわけでも……いや、本当にないかもしれないですね。欲ってものが感じられないですし」
「はい?」
「それにユイ君は人を傷つけるのも苦手ですよね。この前の侵入者と対峙していた時のユイ君は、辛そうな顔をしてましたし」
「何が言いたいの?」
「ユイ君は無欲で、かつ優しい子と言うことですかね?」
「……私に文句があるの?」
「ああいや、そう言うことではないんですよ。ただ私が言いたいことは……」
「言いたいことは?」
「ユイ君は自分が、勝ってはいけない人間だと思っているということです」
「……なんで?」
「それが知りたいから聞いているんですよ。で、ユイ君、どうしてですか?」
ひどく軽いノリで聞いてきている。
……まあ別に、隠し立てすることでもないから、離しても問題ない。
僕がこんな考えを持った……勝つべきでないと思う理由を。
「僕の父は……人殺しの罪人なんです」




