第27話 「望まない勝利と敗北」
「は?」
間の抜けた声をガルドさんがあげた。
力のない体ながらも、意識だけは僕の方をはっきりと向かっている。
僕はそれを無視して、立会人の先生に話しかける。
「これで勝負は終わりですよね? もう帰ってもいいですか?」
「え……あ、まあ……」
非常に困惑した様子で狼狽えている。
この状況で頭が正常に働いている人間はいないらしい。
「あ、あの、イチホシ君?」
「はい?」
「本当にいいんですか? 君に黒星がつくというのは、成績に少なからず影響しますよ?」
「別に構いません」
構わないというより、どうでもいい。
この学校はそもそも入れられたもので、優秀な成績を取ろうなんて思っていない。
何なら最下位でいいとさえ思っている。
「ふざ……けるな……!」
地面に這いつくばりながら、ガルドさんが僕を睨みつけ、叫ぶ。
ああ……怒らせるつもりなんてなかったんだけどな。
「おれを……虚仮にするな……!」
「そんなつもりは全くありません」
「なら……勝て!」
この人は、どこまでも戦うことにストイックなんだろう。
勝敗を、明らかな優劣をつけないと気が済まないんだ。
だけどそんなことは僕には何にも関係はない。
「申し訳ないですけど、僕はあなたに勝とうなんて気はありません」
さっき、疑問に思ってしまったから。
その疑問を解決すれば、僕は勝つ選択肢を取らない。
「僕は別に勝ちたいと思ってないですし、負けたくないとも思ってないんです」
絶望的なまでに、勝利への意欲がわかない。
どうしようもないほど、負けたくないと思えない。
僕は何のために勝ちたいのか?
その疑問の答えは、存在しない。
勝ちたいなんて微塵も思っていない僕は、勝っちゃいけない。
負けたくないわけでもない僕は、負ければいい。
理由もないのに僕は、人を傷つけたくなんてない。
「あなたを不快にさせてしまったことは謝ります。けど僕は決して、理由もなしに勝とうだなんて思えません」
今この場で、僕の信念が揺らぐことはない。
なにより、僕はすでに降参したのだ。僕の負けが覆ることなんてあってはならない。
「不本意でしょうが、あなたの勝ちです」
「どうしても……か?」
「どうしても僕に勝ってほしいのならば、今すぐ僕を這いつくばらせて勝てと命じてください。でなければ、僕は絶対に勝ちません」
「……分かった。俺の……勝ちだ」
ガルドさんは仕方ないと言った感じで、勝利を受け入れた。
傍から見れば、何とも不思議な光景だろうか。
地面に這いつくばる男が嫌々ながら勝利を認め、地に足をつけて悠然と立つ僕が敗者となる。
だけど僕は、心の底からこれでいいと思っている。
勝ちたいわけでもない僕は、勝ってはいけな……。
「……っ!」
突如、背筋が凍った。
先程の、ガルドという強者を目の当たりにした時とは違う、刺すような威圧感を感じた。
この感覚は……以前、屋敷の侵入者から感じたもの。
それは、並々ならぬ殺意だ。
その殺意を感じた方向に目を移すと、鬼の形相をしたセウルお嬢様が睨みつけていた。
「……はあ」
思わず、ため息をついてしまった。
それが不快だったのか、お嬢様は指を動かし、首を二回、トントンと叩いて見せた。
その行動と、目の前にいるガルドさんの反応から、何が起きたのかを理解する。
「お前……その、首輪……!」
普段はお嬢様の迷彩魔法により認識できなくなっている僕の奴隷の象徴、この世界に召喚されたときに装着された首輪が、露わなものになっているのだろう。
……この先、どんな展開になるのか。
「ま、マジもんの奴隷じゃん」
お嬢様と同様にこの戦いを観戦していた学生の呟き。
最初は単純な驚愕だった。
奴隷というこの学園どころか、世界でも身分の低い弱者がここに存在する。
そんな、明らかな身分違いに対する驚き。
だがそんな驚きの感情は徐々に変わっていき、嫌悪感に変わっていくのが見て取れた。
……いつも向けられ続けた目だ。
かつての世界で、数多くの人間から向けられた目。
「先生、僕はもう戻ってもいいですよね?」
「え? あ、そうですね……うんまあ、戻ってもいいですけど……」
歯切れの悪い言葉ながら、許可を得た僕はこの場を後にする。
慣れたものとはいえ、あの目に晒され続けるのはやはり気分がよくない。
だけど僕を嫌悪する目は、別のあの場に限った話ではなかった。
控室に戻った僕に向けられた目は、やはり気分の良くない物だった。
「イチホシお前、その首輪はどうした?」
キョウチ先生は、明らかな弱者を見る目で僕に問うた。
「見ての通り、奴隷の首輪です」
一切の偽りもなく正直に答える。
その返答によって、より一層の嫌悪が僕に向けられた。
「……どこの奴隷だ?」
嫌悪、そして疑念が感じられる。
僕は直感した。下手なことを言ったら容赦のない攻撃が飛んでくると。
「えっと……」
身の危険を感じた僕は言葉に詰まっていると、
「落ち着いてくださいキョウチ先生」
クラウさんが笑顔で割って入った。
そして僕の方に手を向けながら、諭すように言う。
「あの場で奴隷という身分を明かしたのは、明らかに遊びじゃないですか」
「……遊び?」
「そうです。先生はイチホシ君を疑ってるんですよね? この学園国家に送られたスパイなんじゃないかって」
「まあ、そうだ」
「それはありえないですよ。だとしたら、あんなところで迷彩魔法を解くはずがありません」
「……そう思わせ、疑わせない方法かもしれん」
「迷彩を解かなければそもそも奴隷だと明かされないのにですか?」
「……確かにな」
「だったら、あそこで迷彩が解かれた理由はただ一つ。イチホシ君のご主人様の遊びだったわけですよ。あの場で奴隷を公開して周囲の反応を楽しむっていう悪趣味なね」
クラウさんの説明は、納得のいく物だった。
そうか、僕はスパイとして疑われていたのか。
確かに、この学園国家は考えるまでもなく武力を旨とした国家だ。
戦力情報を他国に知れ渡ってしまうことは致命的である。
ゆえに、命令に忠実で、いくらでも代えの利く奴隷という捨て駒は諜報に使える。
「確かに、お前の言う通りかもしれないな」
キョウチ先生も納得しかけ、僕はスパイでも何でもなく、本当に何の疑いもないほどにただの奴隷と位置づけられると思っていたのだが……。
「ユイ!」
怒り狂い、激しく扉を開けたセウルお嬢様が、この控室へと乗り込んできた。
「あなた、さっきのはどういうつもり!?」
今まで見たことが無いセウルお嬢様の本気の怒気。
怒ることも不機嫌になることもあったけども、ここまでは初めてだ。
「お嬢様、落ち着いてください。まずは話し合いましょう」
「だったら早くこの私が納得する言い訳をしてみなさいさあ早く!」
捲し立てるようにセウルお嬢様が言うので、僕はとりあえず正直に言ってみる。
「僕は別に勝ちたいわけでもないし、負けたくないって思ってもないんです。アニスさんにこの学園に入れって言われたからここにいるだけで、戦う意味を持たない人は勝っちゃいけないと思ってるんです」
と正直に伝えると、
「は?」
すごく怪訝な顔をされた。
うん、完全に納得していない表情だ。
「で、他には?」
「……特にないです」
「じゃあ家に帰ったらお説教ね。帰るわよ。まったく、ユイは相変わらずだし、今日はつまんない戦闘しかなかったし、最悪だわ」
と言われ、僕はこの場を後にしようとした。
入学に当たっての手続きとか大丈夫かなと思ったけども、別に重要視してないことだし入学の話が流れたら流れたでそれはそれでいいと思うので、立ち去ろうとするも。
「お待ちなさい!」
立ち去る僕とセウルお嬢様を、ライムさんが呼び止めた。
「……なに? 私いま、機嫌悪いんだけど」
「なにじゃありませんわ。いきなり入ってきて喚き散らして、あろうことか私たちの戦闘がつまらないって言いましたよね?」
どうやらお嬢様の発言がプライドを傷つけたようだ。
でも確かに、今日戦った人に対して失礼極まりない発言だ。
しかしお嬢様はさらに挑発めいた発言をする。
「どいつもこいつも、ユイよりも弱いじゃない。弱い奴がさらに弱い奴を意気揚々と倒す様なんか見て、楽しいわけないじゃない」
この発言に、ライムさん以外の4人も顔をしかめる。
まったくこの人は、何でこうも自分本位なんだろうか。
「……私が弱いかどうか、確かめさせてあげますわ」
ゆっくりとした口調だが、雰囲気から激高していると分かる。
というかマジギレだ。
ライムさんだけじゃなく、他の4人も魔力を集中させ、臨戦態勢に入ってしまっている。
その光景を見て、僕は一歩だけ後退る。
だけど、これから始まるであろう一方的な蹂躙を、今まで静観していたキョウチ先生が止めようとする。
「やめろお前たち! 今すぐその手を下げろ!」
それは、少し異様な様相だった。
教師として場を収めようとしている、というよりも、焦っているようだ。
「やめろと言われても、さすがにあそこまで言われちゃ、私たちだって黙っていたくないですけど……」
「ですね。僕たちが弱いかどうか、確かめさせて……」
「だからそれをやめろと言っている!」
その必死な口調で、魔法を放とうと魔力を集中させていた5人は力を緩めた。
キョウチ先生は5人に対して、とある真実を述べる。
「お前たちが立ち向かおうとしているのは、この学園国家における序列3位の学生だ」




