第182話 「ありえない取引」
心の底から殺したい、そう思っていた男が目の前に現れたことにより、僕はとっさに手のひらに魔力を集中させる。
はっきりとした殺意を持って。
「ちょいちょい待てよ、忘れたのか? お前が殺そうとしているこの体は、お前の大事なアルちゃんの体でもあるってこと」
そう言われ僕は手の平の魔力を霧散させる。
もちろん警戒を怠りはせず、ゼロが何かしようものならすぐに対処できるようにしておく。
「お前は、何をしにここへ来た?」
「ちょっとナズナに用があってさ。誘拐しに来たんだよ」
「……!」
霧散させた魔力を即座に集中させる。
アルちゃんの体は傷つけたくない。けどナズナさんを再び狙う発言を無視はできない。
「落ち着けって。別に前の世界みたいに殺しに来たわけじゃねえ。単に聞きたいことがあっただけさ」
「何を聞こうとしたんだ?」
「魔石の一族の居所さ。あ、お前やナズナみたいな傷持ちじゃなくて、正真正銘の魔石持ちな」
「魔石持ち?」
「そそ。ほら、お前ってあの万能の願望機を起動できたから世界の行き来が出来たんだろ? それはつまり、いたってことだ。願望機を起動できる魔石持ちがさ」
「魔石持ちとは限らないだろ。セウルお嬢様みたいな人がいたかもしれない」
「ま、そりゃそうだ。でも可能性としては、んな突然変異の化け物がいる可能性より、魔石の一族の生き残りがいたって方が現実的だ。だからまず、傷持ちだが魔石の一族であるナズナに話を聞きに来たんだよ。いなきゃいないで危害は加えるつもりはなかったぜ?」
「信用できるとでも?」
「ホントホント。俺としちゃわざわざ敵を増やすような真似はしたくないからさ。ユイちゃんの復讐に付き合うのも面倒だし」
「戯言を言うな。お前がアルちゃんの体を乗っ取ってる時点でお前は僕の敵だ」
「その通りだが……だから、取引をしないか?」
「取引?」
なんだ? ゼロは何を考えている?
信用度皆無ではあるが、聞いている感じ、ナズナさんには話を聞きに来たという言葉に嘘をついている感じはしない。
急に心変わりしてやっぱ殺す、なんて考えそうな輩ではあるが、今この瞬間の言葉は本当かもしれない。
だがなぜ、魔石の一族……いや、願望機を起動できる人間なんか気にする?
「じっくりと考えてくれてるみたいだねえ。俺としては時間はたっぷりあるし、熱心に考えてもらって構わないけど」
「……取引と言いましたよね? お前が聞きたいことは魔石の一族というより、願望機を扱える人間のことであっていますよね?」
「そうそう。願望機を使えりゃそれが魔石の一族かどうかはどうでもいいんよ」
「で、僕がお前に気前よく教えたとして、お前は僕に何をしてくれるんですか?」
「お、前向きに検討してくれる感じ?」
「早く言え。僕はお前に限っては気が短いんです」
「おおこわ。けどま、簡単なことさ。もしお前が教えてくれるんなら、ユイちゃんはもちろん、お前のお仲間全員に今後手出しはしないって約束するぜ」
「ふざけるな」
僕は即座にゼロの足元に氷の刃を飛ばす。
「おっと、どうしたユイちゃん? そんなに気に食わなかった?」
「当たり前だ。無差別に人を殺し、人を傷つけることを何とも思わないお前の言葉を信用できるわけない。それに、危害を加えないだけじゃ足りない。僕はお前からアルちゃんを取り戻すつもりなんだから」
「あーそっか。俺がこの体を乗っ取っているうちは、ユイちゃんの協力は得られねえか」
「当然です」
「……ユイちゃんさ、俺と話すとき、敬語とため口がごちゃ混ぜになって、人格ぶれてる気がするんだけど」
「否定はしません。冷静でいたいですけど、だいっきらいな奴と話すからこうなってしまうんですよ」
「だいっきらいかぁ。俺そんなに嫌われるようなことした?」
「お前……!」
「ははは、冗談冗談」
ゼロの言動にいちいち腹立ってしまう。
たぶんこいつは取引とやらが成立しなくてもいいと思っている。
というか成立する可能性は低いと思っているから、僕のことを煽って遊んでいるに過ぎない。
そんなこと、見ていれば分かるはずなのにどうしても冷静に徹しきれない。
「交渉は決裂です。目ざわりなんで僕はもう行きます」
この場にナズナさんがいない、それはつまりアストさんとアイリさんが連れてどこかへ逃げたということだ。
まだそこまで遠くへ入っていない可能性もある。
こんなクズに構っている余裕もないので僕は外へ出ようとすると、
「この体を返してやるぞ?」
「……なに?」
「お、興味持ってくれた感じ?」
「早く言え。その体を傷つけたくはないけど、僕にも我慢の限界があるんです」
「言う言う。詳細は言えねえけど、俺の目的をすべて終えたらこのアルの体を返してやってもいい。もちろん俺の人格はこの体には一切残さない」
「どうやって? お前の目的は?」
「どっちも言えねえなあ。それを言ったら交渉するまでもなくユイちゃんは俺の体を狙うだろ?」
「話になりませんね」
「そうか? 俺としては魅力的な提案だったと思うが」
「方法はともかく目的の詳細を言えないのは、それを言えば僕が協力しないことが確定するからでしょう? そんなことに協力するつもりはないですし、あなたの言葉のおかげでアルちゃんを解放する方法が存在するってわかったんです」
「あちゃー、ユイちゃんにヒントをあげちゃったか」
「今度こそ交渉は決裂です」
「ま、しゃーねえか。でもま、気が向いたらいつでも会いに来てくれや。願望機を使えるようになるまで、いつでも受付中だからよ」
「永遠に待ってろ」
「辛辣ぅ。予想通りとはいえ悲しくなってくるよ」
わざとらしくショックそうな声を上げるゼロを僕は無視し、この地下室から出ようとする。
こんなやつとはこれ以上同じ空気を吸いたくない。
そう思い足早に出ようとしたが、
「最後に一つだけ、お前にとって嬉しい話をしてやるよ。お前の仲間の一人、ライムだけには絶対に手を出さない。ライムを殺さなけりゃ俺は死ぬって状況になったら揺らぐかもしれねえが、それ以外じゃ絶対に手を出さない」
「……なんでだよ」
「俺にとって大恩人だからさ、ライムは不安にさせないようにしようかなって。ま、俺の話に信憑性がないことは百も承知だし、ライムはなんのこっちゃって感じだろうがな。あっちには俺に恩を売ったなんて微塵も思ってないし、なんなら会ったこともないからな」
「まったく意味が分からない。僕を混乱させようって魂胆ですか?」
「ちげえよ。だが全部を言ったらとんでもない大ヒントになっちまうから言えねえな。あ、でもお前が願望機を使えるやつを教えてくれりゃ、全部教えてやるぜ?」
「すべてが解決したときに拷問して聞いてやるから必要ない」
「こっわ! 全部解決しても拷問されんの?」
「覚悟しておけ」
「はいはい、楽しみにしておくよ」
これで本当にゼロとの会話は終わった。
僕は地下室を出て、ナズナさんの居場所を探るために調査に向かった。




