第181話 「待ち人」
ライムさんとの邂逅が終わってから数日後、僕はナズナさんがいるであろう島に向かうために船に乗っている。
本当はロイド先生に会って色々と話を聞きたいところではあったけど、ライムさんと会うまではこの世界の記憶を持っているなんて夢にも思っていなかったため、侵入者撃退の前に船のチケットをすでにとってしまっていた。
お金に困っているわけではなかったので日を改めるということもできたけど、やっぱり今から向かうことが最善であると思った。
その理由の一番は、ナズナさんが今も苦しんでいるということ。
ナズナさんはあの地下室に繋がれ受ける必要のない理不尽な苦痛を受け続けている。
一刻も早く救わなくてはいけない。
唯一安心できる点とすれば、死ぬ危険性はないということ。
僕が以前の世界でナズナさんと出会ったのは、この世界に召喚されてからかなり時間が経ってからだった。つまりナズナさんは傷つけられているが、死ぬことはない。
もし万が一イレギュラーが起きたとしても、アストさんは前の世界での記憶はなくとも見殺しにはしないはずだ。
もしかしたらアイリさんが、ライムさんたちの記憶をこの世界に移したように何らかの干渉をしてくれているかも、そんな希望だって少し出てきた。
だから僕は、ナズナさんの受けている苦痛を想像すると胸が張り裂けそうにはなるものの、少しだけ安心感も持っている。
少し楽観した勘定でナズナさんのいるであろう島に向かっていた。
*
ついにナズナさんが囚われている島にやってきた。
この島に、ナズナさんはいる。僕の記憶はないことは確実で、ナズナさんにとっては初対面でしかない。僕のことを何も知らない、世界中から嫌われていると認識している。
絶対に幸せになれないと信じ、あの地獄が最もマシな世界であると思っている。
不幸のどん底にいるであろうナズナさんを救い出すために、僕は意気揚々とこの島に上陸した。
今すぐにでもあの地下室に行こう。そう思い全速力で駆け出し、すぐに町へも到着した。
詳しい場所はうろ覚えだけど、あの奴隷部屋は別に秘匿されているわけでもない公で公開されている場所だ。
奴隷制度は当然のように存在し、その奴隷も世間一般のイメージとは大きくかけ離れとてもマシな生活を送っている。
だから町の人に聞けば普通に場所はわかるだろうと高をくくっていたんだけど、
「……妙にあわただしいな」
道行く人々はどこか慌てた表情で落ち着きがないように見える。
単に仕事が忙しいとは違った様子で、不自然極まりない。
僕は比較的落ち着いてそうな人がいるお店に立ち寄り話を聞いてみる。
「あの、少しいいですか?」
「ん? ああいいよ、何が欲しいんだい?」
立ち入ったお店はよくある八百屋で、僕のことをお客さんだと思ったようだ。
話だけを聞くのも迷惑かと思ったので、僕は適当に果物を一つ注文してから質問する。
「あの、ここで奴隷が集められている地下室があると思うんですけど、どこに行けばそこに行けますか?」
そう聞くと、店主は少し怪訝な顔つきになった。
「あそこか。確かにあるにはあるが、今は行かないほうがいいぞ」
「行かないほうが? なんでですか?」
「奴隷を管理していたアイリ様とアスト様が今いないんだ。秩序が乱れて、普通の奴隷はまだいいんだが、犯罪者奴隷どもの管理で今忙しいみたいなんだ」
「アイリさんとアストさんがいない?」
予想外の出来事に目を丸くする。
アイリさんたちはそんなことを言っていたかな?
いや、絶対に言ってない。
考えられる理由は、アイリさんたちにとってこの時期の不在はただの些事で伝える必要性がないと判断したか、単純に忘れていたか。
もしくは、前の世界では起きていなかったか。
「何があったか聞いてもいいですか?」
「ああ、俺も詳しいことはわからないんだがな、少し前に奴隷部屋を襲ったやつがいるんだよ」
「奴隷部屋を?」
「目的はわからないがかなりの暴れようだったみたいでな、アイリ様とアスト様が直々に対処したんだが抑えきれなかったんだ。で、そっから詳しいことはわからないがお二人は姿をくらましてな。噂じゃ奴隷にされた腹いせに復讐に来た奴に殺されたんじゃないかって話だ」
あの2人が抑えきれずに?
少し、考えにくい。
この店主の人は知らないだろうが、アイリさんは魔石の一族だ。
アイリさんの実力すべてを理解したわけじゃないが、生半可な実力でどうこうなる相手ではない。
万全の状態なら僕も勝てるかわからないレベルの人なのに、たかが侵入者ごときに後れを取った?
あり得ないと言い切れはしないが、不自然極まりない。
「ありがとうございました」
僕は店主から奴隷部屋の場所を教えてもらいそこへと向かった。
行方をくらませた2人は気になりはするが、僕の一番の目的はナズナさんだ。
聞いた限りじゃ奴隷はそのまま放置されているみたいだし、ナズナさんはあの地下室にいるはず。
となるとアストさんという抑止力がなくなっている現在、僕の心が急に不安で押通分されそうになった。
全速力で奴隷部屋へ向かうと、そこには重苦しい顔つきの男たちが数人、たむろしていた。
「なんだてめえ? 何しに来やがった?」
明らかな喧嘩腰に少したじろいだが、この島にいる人間はどれも大した実力を持っていないと知っているので、僕は冷静に対処する。
「地下室に用があるんです。どいてください」
そう言うと、男たち数人が僕の前に立ちふさがる。
「邪魔するつもりですか?」
戦うことも仕方ない、そう思って魔力を練ろうとするが、
「名前は?」
男の一人がそう聞いてきた。
意図は理解できないがまだ戦意は感じられないので、とりあえず答える。
「ユイ・イチホシと言います」
名前を答えると、僕の前に立ちふさがっていた男たちが急に道を譲った。
「あんたがユイか。よかったよ、間に合ってくれて」
「間に合って?」
「ここの地下にあんたに会いたがってるやつがいる。あの女……いや男か? どっちかわからないが、ユイってやつが来たら自分のもとに来るよう言えって言われてたんだ。あと1週間でこの島を出るつもりだったそうだよ」
「……そう、ですか」
「そいつは一番地下にいる」
男の言葉に嫌な胸騒ぎをした。
この人からすると、僕に会いたがっている人は女か男か区別がつきづらい。
それだけで、誰が待っているかはある程度予想が出来た。
「失礼します」
男たちが見守る中、僕は奴隷部屋に入り地下へと足を進める。
1階、2階と地下を降り、地下室へと向かう。
あの男は一番地下と言った。
けど一番地下にあるのは、ナズナさんの部屋のはずだ。
たぶんだけどナズナさんは、この地下室にはいない。
そう思っていると、地下を下りる途中、地面に転がる無数の男たちを見た。
「う、うぅ……」
死にはしないだろうがとてもボロボロで、激しく痛めつけられていたことが簡単に想像できる。
普段なら駆け寄って心配もするところではあるが、申し訳ないけど今は無視して最下層へと歩みを続ける。
そして、ナズナさんがいた地下室の扉にたどり着く。
「ふう……」
息をゆっくりと吐いて、ドアノブに手をかける。
カチャっと音を立てて、ゆっくりと扉を開ける。
そして目の前に、予想した男が座り込んでこちらを見た。
「よぉ、ユイちゃん、久しぶり」
僕が世界を渡るきっかけになった、ナズナさんの仇。
アルちゃんの体を乗っ取った、たぶん僕が唯一恨みを抱いている男。
多くの命を奪ってきた憎むべき仇、ゼロがいた。




