第178話 「この世界での中身」
なぜかわからないが僕はエイジン様に命を狙われてしまっている。
おそらくは世界最強であるであろうあのエイジン様からだ。
アニスさんやお嬢様から聞かされた話では、その強さはこの世界で比肩する人間はいない、それどころかエイジン様の前ではセウルお嬢様も含め神の十指でさえ、赤子レベルらしい。
ルール無用なんでもありでどんな外道なこともしていいという条件下なら何とかギリギリアニスさんがワンチャンある、くらいのレベルとのことで。
そんな世界最強の男に僕は命を狙われてしまっている。
改めて思う。
なんで?
「……考えてもわからないし、とにかく離れようか」
僕の何がエイジン様の逆鱗に触れたのかは定かではない。謝って済む話なのかも分からない。
けどそんなことを考えるよりも前にまず、エイジン様に見つからないうちにここから離れなければ。
僕は生まれて最大の恐怖を感じながら、必死こいて走りました。
*
「さて、どうしようか」
僕は町で格安宿屋を取り、これからのことを真剣に考え始める。
一度アニスさんに会い、そこから今後のことを相談するつもりでもあったけど、エイジン様から命を狙われているのではアニスさんとコンタクトを取ることが不可能レベルで難しい。
セウルお嬢様は多少厄介ではあるけど口八丁で何とかなったかもしれない。
けど以前の記憶を持っているはずのエイジン様から明確な殺意を持たれているのでは、僕はあの屋敷周辺に近づくことさえできない。
こうなってしまえば一度予定は変更し、アニスさんとは一度も会わずにやるべきことをやるしかない。
ナズナさんの救出を第一目標に、世界のループを解決する可能性がある物事の処理、これが最優先事項だ。
そして出来ることなら……アルちゃんの現状を確認しておきたい。
僕が世界を離れるときにはアルちゃんの中に謎の存在、ゼロがいた。
けど僕が初めて会った時、あの時は確かにゼロの存在など感じなかった。ただその場の流れで友達となり、その後ナズナさんと同じくらい大切な人となったあの頃のアルちゃんは、紛れもなく優しい人だった。
だから今この時、アルちゃんの中にゼロはいるのか。
いないのであれば、どうやってゼロの魔の手からアルちゃんを守ればいいのか。
そしてもし存在すれば、どうすればゼロをアルちゃんから追い出せるか。
…………今考えても、仕方のないことだ。
このアルちゃんを救いたいということは完全に僕のエゴだ。
多分だけど世界を救う方法としてはあまり関係のない、僕が幸せになるために行うだけの自分勝手なもの。
いつもであればそんな考えは排除し、まずは必要なことだけをしていただろう。
けど僕は、アイリさんに言われ、約束したのだ。
僕自身の幸せを願うと。
「……時間はあるし」
一つ目の目的を達するまでにまだ時間はたくさんある。
それまでの間に学園国家に赴き、なんとか学内に潜入しアルちゃんの様子を探る。
それぐらいであればしても問題ないはず。
僕は僕自身の行動を正当化し、明日にでも行動を起こすことを決めた。
*
学園国家エクセル、そこは名の通り無数の学園があり、そのすべてを統括し国家として認められた学園だ。
日々切磋琢磨を繰り返し、多くの人々が研鑽を積み己を高め続けているこの国の住人は、おそらく国単位で見れば最強と言って差し支えないかもしれない。
エイジン様のような完全イレギュラーな存在がいない限りはこの国が世界征服することだって可能なほどだ。
そんな傍から見れば危険極まりない最強国家への潜入は、僕からすればあまり苦ではなかった。
元々この学園に通っていたということもあり、ある程度の土地勘があることに加え、いざというときのための抜け道なんかもすべて把握している。
誰にも見つからずにこの場に潜入することは難しくなく、アルちゃんが住んでいる寮までの道のりを進むことが出来た。
そうしてたどり着いた場所で、僕は身をひそめながらアルちゃんの帰りを待つ。
周囲には相変わらず首輪をした学内スレイブで溢れているけど、僕が最後に見た時ほど多くはない。
ほとんどは普通に過ごし、自己研鑽に勤しむばかりだ。
この学園もある程度は平和になっていることにほっと胸をなでおろしながら、アルちゃんが帰ってくるのをまだかまだかと心待ちにする。
おそらくこの世界のアルちゃんはまだゼロの干渉を受けておらず、心優しい人のままのはず。
そう期待して、また友達になれると思いながら待っていること3時間、アルちゃんは一向に姿を見せなかった。
授業はもう終わっているはずで、すでに日は落ち辺りは暗くなっている。
いくらなんでも遅すぎると僕は待ちきれなくなり、行動に移す。
物陰から身を乗り出し、誰にも見つからないように寮の中に入り込む。
アルちゃんの部屋はわかっているし、ゼロに乗っ取られていないことだけ確認するためと、多少危険ながらも寮内を徘徊していると、アルちゃんの部屋まで容易にたどり着く。
「……気配がない」
あまり精度は高くないけど、僕にだって気配を察知するくらいのことはできる。
だからこそ、部屋の中に誰も存在していないことが分かる。
やはり何か用事があり帰ってくるのが遅くなっているだけなのか、そう考えていると、
「誰だあんた?」
ちょうど返ってきた学生と鉢合わせになってしまった。
まずい、と一瞬思ったけど、どうやら僕のことを国外の部外者とは認識していないようで、呑気な顔を晒している。
「いえ、ちょっとこの部屋の人に用事がありまして。まだ帰ってきていないようですが、いつ帰ってくるかわかりますか?」
穏便に済ませようと、さらにあわよくば情報を手に入れようと学生に聞くと、キョトンとした顔で答えた。
「この部屋の? それってアル・クールだよな。あいつなら学園をやめたぞ」
「……は?」
アルちゃんが学園を、やめた?
「ついこの間な、ここには用はないからって、荷物をまとめて出ていったよ。急なことだったけど一定の金さえ払えばすぐに国を出ることはできるからな」
学生は嘘をついている様子はない。
そもそもこんな嘘をつく意味がない。
ということはアルちゃんはこの学生の言う通り、間違いなく学園国家を離れたことになる。
なぜ?
以前の世界では僕が入学するまではもちろん、その後もゼロに乗っ取られるまで学園の生徒として生活していたはずなのに、なぜアルちゃんは学園をやめている?
決まっている。
この世界のアルちゃんはすでに、ゼロに乗っ取られている。
しかも世界が再生してからこんな短時間でゼロがアルちゃんの体を奪っているということは、ゼロは以前の世界の記憶を持っているはずだ。
それはつまり、アニスさんやエイジン様と同じ、オリジナルのセウルお嬢様によって記憶の持ち越しが許されている例外的存在ということ。
「くそっ……!」
僕は思わず壁を殴りつける。
壁はひび割れ、僕の拳からも血が滴り落ちる。
「お、おい……」
「アルちゃんはどこへ行くと言っていましたか?」
「い、いや……俺は別にあいつと親しかったわけでもないし、どこへ行くかなんて聞いてねえけど」
「……そうですか。すいません、お騒がせして」
僕は唖然とする学生を置いて、この学園国家から離れる。
アルちゃん……ゼロがこの国にいないのならここにいる意味はない。
おそらくこの学園に手がかりを残しているはずもないだろうし、偶然でも起きなければ彼に会うことは不可能だろう。
……しょうがない、これはしょうがないことだ。
まずは僕にできることをする。それだけしか……出来ない。




