第14話 「隠し通路のその先で」
「……このくらいかな」
時刻は7時、すでに夕食の時間だ。
今日の魔法訓練では、結局魔力のコントロールまでは出来なかった。
どれだけ意識を集中しても魔力は霧散し、うまく制御できない。
放出なら簡単にできるようになったけど、このままでは上達する気が全くしない。
期限は1カ月以上あるとはいえ、それもたった1カ月しかないと思うほどだ。
「ユイ君、夕食の準備が出来ましたよ」
「あ、はい。今行きます」
アニスさんに呼ばれて、僕は急いで食卓へと足を運ぶ。
すでにセウルお嬢様もエイジン様も椅子に座っていた。
「……もしかして、待ってくれていたんですか?」
「当たり前よ。一緒に住んでるんだから、一緒に食べるのが普通でしょ?」
「早く座れ。こっちは腹が減っているんだ」
何気ない二人の言葉が、僕にとってありえない初めての物だった。
「一応確認ですけど……僕って奴隷なんですよね?」
「形式上はね。でも奴隷よりも召使いの方が近いし、なにより奴隷らしいことをさせるつもりないし」
「そうですよユイ君、ささ、早く食べましょう。冷めてしまいますよ」
アニスさんに促され、僕は自分の席についた。
「それじゃ……いただきます」
食事を口に運ぶたびに、僕は自分の立場という物が分からなくなる。
今まで虐げられ続け、奴隷として買われたはずなのに……なぜ満たされているのか。
訓練はきつかった。けどそれも、耐えられるものであった。
なにより、僕のための物だということが分かっているから、痛くても苦しくはなかった。
逃げ出したいと思うことは、一度としてなかった。
大変ではあるけど、こんな平穏な時間を過ごすことが出来る日が来るなんて、今まで夢にも思わなかった。
もしかしたら僕はこの世界で、幸せになれるんじゃないかと……。
いや、それはダメだ。
今この時が恵まれ、幸せになれるのだとしても、僕はその道を進んではいけない。
だって僕は、穢れているから。
僕は幸せになってはいけない。
それだけは分かっているから。
だから……心を鎮めよう。
幸せを感じつつある僕の心を、無にするんだ。
「ごちそうさまでした。次は確か、勉強の時間でしたよね? どこの部屋で行いますか?」
「そうですね、ユイ君のお部屋で良いでしょう。あとで行きますので、待っていてください」
「あ、私も一緒にやるわ。魔力の扱いについてはあれだったけど、勉強だったら私に任せなさい! この世界でもトップクラスの頭脳、見せつけてあげるわ!」
「……フッ」
鼻で笑ったアニスさんを、見逃すお嬢様ではなかった。
「アニス! 何がおかしいのよ!」
「いえ、言うに事欠いて世界トップクラスですか。前回の学力テスト、何位でしたっけ?」
「……3位」
「いや、十分にすごいじゃないですか」
お嬢様の通っている学校のレベルがどれほどかは分からないけど、3位なら十分に誇っていい成績のはずだ。
世界トップクラスと言えば鼻で笑っちゃうかもしれないけど、貶すほどの能力ではない。
「まあでも、今回のお勉強ではお嬢様の出番はありませんよ。この屋敷のトラップについての解説が主ですから。それともお嬢様、私よりもこの屋敷を把握していると?」
「……分かったわ。じゃあ文字や世界の歴史についての勉強の時に呼びなさい」
「かしこまりました」
話はついたようで、僕は食器を片付けた後、自分の部屋に戻った。
20分ほど待っていたら、アニスさんが大きな紙を持って部屋に入ってくる。
「お待たせしました。それではこちら、屋敷の地図になります」
大きな地図を、床に広げるアニスさん。
それには、屋敷の構造と大量の赤い点が記されていた。
「この赤い点が、トラップってことでいいんですか?」
「そうです。基本的には旦那様とお嬢様の部屋近くに多くのトラップは配置しています。今日はユイ君が仕事をしやすいように一部を停止しておきましたが、明日からは正常通りにしますのでご注意を」
「トラップはどうやったら作動してしまうんですか? 魔力的ななにかですか?」
「基本的には触ったらですね。例外的に、魔力感知のトラップが少々ですが、普通に生活していたらまず作動しない物です。あくまでも、攻撃魔法を廊下で作動してしまわなければ、なんということはありません」
なるほど、なら場所さえ把握しておけば、屋敷内のトラップで命を落とす、なんてことにはならなそうだ。
見れば、お嬢様とエイジン様の部屋周辺、それ以外は普通の生活をしていたら触ることのない場所だし、安心だ。
「ではこのマップはあとでじっくり覚えてもらうとして、次は屋敷の構造について説明しましょう」
「……このマップが、屋敷の構造じゃないんですか?」
「表向きはそうです。しかしこの屋敷は、お嬢様も旦那様も知らない、私だけの特別なルートが存在します」
……ああ、そうか。
確かアニスさんは、この屋敷に隠し扉をいくつも作っている。
玄関先の壁や僕の部屋に通ずる道、他にも多種多様な仕掛けが施されていることだろう。
使用人としてこの家で働く以上、そういった裏まで知る必要があるんだろう。
「というか、エイジン様も知らないって、そんなことしていいんですか?」
「大丈夫ですよ、家を壊してるわけではないんですから」
「まあ……そうですけど」
壊さなければ改造してもいい、とはならないだろう。
そう思いつつも、話がこじれることを危惧して会話を終わらせる。
「それで隠し通路についてですが、これは実際に見てもらった方が早いですね。開け方にも少しコツがいるので、ちゃんと覚えておいてください」
そう言って、アニスさんは部屋の壁と床、計三か所を叩き始めた。
すると、順々に壁や床は動き出し、暗闇へと通ずる入り口となった。
「ちなみに、全ての入り口に通ずることですが、縁に触れて魔力を流しこめば明かりがつきます」
アニスさんが手を振れ、一瞬にして明るくなったのを見て理解する。
部分的に見れば僕の世界の技術以上の利便さを思わせる仕掛けには、素直に称賛する。
「じゃ、探索してきてください」
「……雑ですね」
「習うより慣れろ、です。これは私一人が使用するものでしたので、地図の類は存在しません。地道に覚えるしかないですね。でも安心してください、この通路には一切のトラップは配置していないので、安全ではあります」
「はあ……わかりました。ところで、1人でですか?」
「1人でです。危険は何もありませんし、私が同行する意味はありません」
場所を教えるのに、意味はありそうだけど。
しかしアニスさん本人が1人で行けと言うのなら、行くしかない。
危険はないと言われても不安は募るが、しょうがない。
「行ってきます」
「一時間ぐらいしたら戻ってきてください。あ、この道を通って、ですからね」
「了解です」
僕は隠し通路の中へと入っていく。
中は普通に明るく、昼間と言われても問題ないほどに明るい。
それに中々に広く、通気性も良くほどよい風が吹いて快適だ。
正直、この場所も部屋の一つとして使用しても問題ないほどには。
……けど、複雑すぎる。
道はいくつにも分岐され、さながら巨大迷路のごとき難解さだ。
そんな迷路を歩いて行くと、壁に四角い線が描かれているのを見つける。
「ここが部屋につながっているってことか」
アニスさんしか使用しないだけあって、分かりやすい目印があっても問題ないのだろう。
物は試しと、僕はその壁を思いっきり押してみる。
すると壁は回転し、僕は一つの部屋にたどり着いた。
眼前には、椅子に座っているお嬢様がいた。
……椅子じゃない、ここトイレだ。
「きゃあああああああああああああ!」
用を足しながら、お嬢様が絶叫する。
さすがにこれはヤバイと、僕はすぐに隠し通路へと逃げ込んだ。
「……ごめんなさい」
一言謝罪を残し、探索を再開した。
一時間後、ある程度探索を終えた僕はアニスさんに言われた通り、隠し通路を使って部屋まで戻った。
しかしそこにアニスさんはおらず、鬼の形相をしたセウルお嬢様が立っていました。
「覚悟はいいかしら?」
言い訳をする間もなく、僕はボコボコに殴られました。




