第15話 「評価と今後」
「あらら~、ボッコボコですねぇ」
呑気な声を上げながら、ズタボロで寝転がる僕にアニスさんが語り掛ける。
「ちなみに、ここの隠し通路から一番近い部屋がトイレです。覚えておいてくださいね」
「最初に教えておいてください」
顔に無数の痣を作りながら、僕はアニスさんを見上げる。
「どうします? 今日のところは休憩にしますか?」
「……また探索とかですか?」
「文字のお勉強です」
「じゃあやります」
きしむ体に鞭を打ち、起き上がる。
……なんか、体が不思議な感じがする。
朝からボコボコに殴られているというのに、不思議と痛みが継続しない。
もちろん、アニスさんが手加減してくれていたというのもあるだろう。
けど、さっきお嬢様に殴られた痛みも、今は大分和らいでいる。
これが魔力の力なのかな。
「さあユイ君、椅子に座ってください」
アニスさんが促し、数枚の紙を持ってきた。
「今回はこれに書かれている文字を覚えてもらいます。三枚の紙にはそれぞれ別種の文字がありまして、まずはこちらです」
一枚の紙が机に広げられる。
書かれている文字は、日本語はもちろん、英語でもなく、どの国の言葉とも結びつかない奇怪な形をしている。
「……全く読めないです」
「一番右上が『あ』です。その次は『い』、次が『う』です」
……それってもしかして
「じゃあ、その下は『え』ですか?」
「おお、正解です。良く分かりましたね」
「僕の世界にも、この並びの文字群がありまして……、それじゃあ一番上の文字は、あかさたなはまやらわ、で合ってますか?」
「はい、完璧です。なら必要なのは、文字の形を覚えるだけですね。ならとりあえず……100回ほど書いてもらいましょうか」
途方もない数字が、アニスさんの口から放たれた。
この紙に書かれた文字の総数は約50、つまり5000回この文字を書かなければいけないということ。
けどまあ、戦闘訓練や魔力の訓練よりは全然楽だ。
適したやり方かどうかは分からないが、確実に身につくことは分かっている。
傷つかずにただ反復すればいいだけなんて、楽にもほどがある。
「紙は引き出しの中にあります。ペンはこのインクを使ってください。長持ちしますよ」
「了解です」
「では、私は別の仕事があるので失礼します。時間になったら勝手に終わっていいですから」
そう言って、アニスさんは部屋から出て行った。
監視も何もつけないのは、僕のことを信用しているからなのだろうか。
なんにせよ、まずはこの文字の形を覚えることに専念しよう。
*
「はあ~~~~~~~~……疲れた」
一日の作業を終え、ベッドに横たわる。
時刻は夜の二時半、普通の人間ならばすでに就寝についている時間だ。
しかし僕にとっては、普段はまだ勉強している時間。疲れてはいるけど、まだ眠りにつくほどの眠気は感じていない。
……多分、不眠症になってる。
「あと一時間、もう少し勉強でも……いや、文字の方は順調に覚えられているから、魔力の特訓でも」
数時間にも及ぶ文字の反復学習により、頭の中には無数の文字が刻まれている。
覚えきるのも時間の問題だ。
けど、魔力に関しては手掛かりの一つも全くない。
どれだけ時間をかけても、習得できるとは思えなかった。
「放出は出来る。あとは操作だけなんだけど……」
体外に放出された魔力は意識を集中させても操作は難しい。
集中しているつもりでも、いつの間にかリンクが切れ、感知することのできない僕は見失う。
セウルお嬢様の指導は感覚的で、僕には理解できない。
だからこそ、自発的な訓練が必要となる。
そう思い、一時間ほど訓練を続けてみる。
結果は…………少し、ズルだけで発見があった。
魔力が手から離れれば見失う。なら、離さなければいい。
空気中に漂わせた魔力は、いかに自分のものとはいえ操作は難しい。
ということは、漂わせなければ、初めて魔力を扱う僕にも操作は可能だ。
手のひらに魔力を集中、それを遠くへと移動させる。
その際、移動させた魔力と手のひらを繋ぐ魔力の糸を紡げばいい。
たとえどれだけ離れた位置にある魔力でも、繋がってさえいれば感じられる。
動かすことは出来る。
これが正解かどうかは分からない。もしかしたら、ひどく不格好な拙い行為かもしれない。
けど、実は燃費は良い。糸を手繰るように放出した魔力を手元に戻せば、体外の魔力も体内へと吸収できることを発見した。
明日、お嬢様にこのことを言ってみよう。
もしもやっちゃいけない行為なのだとしたら、その時に新しい方法を模索すればいい。
期限はまだ一カ月以上もある。
そう、焦ることは何もない。
*
新たな発見をし、ユイの能力が向上した少し前の会話。
セウル、アニス、エイジンはテーブルを囲み、各々がユイに評価を下していた。
「武術はそこそこにはなりそうですね、運動神経は中々にいいですし、何より目がいいです。妙な癖さえなくせば、あと数週間で私の攻撃も見切れそうです」
「魔力はてんでからっきしね。魔石のおかげで少しずつ魔力量が向上しているけど、それをコントロールする能力は皆無よ。普通なら子供でも数センチくらいは操作できるけど、ユイは手元から離れた瞬間に霧散するもの。正直、才能0よ」
「なるほどな、武力はそこそこ、魔力はクソと言うことか。まあ、妥当な判断だな。わしも少しだが様子を確認したが、その評価に間違いはないだろう。で、今後のスケジュールに変更はあるのか?」
「いいえ、なにもありません。才能がないとはいえ、魔力の扱いに多少なりとも長けていれば、身体能力の向上もしますからね。魔力の向上=武術の向上でもあるのです」
「ま、教え甲斐はないけど、それはそれで面白そうではあるからね。指導は続けていくわ」
「ありがとうございます。お嬢様は魔法の天才ですから、才能のないユイ君でも多少は使い物になるでしょう」
「そう、天才だから。じゃ、話はもう終わりね。なにか問題があったら、その都度報告するから、こんな定例会議、無しにしましょう」
「そうですね。おやすみなさい、お嬢様」
あくびをしながら部屋を出るセウルに頭を下げ、アニスはエイジンへと向き直る。
その顔は、普段以上に真剣な顔をしていた。
「アニス、奴はどこまでいけそうだ?」
「さすがに、まだ判断はつきかねますね。戦闘能力で言えば、才能はあります。これからみっちり鍛えれば相当になると思いますし、魔石も不完全とはいえ備わってますから」
「魔石な、それは予想外だった。今まで試すことなんかなかったからな。37日後は……可能性はあるか」
「そうですね、可能性はあります。魔法もなく、戦争も起きていない平和な世界から来た召喚者がどこまで戦闘を……殺し合いをできるかが問題ですが」
「そうだったな。才能はあっても、死んでいった者は、かなりの数いるな」
「出来る限り鍛えるつもりです」
「ただ、セウルに害をなすと判断し時は、即座に首を刎ねろ。分かっているな?」
「当然です。私たちが優先すべきは、セウル様ただ一人です。それ以外は、たとえ死んでも構わない」
「ならいい。明日も早い、すぐに寝ろ」
「かしこまりました」
2人は会話を終え、各々の寝室へと戻る。




