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俺より終わってる転生者はいないと思う  作者: 井坂津小津
第一章 スウィート・ホーム・メルレアン
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スチームの楽園・メルレアン

 駆動車に揺られて、夜の街道を1時間。大仰な門をくぐると、そこには、巨大な穴があった。今いる穴の淵からは、向こう側の穴の淵がかすんで見えない。それほどに巨大な穴であった。その穴からはみ出すほどに、道や、橋、建物が密集している。


 さながら一つの生命体のように、中央の時計塔の歯車に合わせて、車が、鉄道が夜空の下で電灯を光らせ、うごめいていた。


 これがメルレアン。この世界で最も栄えている大都市である。


 駆動車は、メルレアンの道を降りていき、途中の道で右に曲がる。目の前には、厳重な警備の敷かれた軍事施設。おそらくここが、騎士団の基地なのだろう。


「さ、ここがメルレアンよ」


 シズレはそういうと、健司たちに降りるように言った。呆然と外の景色を見ていた健司は、我に返り慌てて車外へと出る。地面には、不思議と土や草があり、建物にはツタが絡みつき、小鳥や虫なども見られる。


 人工と自然の融合の完成形が、このメルレアンなのだ。


 健司は、駆動車の窓越しにお礼を言った。ウェイドも同様に頭を下げた。


「シズレさん、何から何まで、本当にありがとうございました」


「いいのよ。それじゃ、二人とも、あんま無理はしないようにね」」


 シズレはにっこりと笑って基地の中へと入っていった。


 健司は、伸びをして大きく深呼吸した。土のにおいの中にほんの少し排気ガスが香る。


「そう言えばさ」


 健司は、同じく伸びをしているウェイドに話しかけた。


「なんだ?」


「留置所で、お前積み荷がどうたらとか言ってたよな。俺、お前がその積み荷を持ってるとこ見たことないんだけど」


「……」


 ウェイドは、真顔で沈黙した後、ものすごく作った感満載の笑みを浮かべた。


「さてと」


 ウェイドは、ニヤケた顔で、大仰に健司の肩を叩く。


「さて、健司君。僕が国境沿いの詰所を出るとき、何て言ったでしょうか?」


「え?」


 健司は、ウェイドの唐突な謎クイズに困惑する。


(なんかいろいろ言ってたけど、何が正解だ……?)


「さあさあ、行ってみなって。外しても怒ったりしないから」


 ウェイドは、いつも以上にニコニコとした様子だ。


「……麻薬?」


「そっちじゃない」


「じゃあなんだよ」


「言ったろ?『俺の仕事を手伝ってくれないか?』って」


 そういわれてみれば言ってたような気がする。というのも、あの時の会話は、麻薬のインパクトがデカすぎて、ほかのことはあまり覚えていない。


「ああ、仕事の手伝いな。覚えてた覚えてた。で、何をやるんだ?」


「うん、それがだな……」


 ウェイドの表情を見るに、ろくなことにならないなと健司は直感した。


 §

 ウェイドに連れられて、健司が向かったのは、メルレアン最大手の冒険者フリーランスギルド『アーシラアグニ』の受付であった。さすが最大手というべきか、ニュー・クマンのギルドとは段違いに建物も大きい。ニュー・クマンの官制ギルドは、一つの受付でギルド業をこなしていたが、アーシラアグニの受付は、『依頼受付カウンター』『依頼報告・報酬受け取りカウンター』がそれぞれ5つ。また『冒険者フリーランス登録』や『庶務』などにそれぞれ別個のカウンターが用意されているなど、きちんと分業化されている印象を受けた。


 ウェイドは、申し訳なさそうに、『依頼報告・報酬受け取りカウンター』の五つある受付の右端の受付嬢に向かっていく。健司もそれについていった。


「Oランク、ナンバー114334のウェイド=ジョー=ウーです」


 受付嬢は、手元の紙束をぱらぱらとめくり、一枚の紙を取り出した。その紙には、『重要物輸送依頼:Oランク』と題名が書かれており、その下に、細かい文字で契約文書がつづられている。


「はい。『重要物輸送依頼:Oランク』のウェイドさんですね。期限は明日の正午となっております。納品しますか?」


「いえ、それがですね……」


 突然、受付嬢の表情が固まった。


「はい、どうなさいましたか」


「途中で、騎士団に見つかりまして。その、あれですよ」


「物資を押収されたと」


「……はい」


 健司は、この時の、受付嬢のあの顔を一生忘れることはないだろう。般若にむりやりもう一枚の能面を付けたような、溢れんばかりの怒りを抑え、受付嬢は二人に『第二多目的室』に入るよう促した。


 言われた通りに、アーシラアグニの建物の奥にあるその部屋へ向かうと、そこには、如何にもな「怖いお兄さん」がそこにいた。


 健司たちが部屋に入った時の、「お兄さん」の第一声が、これだ。

 

「ふざけんじゃねぇぞ、このやろー! 二度とミスんじゃねぇ。わかったな!!」


 多目的室に入った瞬間、彼はグアラリル顔負けの怒りの咆哮を放ったのだ。


「「はい、申し訳ありませんでした!」」


 ウェイドだけでなく、同行していただけの健司さえ、その迫力にはひれ伏すほかない。その後、日付が変わるまで、二人は怒鳴られ続けた。ようやく解放されたときには、二人とも消耗しきった状態であった。


「ウェイド……お前」


 アーシラアグニを出た健司は、ウェイドに文句を言おうとするも、その元気さえなくなっていた。


「いやー、あれだぜ。さっきのアレ、まだましな方なんだよ」


 さすがのウェイドも、声色から疲れが読み取れる。


「二人だから、怒りが分散されたけど。あれ一人で受けて見な。余裕で死ねっから……」


「まさか仕事って」


「そういうこった」


 健司は、大きくため息をついた。メルレアンに感じていた、一端のロマンがこの3,4時間で一気に消し飛んだ。結局どの世界でも、無能には厳しい世の中なのだ。


「とりあえず、俺の家行くぞ。今日はもう寝よう」


 健司は、もう返事することなく、ウェイドに連いていき、彼の家に着いたのであった。


 ウェイドの家は、アーシラアグニから、徒歩30分ほどの集合住宅街の中にあった。日本のような、マンションというよりは、小型の一軒家が何個も何個もブドウのように密集している感じである。ウェイドの家の前には「W・J・W」と書かれた表札が刺さっていた。家の中は、一畳ほどのいやに狭い部屋――部屋だと、ウェイドは言い張っているが、たぶんクローゼットだと思われる――が二つ。洗面台とシンクが融合したようなものが置いてあるキッチンには、必要最低限の食器が置かれており、ほかには何もない。合計してこの三部屋がウェイド家の中にある。


 ウェイドは、帰り際に1ブロンズチップで買った毛布二枚を、健司に投げ渡した。


「じゃ、お休み」


 そういって、ウェイドは自分の毛布を持って、自分の部屋の中へと入っていった。健司は。投げ渡された毛布に視線を落とす。これで寝ろということだろう。


「……おう、お休み」


 いろいろ言いたいことがあったが、なんかもうこの一言でいい気がしたのは、疲れのせいに違いない。


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