【速報】 健司君初ハーレムか!?
同時刻、メルレアンの騎士団本部に帰還したシズレは自分のデスクに荷物を降ろし、騎士団公共安全隊の隊長の下へと向かった。
重厚なドアをノックすると、中から「入っていいよ」と声がする。シズレは、丁寧にドアを開け、公安隊隊長に向かって騎士団式の敬礼をした。公安隊長も、同じように敬礼を返す。
「ただいま、国境警備から帰還しました」
「ああ、お疲れ。収穫はあったかい?」
公安隊長は、禿げ頭の汗をハンカチでぬぐいながら、事の次第を聞いた。
「いえ、プロメセティからの侵入者はたったの二名。一人はデータと明らかに違うため釈放。もう一人は、ただの冒険者でした」
「そうかい……本部長の指示とはいえ、君には徒労を背負わせてしまったね。すまない」
「いえ、自分は大丈夫です」
やはりあの本部長の指示か、とシズレは心の中で舌打ちを打つ。ヤカテミル騎士団本部長。現在の騎士団のトップだ。騎士団内政治の手腕には優れているが、賄賂や自分の地位を脅かす者の暗殺など、黒いうわさは絶えない。シズレは、会った時からあの男とは馬が合わないと直感したほどだ。
「とにかくお疲れさま。報告書は僕がまとめておくよ。それじゃ、持ち場に戻ってくれ」
「かしこまりました」
シズレは、再び敬礼して部屋を出ていった。
「さて、香取信明の情報か……元冒険者の変異者とあれば、行くとこはあそこしかないわね」
シズレの表情は晴れないままだ。
§
翌日、健司は、ウェイドがほかのパーティーメンバーを集めている間に、冒険者登録をすることとなった。依頼カウンターの二つとは少し離れたところにある、『冒険者登録カウンター』に着くと、受付嬢がにこやかに挨拶してきた。
「おはようございます、本日はいかがなさいましたか?」
「あの、冒険者登録をしたいのですが」
そういうと、受付嬢はいくつかの質問が書かれている紙を取り出した。文字から察するに、活版印刷の技術はあるようだ。
「読み書きは出来ますか?」
「はい」
「それでしたら、ここに書かれている質問にすべて答えたうえで、提出をお願いします」
「わかりました」
健司は、据え付けられた机に向かい、質問を見ていく。質問は名前――「偽名でも可」と書かれているのが恐ろしい――や硬貨の両替ができるかなどの簡単な質問ばかりだ。目につくのは、現代日本では必須な履歴に関する質問が、何一つないことである。そして、裏面の最後の質問を見ると、健司は首を傾げた。
『あなたは変異者ですか? はい/いいえ
もしそうであるなら、登録カウンターにてお申し付けください。簡単な審査を行い、アーシラアグニの変異者基準を満たせば、Cランクからのスタートとなります。
※審査は無料です』
変異者とは何だろうか。健司は、そのどこかで聞いたことがあるような言葉を思い出そうとする。しかし、2,3分考えてみても思い出せなかった。どこかで聞いたことはあるはずなんだが……
「あの、すみません」
聞くは一時のなんとやら、健司は受付嬢に「変異者」について質問した。
「ここに書かれている変異者って何ですか?」
「ああ、それに関してはですね……」
受付嬢は、カウンターの棚からもう一枚紙の束を取り出した。『変異者について~変異の対処と、周りの支援、就職斡旋~』と、妙に胡散臭い題名が書かれたその紙束は、変異者についての概要が示してあった。
要約するとこうだ。
1、魔法を会得していないのに、超自然的な力を行使している者
2、変異はあくまで、超自然的力が行使できるだけなので、差別はしないように
3、もし、職がなければ、アーシラアグニが斡旋しますよ
というものだった。
(超自然的な力ねぇ、セセーの炎とかは、人間業じゃなかったよな……あっ!)
「変異」という言葉を、健司はようやく思い出した。あの生贄の部屋で、霧を初めて使ったとき、セセーが言った言葉だった。
『くそっ! 見誤った……こんなに早く変異するとは』
あの時に発した変異という言葉は、このことを指すのではないだろうか?
「ちょっといいですか?」
健司は、紙束を握り締め、受付嬢に話しかける。
「はい、ほかに何か?」
「僕、変異者なんですけど……」
「そうですか、ではしばらくお待ちください。審査を行いますので」
受付嬢の反応は、思ったより事務的なものだった。
§
(えーい、くそったれ!)
一方、ウェイドのメンバー集めは、難航していた。ここ一時間で聞いたセリフは、「あー、だめだよ。ほか当たって」と「いや、僕らいっぱいになっちゃったから」と「Oランクが話しかけてくんなよ」の三つだ。オブラートに包んだり、もっと口汚く言われたこともあったが、内容に変わりはない。
ウェイドは、煮えたぎるような思いを抑え、ラウンジのテーブルに座っていた。周りの人間は空気を察してか、ウェイドの周りに近づこうとすらしない。
「おーい、ウェイド。登録終わったぞ」
ウェイドとは対照的に、呑気な声色で健司がやってきた。
「おお! 終わったか。つっても、Oランクなんて自慢になるどころか、見下されるだけだから、そんなにうれしいもんでもないけどな」
「まあな……」
「どれどれ、見せて見ろ」
そういうが早いか、ウェイドは健司の登録書を読み始める。
「オワリ=ケンジ 22歳。ずっと思ってたけど、わりかし珍しい名前だよな」
「まあ、そうなるな」
言われてみれば、日本では普通の名前でも、この世界の住人はみな横文字の名前なのだ、珍しくはあるだろう。自分も、溶け込めるような名前にすべきだろうか?「オマリー=ケイジ」とか。
(……やめよう、ハリウッドと甲子園を混ぜてどうする)
しばし、くだらないことを考えていると、突然ウェイドに肩を揺すられた。
「ん、どうした?」
「健司、お前……」
ウェイドは、手をわなわなと震わせている。顔色も少し優れていないようだ。何か悪いことでもしたのだろうか、と健司は不安になる。
「どうした一体」
「お前……お前、変異者だったのかよ!?」
そうウェイドが言った瞬間、周りの人間が一斉にこっちを見る。あまりに突然の出来事で、すこし恥ずかしい。
「なっ、ウェイド。声がデカいって」
健司の気持ちもいざ知らず、ウェイドは興奮気味にまくしたてる。
「だったら早く言ってくれよなー! そしたらパーティー組むのにあんな苦労しなかったよ」
ウェイドは、自身の涙ぐましい努力をさも自慢するかのように語る。
「はいはい……」
健司は、どうどうとウェイドをなだめる。その時、
「あの~」
と、健司の後ろから女性が声をかけてきた。振り返ると、三人組の女性パーティーだ。皆、なかなかの美人で、なかなかに可愛らしい装備をつけて、
「はい、どうしましたか?」
「あの~、ゎたしたちと~、パーティ組みませんか~?」
ものすごい媚びてきたのであった。
(……終わってんな、おい)
他人の悪意に疎い健司であるが、この三人はやばいと気付く。
「いや、まあ、あの、お断りの方針で」
健司は、即刻話を切り、元のように向き直った。しかし、その三人組は、依然、健司のそばを離れようとしない。すると、すぐさま別の冒険者がパーティーを組もうと呼びかけてきた。
それを断ると、また別の冒険者が、またそれを断っても別の人が……次々に、パーティーの勧誘が来る。
「モテモテだな、健司」
ウェイドの言葉が、皮肉か称賛かすら判断する暇もないほど、ひっきりなしに勧誘が来る。しかし、特別扱いされるというのは、健司にとっては嫌な気分ではなかった。
思えば、元の世界で自分が頑張れたのは、これが理由だった。すべては、特別視されるために。もっとも、結果は就活失敗からの自殺なわけだが。
健司の勧誘ラッシュは、病むことがない。健司の心は有頂天になっていた。この世界に転生して、初めてよかったと思える出来事だ。しかし、その勧誘ラッシュは、皮肉にも勧誘ラッシュの引き金を引いたウェイドの、たった一つの質問で終わった。
「ところで、健司。どうやって使うんだ? ちょっと見せてくれよ」
ウェイドとしては、ここで健司に能力を使わせて、もっと高ランクのパーティーからの勧誘を期待していたのだった。だが、それに対する健司の一言は――
「いや、わかんない。だから、Oランクからのスタートなんだよ」
――ラウンジの空気が、一瞬にして冷めた。さっきまで熱狂していた冒険者達は、無言のまま、ぞろぞろと、それぞれのテーブルへと帰っていったのであった。
「……あれ?」
健司は、目をぱちくりさせて周りを見渡す。ウェイドは、自分が空気をぶち壊したことに、得も言われぬ罪悪感を覚え、健司に声をかけるのもためらっていた。
「……あれ? 今までのは一体……?」
「……」
健司が、ウェイドを見る。
「……」
ウェイドが、健司から目をそらす。
「「…………」」
「健司……その、なんだ。いいことあるって」
「そうだな。あるといいな」
振り返ると、あの三人組の姿はもうなかった。




