二話目で主人公が○○スープを食う小説があるらしい
「コッチダヨ!」
ニケに案内されてたどりついたのは、ボックス席が並べられた客車であった。そこには、顔にペイントを施した若い男女が所々に座っている。おそらくここの住人であろう。
ニケは、彼らに近づくと、日本語とは違う別の言語でコミュニケーションを取り始めた。やはり、彼らには日本語以外に母国語とも呼べるような、独自の言語を持っているのだ。
(これに関しては、本当に何言ってるかわかんねぇな……)
健司は、しばらく手持無沙汰になって、車窓の景色が流れていくのをボーっと見ていたが、不意にニケが健司の裾をつかみ、住人の前に座らせた。
「ココ ノ ヒトタチ ミーナ ニケ ノ カゾク」
そういって、健司は住人らを見回す。確かに、ニケに似てると言えなくもない気がする。服装は……もう何も言わないでおこう。
健司は、目の前の一番年上に見える女性に向かって、会釈した。
「尾張健司です。よろしくお願いします」
「……?」
女性は、健司の言葉をいまいち理解していない様子だ。
「ムータ ハ セセー ノ コトバ デキナイヨ」
ニケがそういうと、例の独自の言語で女性と話し始めた。大方、こちらの通訳をしてくれているのだろう。通訳が終わり、ニケがこちらに向くと、女性はゆったりと健司に笑いかけた。健司も反射的にお辞儀を返す。
「ケージ! ツギ ハ コッチ!」
言うが早いか、ニケはいつの間にか次の車両へのドアを開けて、こちらを待っていた。
「わかったよ。ちょっと、待ってて」
健司は、ひとまず、全員に軽く会釈した後、ニケの方に向かい次の車両に移った。思うことがあるとすれば、やはり、一番若いだけあって吸収が早いのか、日本語はニケが一番流暢に話せる。助詞や語形変化を使いこなしているのも彼女だけだ。ただ、「ん」は基本伸ばされるか省略される。きっと彼らの母語の関係だろう。
「ケージ ココハネ……」
そういって、彼女が指さす先には、散乱した木箱の山だった。大小さまざまな木箱が、強引に開けられ放置されている。中には、中身が、床にこぼれ出ているものすらある。
「……ニケ、ここは?」
「エートネ タベモノ アツメルトコ ナンダッケ?」
ニケは、首をかしげて言葉を思い出そうとしている。
「食糧庫?」
「タブン コレ」
どうやら、「これそれあれ」は全部「コレ」で統一してるのだろう。
「なあ、ここの食料……食べ物って言った方が分かりやすいか、食べ物はどこで取ったんだ?」
「シラナイ ハジメカラ アッタ」
ニケは、特に隠す様子もなく、無邪気に健司の質問に答える。初めから予想はしていたが、この列車はもともと彼らのものではないようだ。あまり、命の恩人(?)を悪く言うのもなんだが、彼らはこの列車を強奪したのだろう。
食糧庫の奥を見ると、もう一つ、ドアがあった。車両の長さとこの食糧庫の大きさ的に考えて、もう一つ部屋がありそうだ。
「なぁ、あのドアの先は何があるんだ?」
「アー ゴメーネ ソコ ヒミツ ノ ヘヤ イッチャダメ」
「秘密の部屋か……そうか、わかった」
(じゃあ、しばらくはここを調べるか……)
秘密の部屋が何なのかは気になるが、ここで住人に嫌われてもしょうがない。それに、今は、ラベルの文字について考えるのが先決だ。
健司は、ニケに断ってから、積み荷のラベルを調べると、やはり同じように日本語で表記されている。セセーの言う通り、日本語が言語として機能していることは間違いない様だ。気になったのは、ウェリス行きと書かれたトウモロコシの積み荷などが開けられており、そのうえ価値のありそうな陶芸品や宝石細工などの木箱・ケースは全くと言っていいほど手が付けられていない。あまり、芸術に関する欲というものはなさそうだ。
「ケージ?」
しばらく考え込んでいると、ニケは覗き込むように健司を見た。思わず、健司も我に返りニケの顔を見る。褐色の肌に、整った顔立ちをしている。頬には、小さいピンクのラインが三本描かれており、その小ぶりな胸を隠すことなく自由奔放にふるまっている。
「何でもない。どうした?」
セセーに習って、健司もゆっくり、簡単な言葉を使ってニケに話しかける。
「イマ モウスグ ゴハン!」
「そうか、ご飯か。わかったありがとう」
とりあえず、飯だ。腹が減っては戦は出来ぬ、と健司は頭を切り替え、食堂に向かった。食堂ではもうすでに、全員が集まっていた。セセーの言う通り、食堂車には自分を含めて13人の人間が、一堂に会して長方形のテーブルをかこった。そのテーブルの中央に、食事係――さっきの「ムータ」だ――の女性が、大きな鍋をどんと置いた。
「いただきま――」
いただきます、という前に、セセーの目の前に特大のお皿が置かれ、その前に並々とスープが注がれた。一種の神事のように、厳かにスープは注がれる。それが終わるや否や、また急に騒がしくなり、住人たちは我先にとスープを漁り始めた。このままでは、健司の分が残っているという保証はない。
「……いただきます」
健司は、一人小声でそういって、大鍋に残った自分の分を取り出した。真っ赤なスープにトウモロコシの粒と骨が浮かんでいる。健司は骨をよけてスープをすすった。それなりの量の肉も入っている。
(あれ、さっきの貨物の中に、肉なんてあったか?)
健司は、さっき訪れた食糧庫を思い出す。肉と書かれたラベルは記憶にないし、第一あったとしても、常温で木箱に肉を入れたら腐ってしまう。という事は、これは干し肉だろうか?
「ニケ」
健司は隣にいたニケに話しかける。セセーは遠くに座っているし、なによりさっき見たあの視線が怖くて話すのが億劫になっているのだ。
「ナニ?」
ニケは、おいしそうにスープを食べている。おそらくこれで二杯目のはずだ。
「この肉って、何の肉だ?」
「コノ ニク? コレネ 『ハピノス』 オイシイヨ!」
「ハピノス?」
「ウン モウナイカラ キョウ モウ イッコ ツクルヨ!」
全く聞いたことない動物だ。それにあまりおいしいとは思えない。
(まあ、部屋に戻ったらセセーに聞いてみるか)
そう思いながら、空腹に耐えかねていた健司は、二杯目をすくった。
いやに騒々しかった夕食も終わり、ムータが、皆の皿を片付け始める。何の気なしに食堂車の窓に目を向けると、真っ赤な夕焼けが、この雄大な荒野の下に沈もうとしていた。空の上半分は群青色に染まり、グラデーションを描きながら夕焼け付近の下半分も橙色に彩られていた。
元いた部屋に戻ろうとした健司を、セセーが止めた。
「あ、ちょっと待ってください」
「はい、何ですか?」
「あなたは、今日、ニケと一緒の部屋で寝てください」
「え?」
健司にとっては寝耳に水だった。現代日本に生きてきた固定観念として、集団生活の中で、女性と同じ部屋で寝るとは考えもしなかったのだ。
「でも、ニケは女性ですよ?」
「だからですよ。この列車はそういうルールなんです。さ、早くなさい」
セセーは、またあの真剣な表情になって、健司をニケの部屋へと連れて行った。健司は、疑問を呈する間もなく、ニケの部屋におしこまれた。
「コンニチワ!」
「ああ、こんばんわ……」
いくらルールと言えど、どう見ても十代の少女――しかも、上半身裸――と一緒の部屋で過ごすというのは落ち着かなかった。健司は、必死にニケの方を向かないようにして、二段ベットに潜り込む。
「ケージ オナカ イタイ?」
ニケは心配そうに、健司に言葉を掛ける。
「いや、平気」
健司は、起き上がるも、変に緊張してぶつ切りの言葉になるばかり。しょうがないので、なるべくニケの身体は見ないようにして、そちらに向き直る。すこし、気になっていたことがあるのだ。
「な、なあ。ニケ」
「ナニ?」
「セセーに、ついてなんだけどさ。ニケたちは、ニケたちの、言葉を持ってるんだよな」
「ソダヨー」
「じゃあ、なんでセセーの言葉を覚えようとしてるんだ?」
ずっと気になっていたのだ。ニケたちは独自の言語、文化を持っている。日本人であるセセーとの交流も、文化交流の一面と取れなくもないが、それにしても圧倒的少数であるセセーが、ニケたちの言葉を習わずに、むしろ逆の状態になっているのだ。それに、セセーは、あの大男たちを使役する立場にあることも、食事での光景も、同じ理由で気がかりだった。
健司のなんとなく発した疑問に、ニケは大真面目な顔で答えた。
「ソレハネ セセーは神である ダカラダヨ」
その言葉に、健司は総毛立った。そのセリフの内容は勿論、「セセーは神である」という節の発音、イントネーションが完璧だったのだ。日本語を習っているからなどという次元ではなく、毎日のように復唱しなければ身につかないほどに、その一節だけは、すらすらと言えていた。
「……『セセーは神である』って、どういうことだ?」
「セセー ハ スゴイヨ」
ニケは、まるで本当に神をあがめるかのように、セセーを語る。
「――セセーは焔を意のままに操り給ひ、プロメセティに救いをもたらす神なり」