その誓いは、炎のように……
「……健司、なんだ。その、悪いことしたのは謝るからさ、いい加減その顔やめてくれ」
「いや、別にお前を責めてるわけじゃないって。ただ、現実に絶望してるだけだから」
健司は、「終わってんな」と言いながら真顔でテーブルから立ち上がり、「終わってんな」と言いながら真顔で依頼受付カウンターで依頼を聞き、「終わってんな」と言いながら真顔でウェイドにどの依頼を受けるか相談を始めた。
「ま、まあ。ほら、Oランクの仕事だと、この廃品回収が楽だな。下層に行って、まだ使えそうな部品探してくるだけだし」
「そうか、じゃあそうしよう」
健司は、真顔で再び依頼カウンターに行き、真顔で『廃品回収:Oランク』の依頼を受け、真顔でウェイドの元に戻った。
「よし、行くぞ」
「お、おう」
ウェイドは、一刻もこの空気から逃れようと、テーブルを離れ、エントランスへと出た。健司もそれに続く。そして、ウェイドがアーシラアグニを出た時に、不意に背後から健司に肩を叩かれた。
ウェイドが振り返ると、そこにはニヤケ顔の健司がいた。
「そこまで気にしてねーよ。ほら、行くぞ!」
そういって、健司は勢いよく駆け出しって言った。
「ったく。あいつ、演技の才能あるな」
今度は完全に皮肉だ。ふとすると、さっき駆け出して行った健司が戻ってきた。
「なあ、下層ってどうやって行くんだ」
「おいおい……」
§
その頃、『アーシラアグニ』ギルド長室へ向かう者が二人。一人は、シズレ=オースティン。そしてもう一人は、その副官である五十嵐千春だ。
彼女らは、室長室のドアを開けると、ウェリス王国騎士団式の敬礼をした。
「ウェリス王国騎士団公共安全隊対変異者特殊遊撃部隊長、シズレ=オースティンです」
「同じく副官。五十嵐千春です」
アーシラアグニのギルド長、ヘトヴィヒ=ハンダーは、この二人をあまり歓迎していない様子だ。不機嫌そうに敬礼に目をやり、椅子に深く座りなおす。その傍には、ヘトヴィヒの懐刀であるレアノスという男がたたずんでいる。
先に口を開いたのは、シズレであった。
「要件はただ一つです。香取信明に対する情報提供を求めます。彼は元冒険者、そしてここ一年ほどで、鉄族を乗っ取って悪事を働いています」
シズレの真剣な口調に対して、ヘトヴィヒは小ばかにした様子で返答する。
「そうらしいな。だからどうした。冒険者から鉄族に身を落とすなんざよくあることじゃねぇか。それをわざわざ……」
「わざわざ? こっちは大事な話できてるの」
ヘトヴィヒのひょうひょうとした態度に、千春はイラついた様子を隠さない。彼女は、手元の資料をめくり、ヘトヴィヒに突きつける。
「冒険者を使っての脱税、人身売買、賄賂となんでもあり。鉄族から上納金や物資を得ていることだって、知らないとは言わせないよ」
「本当に知らんさ。あいにくこっちは忙しくてね、貴族のお嬢さん方のごっこ遊びに付き合っている暇はないんだ」
「貴族のごっこ遊び」という言葉に、シズレは眉間をわずかに曇らせる。千春も同様だ。だが、あくまで声を荒げることはせずに、淡々と捜査を進めようとする。
「騎士団は、アーシラアグニに冒険者名簿の提供を求めます。拒否権はありません」
その言葉を聞いて、ヘトヴィヒとレアノスは厭味ったらしく笑いだした。
(つくづく、人を不快にさせるのが得意な男ね……)
ヘトヴィヒは、ひとしきり笑った後、こう切り出した。
「冒険者名簿なんか存在しない。過去に何があろうと、冒険者にはなれる。それだけがこの仕事の利点なんだぜ? 文書に自分の名前が残るのが世界で一番嫌いな奴だっているんだ。そんな記録取ってられねぇよ」
「あくまで、白を切るつもり?」
千春が、ヘトヴィヒを睨み付ける。ヘトヴィヒは、おお、怖い怖いと大げさなジェスチャーを取り、机の棚から一つの革張りのファイルを取り出した。
「ほら、スタッフ名簿ならくれてやってもいいぜ。何に使っても結構。それじゃあな、こっちは本当に忙しいんだよ」
ヘトヴィヒがそういうと、レアノスは、シズレ達を強引に帰らせようとする。悔しいが、このままでは埒が明かないと判断したシズレは、スタッフ名簿を小脇に抱えて、ギルド長室を後にした。
「あー! もう、ほんとに腹が立つ。何なのよあの態度!」
ギルドのラウンジに出ると、千春の不満は爆発した。シズレも千春をなだめるものの、腹に据えかねる思いがあるのは変わりない。
「騎士団に対してあの態度。これは冒険者だけじゃなくて騎士団上層部とも賄賂関係がありそうね」
「やっぱそうなるかー。どうせあれでしょ、本部長に賄賂でも送ってるんでしょ」
「ちょっと、千春。憶測で物事を言わないで。それにここは公共の場所よ、誰かに聞かれたらどうするの」
「わかってますよ~。シズレはお堅いんだから」
千春は、長身長髪と、大人っぽい外見とは裏腹に、中身はかなり子供っぽい。そのことでシズレも頭を悩ませているのだが、出会ったときから不思議と馬が合い、今では仕事の同僚というだけでなく、唯一無二の親友となっている。
シズレも、やれやれといった様子で眼鏡を直した。
「とにかく、プロメセティとウェリスをつなぐトンネルはあれ一つだけ」
「つまり、あの包囲網をくぐるのは不可能ってことでしょ?」
「ええ、だとしたら……未だ荒野の中にいるか、それとも何らかの手段で脱出したか……」
「実はもう殺されてたりして」
「だから憶測で物を言わないで。というか、人格はともかく変異者としての実力は確かなものよ。誰かに殺されるとは考えづらいわ」
「あの変異能力、普通に放火し放題だからねー」
「なんにせよ……もう一度調査が必要ね」
その時、しかめっ面をしてラウンジを出ようとするシズレに、とある女性が話しかけてきた。
「ごきげんよう。シズレさん、千春さん」
彼女は、ローリア=ルンベック。元騎士団で、現在はBランク冒険者という、異色の経歴を持つ才女である。彼女は、騎士団時代、シズレ・千春両名と親交があった、もっとも変異者ではないためシズレの隊に入ることはなかったが。
「あら、久しぶり。どう、冒険者生活は」
「上々ですよ。今日は大型魔物討伐の帰りなんです」
そういう彼女の手には、ざっくりと硬貨が入った麻袋が握られている。おそらくあの中全てがシルバーチップなのだろう。
よほどの豪遊をしなければ、そのお金だけで三年間は遊んで暮らせるはずだ。これが冒険者。下には下がいるが、上もまた報酬・仕事内容・実力ともに青天井の世界である。
「んー。久しぶりー」
千春も軽い調子で挨拶を返す。
「お二人はなんでここに?」
ローリアの質問を受けて、シズレは答えに窮する。ローリアは聡明だが、正義感が強く激情家な面もある。賄賂三昧のギルド長からすごすご撤退してきたとは少し言い難い。
「それがさぁ、ヘトヴィヒに情報提供求めたら断られちゃってさー。絶対あいつなんかとつるんでるって」
「まぁ、そんなことが!」
シズレの考えを完全に無視して、千春はぺらぺらと事の顛末をしゃべりだした。シズレは、千春のあまりの浅慮に握りこぶしをプルプルと震わせる。
「やっぱりさー、なんか変だよね」
「確かにそうですね……」
「はい、ストップ。話やめ!」
千春とローリアの会話がヒートアップする前に、シズレは強引に話を切り上げた。常識人のやることなど、古今異世界変わらず、ストッパーと相場が決まっている。
「それじゃ帰るわよ、千春。念のためにスタッフ名簿も確認しなきゃいけないんだから」
「はーい。じゃあね、ローリア」
「はい! あ、そうだ。シズレさん、ちょっとよろしいですか?」
「何?」
ローリアが、いつになく真剣な表情で、シズレに耳打ちする。いつも、ほんわかしているというか、ぽわぽわしている雰囲気のローリアがそんな表情になるときは、決まって重要な話をするときだ。
「アーシラアグニと騎士団上層部の動向にいつも以上に気を付けてください。今週の木曜日、ヘトヴィヒと騎士団との会合が行われませんでした」
アーシラアグニが、毎月第三木曜日に、騎士団上層部との会合を開いているというのは、騎士団内では周知の事実だ。会合に出席するのは、本部長や公共安全隊の隊長など、騎士団上層部ばかりである。
表向きは、冒険者と騎士団の仕事のすみ分けをすり合わせるということだが、実際は賄賂や密談の温床である。それが、今月に限って行われなかったというのだ。シズレ自身が国境付近に行っている間に起きた出来事だったので気づけなかったが、これは重要な情報になりえる。
「つまり、いま騎士団とは仲が悪いと?」
「ええ。もしくは、単に日にちをずらしただけか」
「たとえ、日にちをずらしただけだとしても、それにはそれ相応の理由があると」
「そういうことです。ギルド内でまた何かあったら連絡します。それでは」
「わかったわ。ありがとう」
話が終わると、ローリアはまたいつものほんわかした表情に戻り、自宅の方へと帰っていった。
シズレ達も本部のデスクに戻る。しかし、道すがら考えたものの、とくに進展はない。
「うーん……」
シズレは頬杖をついて、小さく唸った。『香取信明の捜索』、たしかに手がかりそのものはたくさん転がっているのだ。しかし、その手がかりがつながらない。
「なんだかなぁ……」
手元のペンをいじりながら、シズレは弱った様子で言った。そんな彼女に千春は別の話題を持ちかける。
「シズレ。ここで悩んでも仕方ないし、別の事でもやらない?」
「あのねぇ……遊んでる暇はないのよ」
「そうじゃないって。シズレが国境に行ってる間に、こういう通報があってね」
千春が、シズレに見せたのは、3枚の通報書類だった。その三枚すべて、Oランクの冒険者がCランクのパーティーに手柄を横取りされたというものだった。
その書類を見て、シズレは苦い顔をする。確かに、この通報がもし本当の物だったら、このCランクのパーティーを拘束し、裁かなければならない。
しかし、この手の通報は難癖や偽証の可能性があるのだ。すなわち、OランクがCランクに対して嫌がらせとして通報したのではないかということである。実際に、まじめに依頼をこなして、ようやくCランクになった冒険者に、Oランクの人間がやっかんで嘘の通報をするなどは、よくあることなのだ。
「これ、実際にはどうなの?」
「……さあ? でも、Oランクからだしなぁ。いつものいたずらって可能性も」
「通報者の一人が『乞食のレデジ』ってのが余計に胡散臭いわね」
『乞食のレデジ』というのは、とあるOランク冒険者に騎士団が付けたあだ名だ。Oランクのなかでもかなり悪質な輩で、仕事を終えた冒険者の荷物持ちを装って、そのまま逃亡。それを断られたら恐喝や当たり屋を行うなどは日常茶飯事。下手に古参であるので囲みも多いという、厄介な相手だ。
「うーん、まぁ、無視するわけにはいかないわよねぇ」
「じゃあ、軽く外回りでもしよう?気分転換気分転換!」
そういって、千春は、強引にシズレを引っ張り出して外回りに向かったのであった。
§
メルレアンの下層に降りると、錆と油のにおいが充満する廃品置き場へと出た。健司は、ウェイドに習い、廃品の山の前にしゃがみ込み、支給された特大の麻袋にまだ使えそうな部品を入れていく。頭のつぶれていない螺子や、欠けていない歯車、時折みられる外側だけ壊れた玩具の、その中のモーターなどがねらい目だ。始めこそ、健司は楽な仕事と思っていたが、次第にこの仕事がとんでもない重労働であること気づく。まず、回収やまだ使えるかの見極めはしゃがんで行うのだが、安定してしゃがめる場所がまずないのだ。健司は、時には強く反発し、時には深く沈み込む廃品の山に四苦八苦し、何とか麻袋を満たしていく。だが、一時間ほどで行った後に、ウェイドに中身を見てもらうと、これでは1ブロンズチップにもならないと言われた。
「えー!あんだけやったのに!?」
「そんなもんだ、ほらあと5時間はやるぞ」
健司は油くさい手で、額の汗をぬぐう。右手の爪の根元に、血がにじんでいる。軍手を買うお金もなかったので、今日は素手だ。少し重い廃品を持つと、その付け根の傷が意地悪く痛む。そして、メルレアンの穴のはるか上に見える太陽は、健司たちの肌を容赦なく焼いていくのだ。
2,3時間経過した後に、健司たちは休憩するために、廃棄されていた作業台に腰かけた。木製のため、ところどころにあるささくれが尻に刺さって嫌になる。
そのとき、自分たちとは打って変わり、割と立派な金属製の装備をつけた五人組の冒険者パーティーが下層に降りてきた。
「珍しいな」
ウェイドは、その一行を見て呟いた。
「そうなのか?」
「ああ、あの装備からして、Cランク。下層に来たってことは、ドブネズミ退治だろうけど、本来はOランク向けの依頼だ。儲けがないわけじゃないが、Cランクが積極的にやるとは思えねぇな」
健司は、その五人組を遠くから見る。彼らは、やいやいと騒ぎながら次々とネズミ――とはいえ、30cmほどはある――を狩っていく。遠くから見ててこんなこと言うのもなんだが、あまり素行がよさそうな雰囲気ではない。
「さ、そんな無駄話してる場合じゃない。さっさとやるぞ! 目指せ、10ブロンズ!」
「……おー」
健司は、率直に家に帰りたいと思った。
§
廃品回収を終え、満杯の麻袋をもってアーシラアグニに帰るときの事だった。ギルドの入り口で、さっさと報酬をもらおうとする健司たちに、話しかけてくる者が一人。
「やあ、君たち。その麻袋重そうだね、おじさんが持ってあげよう」
健司がその声に反応して振り返ると、小汚いヒゲ面の老人がそこにいた。その老人は間の抜けた乱杭歯を見せて、気持ち悪いほどにニコニコと笑っている。
「いえ、結構です。早く、行くぞ」
ウェイドは、その老人を見た瞬間、冷たく突き放し、歩き出す。それでも、老人はしつこく食い下がった。
「いやいや、年上の親切は受け取りなさい! さあ、持ってあげよう」
老人は、ウェイドの麻袋を半ばもぎ取るようにして持とうとする。それを、ウェイドも力の限り拒否する。
「いえ、結構ですから。どっかに行ってください……!」
ウェイドは、老人を押しのけ、麻袋を取り返す。すると、老人は大げさにギルドの入り口にぶつかり、大声で叫んだ。
「ど、泥棒だーー!」
周りの者が、一斉に健司たちをみる。
「な、ふざけるな!お前が盗ろうとしたんだろ!」
健司は、眉を吊り上げて反論するものの、老人はもっと大きな声を張り上げて「泥棒、泥棒!」と叫ぶ。
「健司、覚えとけ、あいつがレデジだ。たかり・当たり屋の常習犯なんだよ。無視してさっさと行こう」
健司は、ウェイドの言う通り、ギルドの中に入ろうとするも、その健司の足にレデジはしがみついた。一体何日間風呂に入っていないのだろうか、足に縋りつかれただけなのに、吐きそうになるほどの悪臭が健司の鼻をつく。
「泥棒!泥棒! 俺の荷物返せよぉ!」
「だから、俺たちは――」
「――うるさい! あー! 泥棒泥棒ッ!!」
レデジは、壊れたスピーカーのように口汚く健司たちをののしる。すると、レデジの声に群がるかのように、同じような風貌をした連中が、健司たちの周りに寄ってきた。
「君たち、レデジさんの物を盗んだんだよね? そうだよね」
「今なら、ギルドの警備兵には言わないでおくから、ここは黙って差し出しなさい」
「ここで働くならレデジさんには従った方がいい! さあ、早く!」
健司たちを塞ぐように、乞食たちは周りに群がってくる。ローリアたちA・Bランクが冒険者の光の面だとしたら、彼ら乞食こそが、冒険者の闇。いや、冒険者の6割がOランクであるという事を考慮すれば、彼らこそが冒険者の現実と言えるかもしれない。もっとも、ここまで来たら人間として終わりだが。
「とにかく渡せ! 早く!」
乞食の一人が、大声で健司に叫ぶ。そんな騒ぎを聞きつけて、アーシラアグニの警備兵がやってきた。
「どうかしましたか」
とはいえ、警備兵も口では、事情を聴く姿勢だが、どうせまたレデジが騒いでいるのだろうと高をくくっている。
「いえ、こいつらが、私の荷物を奪ったのです!」
そして、予想通りレデジがその群衆の中から、健司たちを指さして出てきたのであった。
「はい、わかりました。では取り調べを行いますので、そこのお二人はこちらへ」
警備兵は、もう慣れた様子で健司たちをアーシラアグニの建物の中に入れた。その際、後ろの方から「ざまあみろ!」と聞こえてきた声に、健司の堪忍袋の緒が切れかかったのは言うまでもない。
§
その日の夜。騎士団に警備兵から騒動の顛末に関する報告書があげられた。騎士団内の掲示板に張られたその報告書を見て、シズレと千春は大きくため息をつく。
「やっぱり、レデジとその取り巻きの嫌がらせだったか」
「なんとなく予想はついていたけどねー」
彼女らは、件の三通の通報書を、騎士団の保管ファイルの中に放り込んだ。
§
翌日、いまだ腹の虫がおさまらない健司であったが、「過ぎたことはしょうがない」というウェイドの言葉に応じて、再び廃品回収の依頼を受けにアーシラアグニの受付へと来ていた。
「『廃品回収:Oランク』をお願いします」
「はい、かしこまりました。こちらが支給品の麻袋となっております。現在が9時半でございますので、納品は今日の18時半までとさせていただきます」
健司が、手渡された麻袋を受け取ろうとしたとき、後ろに並んでいた男に「どけ」と突き飛ばされた。振り返って睨み返すと、昨日下層でネズミ狩りをしていたCランクパーティーの一人だった。
「『ネズミ狩り:Oランク』あと、『廃品回収:Oランク』もお願いします」
「はい、かしこまりました」
受付嬢は、Cランクの男の傍若無人なふるまいを全く意に介さず事務的に仕事を続ける。Oランクが突き飛ばされるなど、日常茶飯事ということだろうか。
朝から話にかけて嫌な気分になった健司は、ぶすっとした顔でウェイドの元に戻った。
「どうした? なんかあったのか」
「いや、べつに……」
どうせさっきのことを言ったとしても「Oランクなんてそんなもんさ」と帰ってくるのが関の山だろう。これはウェイドが返事をめんどくさがっているわけではなく、Oランクは蔑視されているという紛れもない事実なのだから。どうしようもないのだ。
「とりあえず、しばらくは地道に金になることやって、頑丈な装備を揃えたら本番だな」
ウェイドは、あまり、くよくよしない性格なのか、普段と変わらず元気な感じだ。そんな彼の姿を見ていると、健司はちょっとしたことでうじうじする自分が恥ずかしくなってきた。
恥ずかしさ紛れ、というべきか、健司は下層に行く途中、今まで思っていたことをウェイドに聞く。
「いままで、ウェイドは一人でやってきてたのか?」
「おう、そうだよ」
「じゃあ、なんで今更パーティーを組もうって」
そこが疑問だったのだ。ウェイドはこの世界でもきちんとやっていける。なぜ、足手まといになりかねない自分とパーティーを組んでくれたのだろうか。
「……通商ってね、割に合わないの」
「ああ……」
割と現実的な理由だった。
「だってお前、変異者なんだろ、だったらお前が魔物を倒して、俺が素材を売る。これで役割分担できてんじゃねぇか」
「……そういうことになるのかなぁ」
「そうそう」
(能力の使い方わかんないんだけどな)
その一言は心の中にとどめて置いた。いずれにせよ、活発なウェイドと話していると今までの暗い気持ちもいくらか晴れたような気がした。
「金ためて、装備を買って、ガンガンランク上げて、這い上がろうぜ!」
「……ああ、そうだな!」
「じゃあ、今日も頑張ってお金を貯めますか!」
「おう!」
§
相変わらず、廃品回収は疲れる。だが、自分が今なすべきことはこれしかないのだ。生きるためにやっているのではない、目標のために、夢のためにやっているのだと思えば、健司の足取りは軽くなった。一つ螺子を拾い上げる。これで1グリーンチップ。二つ歯車を拾い上げる。これで2グリーンチップ。金額は微々たるものだったが、それでも、前進に変わりはない。
そうして、廃品の山を漁って8時間。健司とウェイドは、足を棒のようにして、下層の地面に横たわっていた。全身の筋肉が悲鳴を上げている。節々もぎしぎしと痛み、手は切り傷や擦り傷でいっぱいだ。それでも、二人は心地よかった。目の前に広がる、雲一つない夕焼け空と同じように、二人の心はすがすがしく澄み渡っていた。
「よし、帰るか!」
ウェイドの掛け声とともに、健司は勢いよく起き上がった。勢いよく起き上がりすぎて、少しバランスを崩す。そして、健司たちはいっぱいになった麻袋を背負って、下層を出ようとした。
「おい、お前らちょっと待て」
その時だった、二人は、朝出会った、あのCランクパーティーに声を掛けられた。
「……何ですか?」
朝の出来事もあって、健司の返事は暗い。それを抜きにしても、嫌な予感がするのは言うまでもない。だが、そのパーティの先頭の男が口にしたのは、その想像すら上回る言葉だった。
「――お前ら、その廃品ここにおいてけ」
健司たちは絶句した。自分たちの一日の苦労を、この男たちはよこせと言っているのだ。
「ふ、ふざけんな!」
ウェイドは叫ぶ。だが、その叫びを受けてなお、彼らはくすくすと笑うだけだ。
「ウルレル~、早くとっちゃいなよ」
その男の後ろの方で、パーティーメンバーの女が耳障りな猫なで声で、男を焚き付ける。ウルレルと呼ばれた先頭の男は、にやけた顔つきでウェイドに剣を突きつけた。
ウェイドの目の前で、銀色の剣が夕焼けを反射してギラリと光る。しかし、ウェイドは、それでも袋を離そうとしない。彼の麻袋を持つ手が震える。
「くそったれ。冒険者のクズが……!」
「好きに言え。だが、俺たちCクラスと、お前らみたいなゴミ。ギルドはどっちの味方かな?」
「……わかった」
ウェイドは、ウルレルの前に麻袋を投げ捨てた。
「よし、そのまま離れろ」
ウェイドを離れさせた後、ウルレルは、健司にも剣を向ける。だが、健司は沈黙を保ったまま、ウルレルを睨み付けた。ウルレルは、それが癪に障ったのか、見せつけるように剣を振り上げる。
健司の心臓は破裂しそうなほどに鳴る。健司は、浅くなる呼吸を抑えて、ウェイドと同じように麻袋を投げ捨てた。
「麻袋を離したくない」という思いは、確かに大きい。だが、健司も、目の前に突き付けられた剣の前にひれ伏すほかなかった。
ウルレルたちは、麻袋を拾い上げ健司たちを挑発するように騒ぐ。ウルレルは、さも満足げにパーティーを引き連れ下層から出ていった。
「じゃあな、ゴミ変異者と、ただのゴミ」
健司たちには、それに反論する権利はない。戦ったら最後、自分たちはあの剣によって切り殺されるのだから。
誰もいなくなった廃品の山に、カラスの鳴き声、そして、ウェイドの嗚咽が響いた。
「くそっ……くそっ。なんだよ、なんなんだよ! Oランクだからって、なめやがって、畜生……!」
ウェイドの涙は、頬を伝って零れ落ちる。健司はその涙を見てはっとした。ウェイドはOランクの境遇を気にしていないわけではなかった。むしろ、誰よりも、それこそ健司よりも、自分の今の境遇から抜け出そうとしていたのだ。
ウェイドは、必死に泣き声を抑え、地面に落ちた涙跡を睨み付ける。そして、右腕の裾で、涙をぬぐった後、健司の目をまっすぐに見て言った。
「……健司、這い上がろう。俺たちにはそれしかない」
その決意は、炎のように……




