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魔女の館  作者: 川奈そら
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交錯

町から車で15分ほど離れた場所に、老舗の旅館がある。広大な庭園を囲むように、緑の奥に

点在する離れは、それぞれが趣向を凝らした門構えを見せていた。

早瀬たちはそのうちの二棟を接収し、洋風の別棟を作戦本部としていた。

姉妹の住む館から戻った早瀬と黒木は、部下から来客があり、部屋で待たせているとのことだった。早瀬は、その部下にコーヒーを二杯部屋に届けるよう頼んだ。

来客が待っている部屋に入ると、瀬戸の海に向けてこしらえた大きな窓が、絵画のように、瀬戸内の静かな海の風景を切り取って出迎えた。

来客はその海を眺めていて、部屋に入った早瀬の位置からは誰なのか見ることはできなかった。

海自の制服の背中。がっしりとした肩の線に、見覚えがある気がした。

足を止めかけたところで、男が身じろぎし、立ち上がった。

振り向く。

「――」

早瀬は、扉の取っ手を握ったまま動けなかった。

兄の顔が、驚きから、みるみる何かに変わっていく。

「俊介」



「兄さん……」

「......俊介。お前、なぜここにいる。陸自が何をしているんだ」

「要人の警護です。早瀬どの。それ以上はいえません」

「なるほど、あくまで公僕としてふるまうか。まあいい、こちらも陸自が来ていると聞いたので、知らぬ顔もできぬし、挨拶に来ただけだ。邪魔をしたな」

と言って席を立つ。

「俊介、後でじっくり話を聞かせてもらうぞ」

そう言い残して、正一郎は部屋を出て行った。

早瀬が、目を閉じて手で顔をふさいでうつむいていると、黒木が正一郎と入れ違いで部屋に現れた。手に持ったお盆には、コーヒーの入ったティーカップが2つ乗せられていた。

「お兄様ですか」

「......ああ」

「海自のと伺っていましたが」

「呉だ」

短く答えて、顔を上げ、黒木を見据える。

「コーヒーが無駄になりましたね」

「お前が飲めばいい。今後の打合せをしよう」

「はい」



*


二日後。

早瀬は、広島での会合を終えて、宿にもどった。すでに太陽は瀬戸内の海に沈もうとしていた。

水面がオレンジ色に乱反射している。

作戦本部に戻ると、隊員の一人が、手紙を早瀬に渡した。

「これは……」

「門での警備中に、早瀬正一郎と名乗る男性から、隊長に渡してほしいと頼まれました」

「そうか」

早瀬は、執務室に戻って、無表情にその手紙を開いた。

手紙には、「西国寺で待つ」と短く書かれていた。

ドアをノックする音がして、黒木が入ってきた。

「広島から戻られたと聞いたので、広島はどうでしたか?」

早瀬は、手紙を見つつ、黒木に返事をした。

「他は動きなしだ。この前の襲撃を考えると、本命はここだな」

早瀬は、袖から見える包帯を黒木に見せる。

「では、あの姉妹は」

「そうとも限らんだろう。だが、広島から10名の増員が決まった」

「わかりました。手配しておきます」

「頼む」

「先ほどから見られてるのは?」

「ああ、兄からの手紙だ。西国寺で待つとだけ」

早瀬は、窓の外に沈みかけている夕日を見つめると、何か吹っ切れた様だった。

「いってくる」

それだけ返し、早瀬は椅子から立ち上がった。

「車を出しましょうか」

「いや、私用で行く。気遣いは不要だ」

「承知いたしました」


宿の女将にタクシーの手配を頼み、行き先を「西国寺」と告げた。

西国寺へと続く参道は、車一台がやっと通れるほどに細く、深い闇に沈んでいた。石段を上がる足にじわりと重みがかかる。険しい道を登りきり、大きな草鞋わらじを掲げた山門をくぐると、夜空を領する月明かりの中に、朱塗りの三重塔がぼうっと浮かび上がった。

静まり返った境内に足を踏み入れると、そこには正一郎が立っていた。手には二振りの竹刀がある。

正一郎は、薄く笑い、「来るとは思わなかった」と俊介に言った。

放たれた一本の竹刀が、弧を描いて早瀬の手元へ落ちる。それを片手で受け止めながら、

俊介は、まっすぐに正一郎を見据えた。

「兄さん。これは?」

「同じ門下で競い合ったんだ。これで語り合う方が早いだろう」

「でも、兄さん、傷が……」

「古傷だ。弟に心配されるとは、む、お前も包帯を巻いてるではないか」

俊介は、袖を引っ張って隠そうとした。

「まあいい。……付いてこい」


背を向けた正一郎のあとに従い、本堂の板敷きへと向かう。夜の静寂に、早瀬兄弟の足音がかすかに響いた。

「よくこんな場所が借りられましたね」

「上官がここの氏子でな。話をしたら、快く貸してくれた。……では、始めようか」

振り返った正一郎は、すでに迷いのない動きで竹刀を正眼に構えていた。その切っ先が、月の光を浴びて静かに俊介を狙っている。


*


翌日。

黒木は、部隊の日誌をもって、早瀬の執務室を尋ねた。

早瀬は、電話中の様子で、入ってきた黒木に対して、指を口元にあてたジェスチャーをみせた。

「はい、よろしくお願いします」

早瀬は電話越しに言い、受話器を置いた。

黒木から日誌を受け取り、パラパラとめくる。

早瀬の口が開く。

「昨日、因島に正体不明の一団が船から上陸したという情報が入った。例のグループと思える」

「それはどこから得た情報なのでしょう?」

「兄からだ。海自の網に引っかかっていた様だ。今から7日前のことだから、我々に下った命令の根拠に一致する。陸でいくら検問をしても無駄だったようだ」

「見回りを厳にしましょう。隊員にも言っておきます」

「ああ頼む」

早瀬は、少し間を開けて、戸惑った表情で話した。

「今日も、館に行くのだろう。私……、私も同行する」

「あ、はい……」

その帰り道。早瀬は市内での買い物を理由に、アーケードの入り口で車を降りた。

黒木は、早瀬に帰りはどうするのかと尋ねると、「最近なまっているから歩いて帰るよ。いい運動になる」と言った

黒木が商店街から離れて、三分も経たないうちに、知り合いによく似た背格好の男を見つけた。確認しようと車を路肩に止める。

しばらく立つと、バックミラー越しに、少し右に傾いた歩き方をする男が歩いてくる。子供の頃から数え切れないほど見てきた、大野の背中だ。

黒木は、車から声をかけようとしたが、大野の様子が気になった。

どこかそわそわした何かを気にした風な足取り、そもそも黒木の知っている大野は、尾道に縁のある人間ではない。

黒木は、大野を先に行かせて、車を路肩に止めたまま、距離を置いて後をつけた。

大野は祭り準備で賑やかさから外れた路地に入り、坂を下り、海に近い一角へ向かった。かつて船の修繕所でもあったのか、古びたバラックが肩を寄せ合うように並んでいる。潮の匂いが強くなった。人の姿が消えた。

そこには、遠くでする太鼓の音と、蝉しぐれがこだましていた。


*


暗いビルマの密林を漂っている。夜間哨戒の歩みは重く、影の深く沈む森の中で、不意に何かが現れる。

敵兵ではない。

そこに立っていたのは、女だった。たった一人、銃も刀も携えず、茫洋と闇の中に佇んでいる。

「撃て」

隊長の声が遠くで谠き、指が引き金を引く。小隊の全員が一斉に引き金を引く。だが、放たれた弾丸は届かない。すべての弾丸は彼女の手前で軌道を変えて、女の後ろの樹木を傷つけていく。

ふいに女が、ゆっくりと手を振る。

その刹那、前にいた田中と佐々木の上半身と下半身が、別々の方向へと弾け飛ぶ。湿った、重い音が闇に響き渡る。忘れようとしても頭から離れない、あの恐ろしい音。

次の手が振られる。右隣にいた村上の頭部が消失し、熱い血が顔一面に降り注ぐ。逃げようとしても足が地面に縫い付けられたように動かない。銃を構え直そうにも、腕は感覚を失っている。

女がこちらへ視線を向けた瞬間、腕を強く掴まれる。そのまま泥の中へ、深い塹壕の底へと引きずり込まれていく。

そこから、終わりのない惨劇が始まる。

木々が引き裂かれ、地面が激しく抉れ、肉が弾け飛ぶ音が暗闇に満ちる。そこに人の悲鳴はない。悲鳴を上げる隙すら与えられないまま、命が潰散していく。叫び出しそうになる口を、誰かの手が無言で強く押し付ける。冷たい泥に塗れながら、その手は永遠に思える時間、口を塞ぎ続けている。

夜が明けた。

森は静寂に包まれている。ぬかるむ地面へ這い出しても、そこには誰もいない。自分たちの他には、動くものは何一つ存在しない。

ただ、あたり一面に、さっきまで人間だったものが無数に散らばっている。


そこで男は目を覚ました。全身から汗が噴き出していた。

男の目に決意が宿る。

その先に仲睦まじく映る姉妹の写真があった。

「今度こそ」


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