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リターンヒーロー  作者: カロ


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第11話 猛獣



 カルガラン歴5211年54日11時10分



「ねえ、リターン」


 赤ちゃんの足の大きさほどの黄色い鳥が、徐に切り出した。


「…知識を得ること……それ自体が、私たちパルの、本能の1つなんだ」


 小鳥はヒトの掌の上に乗り、穏やかな眼差しをしている。


「本能とは、魂に刻まれているようなもの」


 視界の少し向こう側では、多くの通行人がざわざわと建物や道を行き交っている。

 しかしこの空間には、どこか静かで包み込むような空気が流れていた。



「あなたが、どこまでも警戒心を秘めるように──私も、どこまでも知識を追い求める。ただ、それだけのことだよ」


──彼女の後ろの景色だけが、移ろいゆく。



「………なぜ、そうだと?」


 さざ波のような沈黙を乗り越えて、彼は呟く。



「…心も透けて見えるほど……とっても綺麗な瞳だから」



──ノイズが流れる。


「(ッ!……これ、は……なんだ……記憶、か?)」


 リターンは目も口も開けたまま、身体を硬直させた。


「(誰かに……同じような、ことを………クソッ!思い出せないッ!)」


 口を閉じそのまま奥歯をグッと食いしばる。ブレスはそんな彼をじっと見守っていた。

 リターンは深く鼻で呼吸をしながら、しばし目を瞑って自身を落ち着かせる。


「(…………まぁ、いい。彼女と共にいれば、いずれ……それに、僕のこの感情も……正しいのだろう)」


 そしてブレスを、決意の光で見つめた。



「(彼女は──恐らく、信頼できると)」


 するとブレスは、微笑んだように腹部の羽毛をもふっとさせた。そのままさらに言葉を伝えようとする。


「それにあなたとは、なぜか初めて会った気が──」



──グウ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛……



 猛獣の唸り声が、小さく響く。



「ふっ…ふふっ……」


 思わず頭を下に傾けて、ふるふると笑い出したブレス。そんな様子をジトっと眺めながら、リターンは軽くため息を吐いた。


「(……お腹、ちゃんと減るんだな)」


「装備を整える前に、エーレを取ろうか……ふふっ……付き合うよ」




***




──抗魔薬でも飲んで獣因症が治ったら、出してやる。



 若い兵士は7歳の小さな兎人にそう言葉を残した。

 モドワズにおいて、1式抗魔薬の市場価格は10万円前後。対して、最底辺のブレイヴァーが文字通り一日中働いて得られる報酬は、100円にも届かない。


 自力で食料を集められないものは、ただ生きていくだけで限界である。


 登録したばかりのハート、そのブレイヴァーランクは最も低いF1。1人きりでは街の雑用などを含めて制限依頼は全て許可が下りず、報酬の低い自由依頼しか受けられない。

 しかしパーティーを組むことができれば、少し危険度の高い依頼や制限依頼も受けられる可能性はある。



 否──あった。


 ハートは幼かった。7歳であることに加えヒューマンよりも小さな身体は、さらに幼い印象を与える。


 ハートは獣人であった。ここはラブロック大陸……魔族が多く移り住み、その主権を広く握るタヴァートス大陸とは違い、魔族への偏見は根強い。


 ハートの父は獣因症だとされた。彼女に近づいていくのは魔熱だと高を括って揶揄う、同い年の孤児たちぐらいである。


 ハートは──赤い瞳であった。



 彼女とパーティーを組んでくれるヒトは、見つからなかった。





 自身より背の高い孤児の集団の後ろから、1人でも受けられる依頼を一生懸命探す。大きな焦燥と息のできないような恐怖が、美しい瞳に揺れ動く。



──その時、汚れの目立たない清潔な身体と衣服を纏うどこか優しげなヒューマンの青年が、1人きりでギルドに入ってきた。


 ハートはそんな彼を藁にも縋るように、勇気を出して必死に覗き見る。



──しかし青年は彼女の耳を一瞬だけ見つめた後、表情を変えずサッと受付の方へと向かっていった。



 彼女にとってのヒーローは、そこにはいなかった。




***



 カルガラン歴5211年54日11時39分



「(ステータス)」


 白い雲が点在する、青く澄んだ空の真上。最初に見たところから全く同じ位置で、太陽は世界を優しく照らし続けていた。


「(……やはり、時間感覚は合っているはずだ)」


 リターンとブレスは先ほどとは別の広場にて食事を取っている。


 周囲には未だヒトは少なく、一般的な食事時間でないことは確かである。


「(約60秒で1分が経過し、60分で1時間が経過している)」


 両肩で背負う大きめの布袋と、木製の器やスプーンだけ先に購入したリターン。器に注がれた雑穀のお粥をゆっくりと腹に詰め込んでいく。


 湯気は少しも立っておらず、その苦味や雑味にも慣れていないからだろうか。彼は眉をひそめていた。



「(──なぜ、異能の再使用可能が、残り925日にまで縮んでいる)」


 その眉は、食事内容への不満を表すものではなかったらしい。疑念を抱きながらもスプーンは器と口元を行き来する。


「(およそ70日分……なんだ……いや、そもそも最初から微妙な数字ではあった……)」


 ブレスは少し離れたところで草地をつっつき、小さな種子や虫などの魔物を食していた。


「(あの時も何かが起こっていたとすると……共通点は………記憶……か?)」


 少しずつお粥──麦スープと呼ばれているものがなくなっていく。


「(僕とは関係のないものが要因なら分からないが……さらに記憶を取り戻していけば、必要時間が縮んでいく……かもしれない)」


 彼は瞬きを繰り返す。その間隔は少しずつ早くなっていく。


「(…記憶喪失は一過性……だから恐らく、縮んでいるのは最大値だ……いや、使用後にまた忘れるのか?)」


 スプーンの往復も瞬きと同じように早くなっていった。


「(…どちらにせよ、考えが合っているなら……この異能も、記憶と関係している……)」


 器とスプーンからコツンッ、と軽い音が小さく鳴った。


「(失った原因かどうかは別として、だな……大体、青光現象が原因ともまだ決まっていない)」


 リターンは一度、口から息を浅く吐き切る。食器を胡坐の上に置いて、祈るように胸の前で両手を合わせ目を瞑った。


「(食前がパランス……食後は確か)──スルト」






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