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 <破滅エンドを迎える予定だったとある侍女>

 

 ひとまず、今の(わたし)の心境を、正直にお伝えしようと思う。

 ……し、死ぬほど、き、緊張しますっ!

 クルーリア王国の現国王、オキグリアン国王陛下主催のパーティー。そこにあろうことか、私が侍女として参加する事になったのだ。

 ……わ、私みたいな芋臭い娘が、こ、国王陛下が開くパーティーなんて、出てもいいものなんでしょうか?

 私が生まれたのは、栄えるクルーリア王国とは対照的な、ド田舎だ。

 立地こそクルーリア王国と隣接しているが、私の故郷、グラシス村があるサグラール連邦国は、どちらかと言わなくとも、誰がどう見ても貧しいと言える国だ。

 連邦国というのは名ばかりで、その国土のほとんどが山岳地帯。その山も緑豊かな、と言えたら林業などが行えていたのだろうけれど、残念ながら年中雪が降り積もる雪山で、作物も中々育たない。おまけに高齢化が進んでおり、複数の州がどうにか寄せ集まって成り立っている、そんな国だった。

 ……だ、だから、お父さんとお母さんが、あんただけでも、イナだけでも、好きなことが出来るようにって、広い世界を見てきなさいって、それで。

 それで借金をしてまで、私をクルーリア王国の学校まで通わせてくれたのだ。

 サグラール連邦国の殆どの領民に該当するが、私の両親も高齢出産で、親の借金は最終的に私が払うことになる。それでも、私の可能性を少しでも広げてくれようという両親の気持ちは素直に嬉しかったし。

 ……正直、出たかったんだよね。あの、雪山しかない、田舎から。

 両親が嫌いだとか、そういうわけでは、決してない。

 けれども、あの場所に居た時から、自分をお金がないながらも、蝶よ花よと育ててくれる両親のもとにずっと居続けたら、自分は何も変われないんじゃないか? っていう、漠然とした不安に襲われる事があったのだ。

 ……降った雪が、溶ける事もなく永遠に山に残る氷みたいになっちゃうんじゃないか? そしてそのまま、自分は本当に、どこにもいけなくなっちゃうんじゃないか? って、そう思ってたんだよね。

 だから正直、クルーリア王国に留学出来ると知った時、嬉しかった。将来借金を負う不安とかも、もちろんあった。

 でも、それ以前に、何か自分が変われるんじゃないか? 実家の田舎に引っ込んでいるだけだったこんな自分も雪解けの水に、いや、そこまでいかなくても、氷から霙ぐらいには変われるんじゃないか? 引っ込み思案なこんな自分も、変えてもらえるんじゃないか? って、そう思っていたんだ。

 きらびやかなクルーリア王国にやってくれば、それだけで何か変えられるって、そう思っていた。でも――

 ……そ、そんなに、上手く、いきませんでしたね。

 確かに、クルーリア王国は、すごかった。建物も大きいし、歩いている人もみんなお洒落で、そして、そのお洒落な服を着ている人の数も、凄かった。

 行き交う人々の息遣いにいちいち反応しては、熱に浮かされるように、浮足立っていた。

 でも、それだけだった。留学先のランパマウト学園では、私はその学園にいる、ただ一人の生徒だった。

 当たり前だ。どこで生活しようとも、どこの場所に行こうとも、私は、私。私以外の何物でも、あり得ない。

 だからグラシス村で生活していた時と変わらず、私は相変わらずの、引っ込み思案で、友達もあまりできなかった。

 ……で、でもそれは、借金があるから、卒業後に少しでもいい所に就職できるようにって、必死になって、勉強して。

 自分で言っていて、情けなくなってくる。それが全て言い訳なのだと、既にランパマウト学園を卒業している私には、わかっていた。

 結局、私は変わる事が出来なかった。いや、変わろうとしなかった。

 両親がせっかく送り出してくれたのに、私は結局、雪山の中で固まったまま、どこにも行けない、氷の塊だった。

 それでも正直に生きなさい、真面目に生きなさい、と両親に言われた口癖通り、嘘もつかずに、勉強は必至でやった。

 その結果、教師の覚えは良く、成績も良かったので、クルーリア王国の政治の中心でもあり、実際オキグリアン国王陛下とその王族方がお住みになられている、アーチデール城の侍女として就職することが出来た。お給料もいいので、実家にも仕送りできる。

 ……で、でも、いきなり陛下主催のパーティーの給仕なんてっ!

 きっと、沢山の偉い方々が参加されるのだろう。国の重役、いや、国外の外交官の方もいらっしゃるかもしれない。

 引っ込み思案の私は、そういう煌びやかな場所が苦手だった。アーチデール城に就職したのだって、裏方の地味な仕事が多く、掃除や厨房での雑用が中心だと聞いていたからだ。

 ……こ、こんな状況になるだなんて、私、き、聞いてませんっ!

 詐欺だ。これは、詐欺なんだ。

 あ、でも、そういえば数年に一度、非常に稀な事だけれどが、大規模な催し物が開かれる可能性があるので、そこの手伝いに出る事もある、と言われていた気がする。

 でもだからって、その稀な事象が就職一年目で発生するなんて、十六歳の小娘である私が想定できるわけがない。

 それでも逃げ出す先もなく、両親への仕送りをするため、この仕事から逃げ出すわけにはいかなかった。

 特に特別手当が出ると言われたら、先立つものどころか既に借金を背負う事が確定している私にしたら、逃れようのない案件だった。

 ……だ、大丈夫。大丈夫よ、イナ・キルジェクル! 普段高価な調度品の清掃も、失敗なく出来ているじゃない。

 もうここまで来たら、自分自身の名前を呼んで、己を鼓舞するしかない。

 そう言えば、侍女長からは、そんな周りを気にできる余裕はないと聞いている。

 次から次に料理や飲み物を給仕し、更に空いた皿やボトル、グラスを下げるので、てんてこまいになるはずだ、と。

 緊張なんて知らず知らずのうちに吹き飛んでいて、気づいたら全てが終わっているから、と。

 ……で、でもその後、上役の人に粗相があったら、即座に首を切られるとも、言われましたよね。

 嫌なことを思い出してしまい、私は緊張で、また全身を震わせた。

 小鹿の様に震えている私をよそに、開場の時間となる。会場はすぐに来場者で埋まり、侍女長が言っていた通り、私はすぐに仕事で忙殺される事となった。

 会場に行っては皿を厨房に下げ、厨房から料理を運んで会場に入り、会場から山積みの皿とグラスをもって厨房に戻って、今度は足りなくなった飲み物のボトルを両手で抱えて会場に戻る。

 気づけばパーティーも終盤に差し掛かっており、オーケストラが会場内のBGMとして、『おお、我が愛しきクルーリアよ』を奏で始めた。

 そして、この後すぐの出来事だった。あの事件が起こったのは。

 

「ここに、僕とイレイラ・ヴィルムガルドの婚約関係を、破棄する事を宣言するっ!」

 

 突然、オキグリアン国王陛下が座る玉座の隣で立つグークハール王子が、そんな宣言を会場中に響き渡らせた。

 オキグリアン国王陛下の一人息子であらせられるグークハール王子と、今や飛ぶ鳥を落とす勢いの、ヴィルムガルド家の一人娘であるイレイラ嬢と婚約関係にある事は、国外から留学した身であっても、当然知っている。

 あのヴィルムガルド家のご令嬢との婚約という事で、次期クルーリア王国の国王はヴィルムガルド家から排出さるのでは? との噂は、クルーリア王国に住む人であれば一度は耳にしたことがあるはずだ。

 ……そ、それが、婚約破棄?

 あまりの出来事に、私は一瞬動きを止めてしまう。周りの人たちも同様だ。

 だが、徐々にざわめきは広がっていき、潮の満ち引きで波がどんどんと大きくなっていくように、そのざわめきは大きくなり、会場を大きな困惑と混乱で埋め尽くす。

 そしてその混乱は、次にグークハール王子が放った言葉で、より大きなものへと変わっていく。

「そして新たに僕は彼女、『聖女候補』であるフィレバ・ロリルドルアを、新たな婚約者、いや、妻として迎え入れる事を、この場で報告しようっ!」

 ……こ、婚約を飛び越えて、つ、妻に! しかも、なんで『聖女候補』のフィレバ様が? どうして?

 確かに、『癒しの力』を自在に使いこなせる『聖女』を国が多く抱えるというのは、外交的にも非常に重要な意味を持つ。

 どんな傷でも治せる『癒しの力』の貸出が、国同士の結びつきを強める事にも直結するし、関税などの施策にも影響を与えるからだ。

 だから国によって『聖女』を王族の妻として迎えるという事例は、決して少なくはない。

 ……で、でもクルーリア王国には、今『聖女』は三人いるはずですよね?

 しかも、フィレバ様はまだ訓練中の『聖女候補』。しかも十五名存在する『聖女候補』の中で、一番若い十八歳。

 百歩譲って『聖女候補』を娶るにしても、もうすぐ『聖女』に至れそうな人材であればわからなくはないけれど、今回の発表は、意味が分からなさすぎる。

 まさか一国の王子ともあろう方が、一番若い『聖女候補』に対して性欲を抑えきれずに、お手付きをしてしまったわけでもあるまいし。

 そう思っていると、私と同じく驚いた人がその場で転倒。更にそれに驚いて、来場者が私の方へと倒れ掛かってきた。

 ……あ、危ないっ!

 巻き込まれないように、私は後方に飛びのいて、それを避ける。と、背後に衝撃。

 しまった、と自らの失策を悟った瞬間、私の顔面は蒼白となった。

 今私は飲み残されたグラスたちを厨房へ下げるため、両手にワインが入ったグラスを持てるだけ持っている状態だったのだ。そんな状態で飛びのき、ぶつかれば、グラスの中に残っているワインは、一体どうなるだろう?

「貴様! 私の服に、なんてことをしてくれたんだ!」

 私の手にしたグラスからワインが零れて、液体は来賓のお召し物、その胸元にべっとりと付着している。

「す、すみません! 申し訳ありませんっ!」

 慌てて頭を下げ、上げたところで、更に私の顔から血の気が引く。私がワインをかけてしまったのは、メバント・サヴァム公爵その人だったのだ。

 爵位は、男爵、子爵、伯爵、侯爵、公爵と位が上がっていき、中でもメバント公爵は最近グークハール王子との関係性がとても強くなっていると、侍女長から聞き及んでいた。

 そして、私は侍女長から、こうも聞いていた。

 上役の人に粗相があったら、即座に首を切られる、と。

 私が粗相をしてしまったメバント公爵が、私に対して何かを口にしている。でも、彼の言葉が私の耳に入ってこない。

 いや、入っているが、頭が耳から入ってくる単語を理解するのを、そして肩に掛けられた公爵の脂ぎった手の存在を、受け入れようとしないのだ。

 それでもメバント公爵の手はナメクジの様に私の肩を這い回り、豚の様な唇からは、職を失う、家族が路頭に迷ってもいいのか、自分が何をすればいいのかわかるな、という様な単語が聞こえてくるような気がする。

 自分の肩に乗っている腕を、耳にかかるタバコ臭い匂いも、全て振り払ってしまいたい。

 でも、私は動けなかった。まるで、雪山の中で固まったまま、どこにも行けない、氷の塊みたいに。

 ……や、やっぱり、私、変われない。こ、これから一生、私は、このままなんだ。

 そう思った、その時。

 

「ダッシャラァァァアアアッ!」

 

 螺旋階段。その上にある玉座の方角から、とても正気の人間が出せるとは思えない程の奇声。そして隕石でも墜落したのではないか? と錯覚する程の衝撃音が、パーティー会場に響き渡る。

「な、何だ? 一体、何が起こったんだ?」

 思わずといった様子で、メバント公爵が私の肩から手をどかした。

 しかし、彼の疑問に答えられる人は、この会場には存在していない。

 いや、何が起こったのかは、皆、螺旋階段の上を見上げればわかるのだ。

 

 イレイラ嬢が、突然グークハール王子にブレインバスターをぶちかましたのだ。

 

 ……い、いやいや、いやいやいやいや! 実際そういう事象が起こっても、何でそんな事になってるんですか? 婚約破棄されたからですか? でも、それにしては、即断即決し過ぎじゃないですか?

 あんな決断、同じような場面を何度も経験し、もう変えようのない未来だからと割り切った様な人でないと、中々出来るようなことではない。

 ……で、でも相手は、ヴィルムガルド家の一人娘。十八歳になった今年、既に次期党首を期待されている、傑物で才女です。ど、どんな思考回路をしているのか、わかりませんっ!

 私がそう考えている間にも、会場は混沌の色を、より濃くしていた。阿鼻叫喚という単語が、なんだか可愛らしく思えてくる程の、異常事態だった。

 しかし、異常事態はそこで終わらない。グークハール王子にブレインバスターをぶちかましたイレイラ嬢は、近衛兵たちに囲まれ、即座にその場で確保、されずに、逆に一方的に兵士たちを打倒してしまった。

 更には三年後のグークハール王子の性病感染という未来予知まで飛び出し、フィレバ様以外の誰もが声をかけるのをためらう中、負のびっくり箱と化したイレイラ嬢が、螺旋階段を降りてくる。

 その顔は、これほどの惨状を作り出したのにもかかわらず、何故だかとても満足げで、少しだけ嬉し気で、それでいて――

 ……と、とっても、綺麗。

 燃え盛る様な髪と瞳を持つイレイラ嬢から目が離せなくなっている私を放置する様に、階段を降り切った王子の元婚約者に対して、来賓者たちから罵詈雑言が放たれる。

 それを受けてイレイラ嬢は、今度はグークハール王子以外の醜聞までも口にしたのだ。

 彼女に名前を上げられた人たちは、その場で必死に周りへ弁解し始める。

 その必死さがまたイレイラ嬢の語った言葉に真実味を増し、そのスキャンダルを使って政敵を貶めようと唾を吐きながら声を上げるものの声が響き、逆に窮地に立たされる側を援護する事で甘い汁を啜ろうとしたハイエナたちが擁護の弁を展開し、会場の秩序が一秒ごとに目減りしていく。

 しかし、一番カオスになっているのは、イレイラ嬢から最後に名前を呼ばれた、さっきまで私の肩に手をかけていた、あの男だった。

「ちょっとアンタ! もう娼婦には通わないって約束したじゃないのよっ!」

「ち、違うんだ、フェナンヌ! あの悪役令嬢も言ってただろ? 三年後、王子が性病になるのは三年後なんだよっ!」

「じゃあ二年前から通ってるっていう話は本当なんだねっ!」

 丁度イレイラ嬢の暴露話の途中で会場に入って来たフェナンヌ・サヴァム公爵夫人が、夫であるメバント公爵の不貞を物理的に問いただしていた。グーパンとかである。

 ……よ、よくわからないですけど、助かったんですか? 私。

 そう思い、朦朧とした頭で、私はなんとなくイレイラ嬢の方へと視線を向ける。

 動く度に揺れ動く赤い髪の、どんな絶望でも失望でも破滅でも糞食らえと吐き捨てながら打破してしまいそうなあの女性から、不思議と目が離せない。

 と、そこで紅の瞳と目が合って――

「そこの、あなたとあなたと、あなたに、そちらのあなた。着替えをするので、(わたくし)についてきなさいな」

「わ、私ですかっ!」

 急に呼ばれて、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。だが、そんな私に返答することなく、イレイラ嬢は会場の出口へ進める歩みを止める気配がない。

 私と同じく指名された侍女たちが、こちらに集まって来た。

「……どうします?」

「い、いかないと、どうなるんでしょうか?」

「……ブレインバスター?」

「死んじゃいますよ、私たち!」

「……な、なら、行くしか、ないみたい、ですね」

 そう言って私たちは、イレイラ嬢の後を追って会場を後にした。

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