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<百八回目のループ:現在>
……と、思っていた時期が、私にもございましたわねぇ。
あれから結局、百八回も破滅エンドを迎えたのだ。流石にお父様の教えであっても、百八回死ぬのは私にはキツ過ぎた。しかも何をしても、どんな選択をしても、どのルートでも破滅エンドを迎えるという状況なのであれば、これを機にキチゲ解放して浮気をした糞野郎にブレインバスターの一つでもかましたくなるというものだろう。
そして、実際やった結果が、私の眼前にある。なんとなく懐かしくなり、ループが始まった当初の事を思いだしていたのだけれど、当然ながら私がブレインバスターをかませた床に転がるグークハール王子の姿はなくならない。
紛れもなく、私がやったことだ。当たり前だが、国家反逆罪で死罪になるだろう。ですが――
……キチゲ解放。初めてやりましたけど、随分気持ちがいいものですのね。
「ぐ、グークハール王子を、わ、わたしの旦那様を、返してくださいっ!」
震えた声で、フィレバが私に向かってそう言った。私は両手を腰に当て、顎を動かして、浮気糞王子を示す。
「返すも何も、早く連れていったらいかがですの?」
そう言うと、フィレバはきょとんとした表情を浮かべる。
「え? え、いいん、です、か?」
「いいですわよ。目的(キチゲ解放)は済みましたもの。それに、ほら。血、出てますわよ。『聖女』に治していただくのをお勧めいたしますわ」
「そ、それ、やった本人がいいます? で、でもさっきは、近衛兵の方々を倒して……」
「ああ、あれは私を止めようとなさったからですの。私の邪魔をしなければ、誰が何をしようが、私、興味ございませんわ」
「そ、そう、です、か……」
「い、いけません、フィレバ様!」
「お体に何かあったら、陛下に顔向けできません!」
「……大丈夫ですわ。あなたの子だけあって、ハディちゃんは将来たくましい女の子になりますもの」
恐る恐るグークハールに近づいていたフィレバが、彼女を押しとどめようとしていた近衛兵たちの顔が、私の言葉に、凍り付いた様に、止まる。
そして『聖女候補』は、無理やり首を動かしたように、私の方へ視線を向けた。
「ど、どうして、イレイラ様が、わ、わたしが妊娠している事を、しかも、グークハール王子とわたししかしらない、生まれた子が女の子だった時の名前を、知っていらっしゃるんです?」
……あ、このルートでは私、まだこの情報、聞いてませんでしたわね。
今回のループ開始時に、とにかくキチゲ解放する事しか考えてなくて、失念していた。
この情報は近衛兵などの城の警備や、王族の中でも一部しか知らないはずの情報だ。
そういった事情もあり、フィレバたちからすると私がその情報を知っているという事実が、恐ろしすぎるのだろう。
近衛兵か王族の中で裏切り者がいる可能性も考慮しなければならないからだ。でも――
……そんな事、私、どうでもいいですわ。
何せ自分は今、キチゲ解放状態。はっきり言って無敵だ。
さっきはうっかり別ループでしか知り得ない情報を漏らしてしまいましたが、キチゲ解放しているのでノーダメ。
……よし、何も問題ありませんわね。
「まぁ、それは置いておいて――」
「いや、全然放置できない問題です! イレイラ様っ!」
「いいじゃありませんの、そんな事。三年後、そこのグークハール王子が娼婦に入れあげて相手が妊娠。しかも王子は性病もらってきてあなたにも移すんですが、そちらの方がよっぽど一大事ですわ。あなたはともかく、ハディちゃんはいい子なんですから、頑張って生きるんですのよ」
「は、三、年後? え、妊、娼、え? 性、え?」
フィレバは混乱しているが、本当にこれから生まれてくるハディちゃんは、本当にこいつらの娘なのか? というぐらい、可愛らしく、素直な女の子に成長する。フィレバとの仲直りルートで知ってるから、間違いない。
……最後はグークハールが性病を城中にまき散らして私も食事経由で感染。敢え無く破滅エンドを迎えるのですけれど。
混乱するフィレバを放置し、私はこの場を立ち去ろう、とした所で、『聖女候補』に手を掴まれる。
「ちょ、ちょっと待ってください! な、何ですか、さっきから色々と! というか、どこに向かおうとされているんですか?」
「どこに? 決まっているじゃありませんの。私、国を出ますの。そしてどこかでもっふもふな動物を膝の上で撫でながら、優雅な日々を送ったりする予定ですわ」
わざわざ脳味噌下半身野郎の所までやって来たのは、キチゲ解放してブレインバスターかましたかっただけだ。
その目的を達した今、私がこの国に留まっている理由がない。
唖然としたフィレバと近衛兵、そして状況についていけなくなり、ついに白目をむいて失禁したオキグリアン国王に、同じく白目をむいて時折痙攣する性欲全振りマン(グークハール)と気絶させた近衛兵たちを放置し、私は悠然に、優雅に、そして嬋媛に、螺旋階段を下っていく。
パーティー会場はいつからか静まり返っており、誰もが私の一挙手一投足を見つめていた。
そのまま会場の出口へと歩いていくが、腐っても一国の国王が呼び寄せった来客たち。元婚約者とは言え、狼藉を働いた私を非難するために、彼らはこちらを指さして、口を開き始める。
「いくらヴィルムガルド家の令嬢とは言え、こんな非道許されるわけがない!」
「王族への反逆罪で、即刻死刑にすべきですっ!」
「誰か! 近衛兵で敵わないなら、『魔法使い』や『賢者』を呼べ!」
「そうだ! 誰かあの小娘を魔法で丸焼きにしろ!」
「いや、窒息死がいい! そして死体を凍らせて、ヴィルムガルド家の奴らに送ってやるんだ!」
「それはいい! あの成り上がりども、ちょっと小金を持っているからって最近偉そうに――」
「私の家を貶める前に、皆さんご自分たちの事をもう少し気にされた方がよろしくってよ?」
聞くに堪えず、私は思わず足を止めて、会場中を睥睨する様に見渡す。
一瞬、その場の誰もがたじろいだ。だが、それで彼らが引き下がるような状況ではないことは、明白だった。
だから私は、先手を打って、口を開く。
「皆さん、ホコリだらけで少し叩けば色々と出てくる身ではございませんこと」
何を馬鹿な事を、と馬鹿なセリフが飛んでくるのが自明だったので、私はそれを想定し、先に言葉を紡いでいる。
「ネンコール・ポドゥ子爵の元へ、ビッラート化粧品会社から用途不明な献金がなされているようですわね。ああ、そう言えば、私の記憶が確かなら、確かビッラート社の経営にはニンミ・ポドゥ子爵夫人が関わっていらっしゃたようですが? 用途不明の献金と言えば、スクイードル海洋領邦の大学へクラグクボン教授が少なくない金額をお送りになられておりませんこと? 確かクラグクボン教授の次の学会発表先は、スクイードル海洋領邦でしたわね? ノルマになっている査読付き論文の数は、大丈夫なのでしょうか? 数が足りなければ、クラグクボン教授は大学と契約違反になるかと思うのですが。他にもオドゥリン・ポウラムヲォン子爵はサグラール連邦国と貿易をする様になって以降、かなり羽振りが良くなったとか。このパーティで出しているワインも、そういえば全て、サグラール連邦国産みたいですわね。これだけの規模のパーティで使われるワインが一国に偏るというのは、中々あり得ない確率だと皆さん思いませんこと? そしてオキグリアン国王が開いたパーティで使われたという触れ込みの下、一体何本のワインの商談が成立されたのでしょう? それからグレムラン・ドリュドー男爵と騎士団第十二騎士隊のクレツダン騎士隊長。各々の恋愛の形にまで私、口を挟むつもりはございません。ですが、時と場所はお考えになったらいかがですか? 昼間っから厩舎というのでは、馬もおちおち休めないのではないでしょうに。それから、ユーディ・ザクファムゥ侯爵夫人。下着棚の下から二番目に隠してある手紙類は、早く燃やすなりして処分なさった方がよろしいかと私、愚考いたしますの。だって、あからさまにアカムルン・マイリー外交官の署名が入っている手紙は、不貞の証拠として裁判でも有用でしょう? それから、メバント・サヴァム公爵。二年前からグークハール王子をお誘いになっている娼館へのお遊びですが、いえ、何も行くのを止めようというわけではございませんの。ただ、王子に避妊具を付けるように助言をしてくださいませ。どのルートでもあの男一度も聞き入れませんでしたけど。結果として先程フィレバには伝えましたが、王子が娼館遊びに入れあげすぎて三年後、娼婦のザイーマちゃんを妊娠させた挙句性病をうつされますから。ああ、ザイーマちゃんはフィレバよりもロリっ娘で巨乳なので、公爵ならすぐわかると思われますわ。これで王子と穴兄弟ですわね、メバント公爵」
「イレイラ様! 最後の話、やっぱり詳しくーっ!」
……玉座から何やら『聖女候補』っぽい方の声が聞こえてきましたが、きっと私の気のせいですわね。
何せ、今はこのパーティー会場は大混乱。
私がグークハール王子から出されるこの断罪イベントをクリアするために、集めに集めた来場者の後ろ暗い過去、そのほんの一部を公開したので、今では罵詈雑言が絶え間なく飛び交っている状態だ。
そんな状況で、誰が何を話しているのか、もう私には判断不可能。フィレバの幻聴も聞こえてくるというものだろう。
……さて。これで皆さん、ご自身の保身のために忙しく、私に構っていられる余裕などなくなりましたわね。
だが、アーチデール城を出るにしても、この格好で城下町を歩くのは目立ちすぎる。
このパーティに参加する時は私、うっきうきだったので、ドレスは随分と見栄えがするものにしていた。当然着るのも大変だったが、惚れた相手の為ならばと、当時はそんな事を思っていたものだ。
さらに、装飾品も気合を入れている。指輪やネックレスなどのジュエリー類もそこそこ身に着けていた。着替えずに城を出る選択肢は、私には残されていないだろう。
私は適当に辺りを見渡し、混乱して何をすればいいのかわからなくなっている侍女たちに、適当に声をかける。
「そこの、あなたとあなたと、それからあなたに、そちらのあなた。着替えをするので、私についてきなさいな」
「わ、私ですかっ!」
侍女の声に振り返りもせず、私は当然と言った足取りで、パーティ会場を後にする。
私に指名された侍女たちは、互いに目を見合わせつつ、最後には振り向きもしない私の背中を追って走って来た。彼女たちが追い付いてきて、パーティ会場の扉が閉じられる。
会場の声は、もう私には聞こえなかった。




