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<イララ>
……全く。せっかく美味しい料理に美味しいお酒を楽しんでいたのに、気分が台無しですわ。
「イララ様。表からではやつらに見つかる可能性が高いです。ですのでここは――」
「そうですわね。裏口から出ましょうか」
あのグークハールのことだ。私がいるかどうかもわからない捜索で、裏口まで人を回すようなきめ細かい指示を出しているわけがない。
どうせ雑に指示を出して、自分は女遊びに出かけているのだろう。
……いけませんわ、私ったら。このイライラを、ストレスを我慢しないと誓ったはずですのに。
グークハールの影がちらつくだけで、もはやストレス指数が限界値を突破してしまいそうだ。
そうした思いを振り払うように、私はイナと共に裏口の方へと向かっていく。
しかし、そこで完全に予想していなかった事象に遭遇した。
それは――
「い、イララ様! 裏口にも兵が!」
「嘘でしょう? あのぼんくら王子がそこまで気が回るとは思えませんわ!」
だが、これで出口が塞がれてしまったのも事実だ。
窓から魔法を使って飛び出してもいいが、それではあまりにも目立ちすぎるし、それではこの店を出たとしても兵士たちに見つかりやすくなってしまう。
どうしたものか、と考えているうちに、兵士たちが店の中に入ってきた。
そして、そのうちの何名かが、私たちの存在に気づく。
「いたぞ、指名手配されているイレイラだ!」
「グークハール王子にすぐにご連絡を!」
「だが、まさか本当にここにいるとは」
「ああ。あいつの言っていたことが、本当だったとは」
……あいつ? あいつって、誰ですの?
そう疑問に思うものの、すぐさま私たちの周りに兵士たちが集まってくる。
「イララ、いえ、イレイラ様、ここは私が時間を稼ぎます!」
イナが私を守ろうと前に出る。
しかしそんな彼女の肩に、私は手をおいた。
イナが不思議そうに、こちらに振り返る。
「イレイラ様?」
「そういえば、いつぞやの学生さんを相手にした時以来でしたわよね?」
「な、何がでございましょう?」
イナの言葉に答えることなく、私は自分たちを取り囲む兵士たちを見渡した。
そうだ。私は、このイライラを、ストレスを我慢しないと誓っていた。
しかしいつからか、私は少々控えめになってしまったのではないだろうか?
美味しい料理にお酒の時間をぶち壊された。
穏便に済ませようと席を立てば先回りされている。
そしてそれを指示したのは、浮気糞王子ではなく謎の何者か。
……ああ、イライラしますわ。それなのに、どうして私は、このイライラを、ストレスを、開放しないようにしようと思っていたのでしょう?
そう思った直後、イナが何かに気づいたようにハッとした表情を浮かべる。
「ま、まさか、あれを披露頂けるのですね!」
「下がっていなさい、イナ。今宵は少々、派手にいきますわよ」
「わ、わかりました!」
……ふふふっ、あんなに瞳を輝かせて。最近出来る侍女感を出しておりましたけれど、ああいうとことはまだまだ出会った頃の初々しさがありますわね。
そう考えている私の前で、こちらを取り囲む兵士たちが怯えたように剣を抜く。
「お、おい、あいつを絶対に近づかせるんじゃないぞ!」
「わかっている。アーチデール城でのパーティーでは、近衛兵たちが手も足も出ずに負けたらしいからな」
「グークハール王子も、奇声を上げながらブレインバスターをぶちかまされたらしい――」
「キエエエェェェエエエェェェエエエェェェッ!」
私がキチゲ解放し、大音量の奇声を発生。
私の喚声は膨大な質量を伴って物理的な衝撃となり、辺りに衝撃波となってテーブルを揺らし、その上の皿を揺らし、ワイングラスを揺らして店そのものを揺らす。
この店だけ地震が起きたような有り様になり、窓ガラスは粉々に砕け、床に落ちたワイングラスが砕けて中のワインが血のように床に広がった。
そんな状況で兵士たちがまともに立っていられるわけがなく、そもそも鼓膜がまともではいられないだろう。
流石にサグラール連邦国で出会った魔物たち程の効果は出ていない。
チュリックたちは人間よりも聴覚が敏感であったので、あれほどダメージを受けていたのだ。
だが接近戦だけに気を配っていた兵士たちは完全に私の行動が想定外だったらしく、一様に耳を塞いでいる。
中には剣を落とし、尻もちをついてわなわなと震えている兵もいた。
そんな彼らを睥睨するように、私は自分の髪を手で揺らす。
「いつから私のキチゲ解放の方法が一つだけだと錯覚しておりましたの?」
チュリックたちと最初に出会った時にやったやり方だが、それをクルーリア王国に勤める彼らが知る由もないのだが、ここでは指摘する人物もいないし、いるわけがない。
「流石でございます、イレイラ様」
「あら? イナは無事ですのね」
振り向くとそこには、満足そうでいながら、どこか物足りなさそうな表情を浮かべるイナの姿があった。
「はい。下がっているようにお申し付け頂きましたが、あのイレイラ様がご指示頂いた内容の範囲で行動されるわけがないと思い、何が起きてもいいように準備しておりました。ですので、耳をふさぐのが間に合ったのです」
その言葉に、私は感嘆の溜息をこぼす。
「やはり出来る侍女は心構えから違うものですわね。でも、それならどうして満足げな表情を浮かべておりませんの? 私の意図を理解しきったというのであれば、称賛こそすれ後悔のような感情は湧いてこないと思うのですけれど」
「……できれば、イレイラ様の奇声を生でお聞きしたかったと」
「イナ。あまり欲張りすぎると、そのうち身を滅ぼしますわよ。何事も、ほどほどに、というものを覚えませんと」
「精進いたします、イレイラ様」
「な、何をわけのわからないことを言っているんだ」
兵士たちが、剣を杖代わりに立ち上がる。
床に剣を突き立てたので、当然ながら傷が出来た。
目を細めてそれを見る私に気づくわけもなく、兵士たちが震える声で口を開く。
「ほ、本当に、わけがわからなすぎだろうが!」
「肺活量が人間のそれじゃない……」
「バケモノ過ぎるだろ」
「あの女のやることも無茶苦茶過ぎるが、それについていける侍女も人間じゃない」
「な、何なんだ? 本当に、何なんだ? お前らはっ!」
「全く。こんなうら若き少女たちを前に、なんて言い草でしょう?」
「……少女、たち?」
「ダッシャラァァァアアアッ!」
とりあえず殺してしまうのはまずいと思ったので、『癒やしの力』で生かした状態にしている。
「慈悲をかけられた。それがわかるぐらいの実力はおありなのですわよね? 皆様」
「ば、馬鹿な。動きが見えなかった、だと?」
「しっかりと、目を離さないようにしていたっていうのに!」
「ええい、ヴィルムガルド家のイレイラはバケモノかっ!」
「どうやら、まだまだ私にストレス解放(キチゲ解放)をさせてくださる方がいらっしゃるみたいですね」
そう言って私は、一人、また一人と兵士たちを床に沈めていく。
やがて動く兵よりも呻く兵の数が多くなってきた、その時。
私の背後から声が投げかけられな。
「そこまでだ、イレイラ・ヴィルムガルド!」




