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<クラーム>
もう少しで検問を抜ける事ができる。
と、いう所で、横槍が入った。
突然現れたクルーリア王国の騎兵隊が、検問の係と何やら話している。
それを見ながら、俺は首をひねった。
……何でクルーリア王国の騎兵隊がここに? それに、馬車から今降りてきたのは、第一王子のグークハール・バクミルグじゃねぇか?
かつて自分も、クルーリア王国の騎士団に所属していたので、その国の王子の顔ぐらいは知っている。
現国王のオキグリアン・バクミルグが高齢出産の末生まれた待望の第一子で、それ故オキグリアン国王から甘やかされて育った、ハッキリ言えば甘々のお坊ちゃんだ。
甘いマスクで昔から女性に人気ではあったが、小さな頃から女性の胸ばかりを見ていたような記憶がある。
そこまで考えて、俺はあることを思い出していた。
……そういえばグークハール王子は、ヴィルムガルド家の次期党首候補の令嬢と婚約した、って話だったな。
その頃はもう俺は騎士団を離れていたので、詳しい事情はわからない。
しかし、港町ボロイエの漁師たちから聞いた話では、今ヘティオストレラ大陸を出る検問で指名手配とされているのは、確かヴィルムガルド家の次期党首候補だったのではなかっただろうか?
……グークハール王子に手を上げた、って話だったな。
大方、グークハール王子が女にちょっかいをかけて平手打ちでも食らったのだろう。
それぐらいで大陸の検問に指名手配のお触れを出すとは、肝っ玉の小さい男だ。
そのおかげで、イララ様をユーカックス大陸へ連れて行くのに時間がかかってしまった。
そう思いながらも、検問の係の袖に何かを握らせる騎兵隊を見て、俺は奴らの目的を想像する。
……大方、グークハール王子の実績作りにでも来てるんだろう。
これだけの検問を張って成果が得られないというのは、クルーリア王国にとっても痛手だろう。
ならオキグリアン国王としては、クルーリア王国が指名手配犯を捕まえることを諦めていないと他国にアピールし、その業務をグークハール王子に任せることで他国に自分の息子の顔を売る狙いもあるはずだ。
そうなれば、今後世代交代をした時にもグークハール王子の顔を活かすことが出来る。
……だが、その肝心の王子がそこまで国王の考えを汲み取っているかというと、そうではないんだろうなぁ。
オキグリアン国王は名君でも暴君でもないし、どちらかといえば愚鈍側だ。
しかし、そんな存在が一国の国王に収まり続けられるわけがない。
それなりに先手を打ち、致命的な間違いは避けてきた。
グークハール王子とヴィルムガルド家の次期党首候補の令嬢との婚約も、その一つだろう。
成り上がりと言われて入るが、ヴィルムガルド家は現在クルーリア王国に存在する財閥の中でも、最大の財力を持っている。
その後ろ盾があれば、少なくともグークハール王子の息子、いや、下手をしたら孫が生まれるぐらいまではクルーリア王国は安泰だろう。
ひょっとしたら、栄光に陰りが見え始めているクルーリア王国すら、ヴィルムガルド家が立て直してしまうのかもしれない。
しかし、あの王子の顔を見れば、そうしたヴィルムガルド家すらダメにしてしまうのではない? と勘ぐらざるを得なかった。
この並ぶ馬車の列の中に、指名手配犯が紛れ込んでいる可能性だってあるのだ。
もしかしたら、相手が暴れて戦闘になるかもしれない。
それなのに、グークハール王子の顔には緊張感がまるでない。
むしろ、全く別のことを考えているかのようですらある。
まさか、公務の最中であっても女のことを考えているのではないだろうか?
……それこそ、まさか、だな。流石に、そこまであの王子も愚かじゃねぇだろう。
そう思いながら、俺は荷台にいるイララ様たちに声をかける。
「どうにもクルーリア王国は大国故、むちゃくちゃやっても許されると思ってるらしいです。迷惑な話ですよね」
「そ、そうですわね、クラーム」
そう言ったイララ様は、しかしお嬢ちゃんとひそひそ話を始めた。
「大丈夫ですわよね? イナ。私、ちゃんと変装出来ておりますわよね?」
「バッチリでございます、イララ様。あ、ですが、如何に姿を偽ろうとも、その溢れ出んばかりの後光を消すことは流石に難しいかと」
「……そうですわね。なにせ、私ですもの。まさか私が私であることで、こんな窮地に立たされるとは思いもしておりませんでしたわ」
「強すぎる光りは、時として闇すら寄せ付けない完璧な存在になってしまうのですね、イララ様」
……あの二人は、一体何を話しているんだ?
もしこの馬車を調べられたとしても、何ら問題は発生しない。
何故ならグークハール王子が探しに来たのは、ヴィルムガルド家の次期党首候補だからだ。
当然この馬車に、そんな人物が乗り合わせているはずがない。
それなのに、どうしてイララ様はあれ程ソワソワされているのだろうか?
……いや、待てよ? イララ様は決してお認めにならないが、あの人が『聖女』であるのは確実だよな。
『聖女』を囲うことは、すなわちそれは国力が向上することを意味している。
イララ様がどこかの国か組織に囲われていた『聖女』で、もうその生活が嫌で逃げ出した身であるのなら、どうだろう?
……俺がイララ様と出会ったのは、クルーリア王国だ。なら、その王子であるグークハール王子が『聖女』のイララ様の顔を知っていても不思議じゃねぇ。
そうなれば、イララ様はグークハール王子の手で逃げてきた場所に連れ戻されてしまう可能性もある。
……確かに、そいつはマズい展開だな。
事情を理解した俺は、自分の仕えるべき主のためにアイディアを出すことにした。
「イララ様。先程服に詰め物をされていましたよね? あの王子の特性から、こうした方がいいのではないでしょうか? 髪を服の中に隠して短くしたり、それから――」
俺のアイディアに納得し、お嬢ちゃんがイララ様の衣服を正していく。
それが丁度終わったタイミングで、無遠慮に馬車の入口が開け放たれた。
開け放った男は、グークハール王子だった。
「邪魔をするぞ。積荷を改めさせてもう」
……何で連れてきた騎兵隊を先頭にしねぇんだよ!
俺が指名手配犯だったら、乗り込んできた相手を斬りつけ、その混乱に乗じて検問を突破する。
怪我どころか死ぬ可能性があるのにそれを自ら進んで行うなんて、蛮勇を通り越してもはやただの愚か者だ。
愕然としている俺をよそに、グークハール王子と兵士は乱暴に荷物を物色していく。
「ちょ、ちょっと! あんまり乱暴にしないでください。研究に使う大切なものなんですから!」
ヤノリ教授が焦ったようにそう言うが、その言葉に耳を傾けるものはいなかった。
俺は思わず身を乗り出しそうになるが、脇に控えるイララ様がうつむき、黙っているのに気づいて浮かしていた腰を下ろす。
……イララ様が我慢しているのに、俺が暴れるわけにはいかねぇ。
しかし、グークハール王子がイララ様とお嬢ちゃんの前に立ち、無遠慮に体を舐め回すように見下ろした時には危なかった。
被り物をしているイララ様の表情は分からないが、お嬢ちゃんの口元はひくついている。嫌悪感を、我慢しているのだろう。
やがて不埒にも女性の体を見回したグークハール王子は満足したのか、踵を返す。
「いくぞ」
王子と兵たちが、馬車から降りていく。
ホッとするよりも怒りが溜まったが、ここで発散するわけにはいかない。
奴らがぐちゃぐちゃにした荷物を、イララ様とお嬢ちゃんが整理していく。
そんな中、馬車の外からグークハール王子と騎兵隊たちの話し声が聞こえてきた。
「よろしいのですか? グークハール王子。中の女、顔を隠していてしっかりと確認出来なかったと思うのですが」
「大丈夫だ、あれは問題ない」
そう言った後、グークハール王子は嘲弄するように、こう言った。
「イレイラは、貧乳だったからな。あんなに胸は――」
「ダッシャラァァァアアアッ!」




