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<イララ>
「――と、いう事なの、お父さん、お母さん」
もう夕暮れ時と言っていい時間帯。
私たちはイナの案内で、グラシス村にある家の中でも、割と大き目な、大き目と言っても庵を少し大きめにした程の広さの、家にクラーム、そしてもっふもふ(チュリック)と共にお邪魔していた。
この村は昔、イトゥースルト山脈で採掘した石の加工場として賑わっていたらしい。
しかし、サグラール連邦国全体でみられる高齢化と、他大陸からの石の輸入という競合他社との価格競争などもあり、残念ながら村のあちこちで散見された石の加工場は殆ど動かされていない、錆びた機材類で溢れていた。
そんな中、イナはかつてこの村の石製組合の組長を務めていた自分の両親の元へ向かい、チュリックたちが置かれている現状について話をしたのだ。
「イナ。お前の言っとることは、わかった。しかし、一線を退いたワシらに、今更何が出来るっていうんだい?」
「そうだねぇ。ウチらがやっとる事なんて、昼間っから村々の爺さん婆さん集めて、茶ぁしばいとるだけだもんだでねぇ」
「それが重要なんだって、お父さん、お母さん! お父さんたちの世代だったら、チュリックさんたち魔物に対してもそこまで否定的じゃないでしょ? だから、お茶会で集まる他の村の人たちに、魔物共存の投票を呼び掛けてもらいたくって!」
……なるほど、考えましたわね、イナ。
確かに、ゲルトドゥール州の人口数が多い市町村の上位は、あの領主推しの状況だ。
だが、何度も述べている通り、サグラール連邦国は高齢化の道を辿っており、それはこのゲルトドゥール州も例外ではない。
人口数が多い市町村以外の州都から離れた僻地、例えば今私たちがいるグラシス村の様な村々はかなりの数存在し、その人口比率は圧倒的にご高齢の方が多いのだ。
……つまり、ゲルトドゥール州の総人口は、高齢者の方が多いわけですわね。
そうでなければ、イナもわざわざクルーリア王国に留学し、そのままアーチデール城に就職なんてしなかっただろう。
しかし、一方で私たちは、選挙の呼びかけでその高齢者たちへ訴求する様な活動を取れてこれなかった。その理由は――
……今の人間と、魔物の関係性、ですわね。
チュリックたちは、既に人を襲ってしまっている。若年層は魔物排斥派が多く、当然その家族にもその考え方が伝播。
結果、チュリックたち魔物と一番関係性が良かった時の事を知る世代へ、訴求するパスが失われてしまったのだ。
……でも、今はそうじゃありませんわ。
「さっきも説明したでしょ? こちらのイララ様は、お父さんとお母さんの借金返済の手助けもしてくださった、凄い方なの! イララ様がいれば、魔物たちはちょっと前みたいな乱暴な事は絶対になくなるだろうし、事実、もうする様な事はないわ! それはそこに居る、チュリックさんを見ればわかるでしょ?」
「確かに。魔物が『変化』をするのは、戦闘時や緊急時、それ以外だと余程心を許した相手以外にせんからなぁ」
そう言って、イナのお父様は私の腕の中で、もう好きにしてくれ、という顔で私にクンカクンカされているもっふもふを一瞥する。ああ、今日も肉球最高ですわ。
私がもっふもふを堪能しているのをよそに、イナのお母様は大きく頷いた。
「そうじゃねぇ。こうして魔物と一緒に席を囲むだなんて、昔が懐かしいねぇ。あなた、ちょいと茶飲み仲間に話だけでもしてみませんかぁ? イナだけでなく、ウチらの恩人でもある方がいてくださってるんだし」
「そうじゃなぁ。ほれ、スリートリーチ村と、あの、なんじゃったかな?」
「フロストバイト集落ですかい?」
「そうじゃそうじゃ。あの辺の、村長にまで話は出来るじゃろう。あいつらも子供が出稼ぎに出て暇しとるじゃろうし、声かけてみるか」
「そうですねぇ、あなた。あの人たちは、昔のイナも知っとりますし、昔っから正直もんのイナのいう事なら、話きいてくれるでしょう」
「ありがとう! お父さん、お母さん!」
イナは、アーチデール城であった時には一度たりとも見せなかった、満面の笑みで両親の言葉に答える。
その両親が、今度はもっふもふではなく、私の方へ視線を向けた。
「あんた、イララさん、とかいったか? ワシらのイナが、お世話になったそうで」
「そうですねぇ、あなた。あんなに引っ込み思案だったイナが、こんなに自分の意見をはっきり言える様になるなんて、見違えましたよ」
「いいえ、私は大したことなんて、何もしておりません。イナがいい方へ変わったというのなら、それは偏にご両親の御教育の賜物以外の何物でもありませんわ」
そう言うと、イナが崇拝の目で、クラームは尊敬の目で、私の方を見つめてくる。もっふもふは、どうしてジド目になってますの?
ひとまず、票については目途が立ちそうだったので、私たちはここでイナのご実家からお邪魔する事にした。
村の出口に向かって歩きながら、イナが嬉しそうに口を開く。
「私、イララ様のお役に立てましたかね?」
「ええ。票の確保という点については、十分すぎる働きをしてくださいました。感謝いたしますわ」
「そ、そんな! わ、私はただ、イララ様の為に仕えれるのなら、貢げれるならそれでいいんです!」
「ほ、本当にいいんです、か? イナさん」
私が抱きしめているので『変化』を解くことが出来ないもっふもふが、どこか諦めたように溜息を零す。
だが、彼の表情はどこか暗い。懸念だった票の確保が実現でき、あの領主とようやく勝負が出来るようになったのにもかかわらず、だ。
……チュリックも、気づいているのですわね。この選挙、票を確保するだけでは、負けてしまいますの。何故なら――
「ですが、イララ様。票の確保は出来ましたが、投票所への移動は、いかがいたしましょう?」
そう言って、クラームが残る最大の問題を口にした。
……そうですわ。今回、投票をするのは、州都ウルムニムと決めておりますの。
だから、投票には領民は州都まで移動し、投票する必要がある。だが、魔物共存派の票田は、高齢者だ。
そして、高齢者であるが故に発生する問題を、クラームが口にする。
「投票所がある州都ウルムニムへ、無事ご高齢の方は移動できますかね?」




