第22話 練習①
「うぅ……くぅ……」
麗らかな昼下がり。僕は自分の部屋にて、ローテーブルに掴まりながら唸り声を上げる。何処か体調が悪い訳ではない。僕は今後のことに関して、此処で頑張らなくてはならないのだ。
「シルバー殿下、もう少しです!」
「頑張ってください!」
僕の前後から、メイドさんたちも応援をしてくれている。
「むぅ……くぅ……あぅ!」
声援に答えるように、僕は両足に力を入れる。そして掴んでいたソファーテーブルの淵を、そっと離した。すると体が、ぐらぐらと揺れる。上半身と下半身のバランスが取ることが出来ずに、後方へと倒れた。
「シルバー殿下っ!」
「うぁ……」
咄嗟に後方で控えていたメイドさんが、僕の背中を受け止めてくれた。そのおかげで後頭部を強打することなく済んだ。ほっと息を吐く。そういえば以前もこの様なことがあった。あの時、神聖竜が助けてくれたのだ。体が小さく幼いと不便である。
「御無事ですか!? シルバー殿下?」
「何処か痛むところはございませんか!?」
「あぃ!」
メイドさん達が焦った表情で、僕に怪我がないか尋ねる。助けてもらえたので、大丈夫だという意味を込めて元気良く返事をした。
僕が先程から唸り声を上げていたのは、自身の力で立ち上がり歩く練習のためである。
「御無事で良かったです」
「本当に、殿下に怪我が無くて良かったわ」
僕の返事を聞くと、二人のメイドさんたちは胸を撫で下ろした。僕が怪我をすると、メイドさんたちが怒られてしまうのだ。前世での小さい頃はよく転んでいたが、この世界では第二皇子という立場である。安全確保に余念がないのだ。
父親と母様は優しいから、少しぐらいの怪我では怒るとは思えない。成長には多少の怪我は必要だ。しかし、先程のように頭を強く打つなどの怪我は確かに危険である。助けてもらえたことに感謝をする。
「むぅ!」
メイドさんの膝の上から立ち上がり、再び自分で歩く練習をする。何故、歩く練習をしているかといえば、答えは簡単だ。邪神竜の復活を目論む悪しき者たちから、兄様を守る為である。
神聖竜を除けば、兄様が悪しき者たちに狙われていることを知るのは僕だけだ。つまり僕が率先して兄様を守らなければならない。これは義務ではなく、単に優しい兄様を守りたいという個人的な気持ちからだ。加えてゲーム内で見たブラックのような、残虐性で冷酷非道な乙女ゲーム史上最強最悪の悪役皇太子になって欲しくない。
本来であれば兄様に危険が迫っていることを、父様と母様に報告するべきである。
だが僕は幼児だ。説明をしようにも字を書くことも、未だに上手く言葉を喋ることが出来ない。ある程度難しい話しを出来るようになるのは、三歳頃だろう。それまで神聖竜以外の協力を得ることは難しいのだ。邪神竜を封じた神聖竜の協力は、大変心強い。
しかし兄様に悪しき者たちが危害を加えようとした際に、僕がその場に居なければ意味がないのだ。神聖竜の力を行使することが出来るのは『愛し子』である僕だけである。兄様の危機に駆け付けることが出来なければ、神聖竜の力も使うことが出来ない。
更に言えば、先日の誕生パーティーで神聖竜の力を行使した。初めての魔法と幼児の体である為、仕方がないことかもしれないが疲れて寝てしまったのだ。一回魔法を発動しただけで寝ていたら、悪しき者たちが複数人来た場合は対処しきれない。
つまり、この自分の足である歩ける為の練習は二つの意味を持つ。行動範囲の拡大により兄様を守る確率を上げること、魔法の行使に必要な体力の向上である。




